番外360 戦士達の宴
「ふむ。これなら問題なく着手できそうね」
宴会の料理を仕込んでから戻ってくると、ベアトリスとの通信も一通り終わったところらしく、ローズマリーが手元の紙束に目を落として満足そうに微笑んでいた。
「暗号解読は大丈夫そう?」
「問題ないわ。情報としては必要なものがほとんど揃っていたから。特に呪術の動きと薬の効果が分かっているのは大きいわね」
ベアトリスと話し合ってみたが、両者の考える製法にほとんど違いはなかったそうだ。マルレーンがその言葉ににこにことした笑顔を向けると、ローズマリーは羽扇が手元になかったからか、小さく咳払いをしながら目を閉じて髪をかき上げたりしている。
「……ええと。そう。大人か子供か。身長と体重。それから能力行使の度合いで反動の軽重が変わってくるかも知れないわ。そういうところで細やかに薬の量を調節したいところ、とは話をしていたのよね」
「確かに……そのあたりはベシュメルクの魔術師達も薬の量を調整していた気がするわ」
ローズマリーの言葉を追認するように、エイヴリルが答える。
「製法は確立できても手元に運用情報の蓄積がないからな……。これからの成長でも変わってくるだろうし。んー。そうだな……例えば、標準の状態を登録しておいて……血中の状態と悪化の度合いを判別して、適切な量を知らせてくれる魔道具、なんて作れば良いのかな」
「例えば……反動が出た状態に対して契約魔法で反応させて、何かしら分かりやすい光や音で知らせてくる、とか?」
と、アルフレッドが言う。流石。こっちの構想に近いところを的確に言葉にしてくる。
「良いね。その仕組みなら段階分けもいけそうだ。腕輪型にして、そこに点灯する色で判別とかね」
「素晴らしい魔道具ですね……! そういう人助けになる魔道具作成は気合が入ります!」
コマチが拳を握って言った。うむ。
「それじゃあ試作型が組めるよう、術式を書いておくよ。最初の内は大体このぐらいの量を使っていたとか、経験則に頼る事になるかも知れないけれど、すぐに最適化する」
「色々と助かる」
スティーヴンが静かに目を閉じて言う。
というわけで薬関係に関しては製造と運用、両面で問題なさそうだ。現物ができたらどちらも安全確認と試験をしっかりと行うことにしよう。
そんな話をしている内に、シリウス号の船内に良い匂いが漂い出した。
炊事の匂い等で船外に情報が漏れないようにフィールドで遮断してから浄化していたりするから、隠密行動中でもこうして船内であれば匂い等々を気にすることなく自由に料理を作ったりもできるわけだ。甲板で会食というのも可能である。
「さて、と。それじゃあ食事の用意をしようか」
メルヴィン王が奮発してくれたというのは皆にも伝えてあるからな。子供達も漂ってくる匂いに期待が高まっている様子である。
ラヴィーネ、アルファ、ベリウスも今日の食事には期待しているのか、揃って座って尻尾をパタパタと振っていたりして。ブラッシングをしていたシャルロッテも満足そうだ。
さてさて。互いに力を合わせての宴会ということで、今回は十分な量の食事を用意したつもりだ。
献立はこちらに任せるとのことなので、子供達に喜んで貰える定番ということでカレーライスにしてみた。甘口、辛口の両方を用意して少し差を出している。
副菜としては新鮮な海産物を確保できたのでシーフードのマリネなども用意している。
サーモンにイカ、タコ、ホタテ、オニオンリングにトマト……と見た目にも鮮やかな一品だ。
俺達もエレナも、それにユーフェミア達も。みんなで食事の用意を手伝って。
そうして動物組にも配膳が行き渡ったところで、俺から挨拶をさせてもらうということになった。
「ベシュメルクへの潜入については、色々と厳しい状況や困難な局面を想定していましたが……スティーヴン達と出会い、こうして協力し合えるようになったのは……手放しで喜ばしい事だと思っています。これから力を合わせていくという意味でも、今日の宴会が盛り上がってくれたら嬉しい限りです」
そう言って、スティーヴンに視線を向ける。スティーヴンは頷くと、立ち上がって答える。
「今までは……そうだな。どこにも味方などいない。だが仲間達さえいればそれでいいと思っていた。だが……どこかで味方になってくれる者がいないかと、考えていた部分もあったと思う。そうしてテオドール公やエレナ姫と出会い、共に戦ってくれる誰かがいるという事を知った。それは……想像していた以上に心強いものだと知った。この出会いと新たな友に感謝を示したいと思う」
スティーヴンが今度はエレナに視線を向ける。エレナも静かに立ち上がった。
「私達一族に思うところもあるかと思います。力及ばず、今日のような状況を作ってしまった事を悔やんできましたが……それでも私にも共に戦おうと言ってくれる事を……友だと言ってくれる事を……本当に嬉しく思います。この出会いに感謝を捧げ、戦いの勝利を祈りたいと思います」
そう言ってエレナが杯を掲げる。俺とスティーヴンも杯を掲げ――。
「我らの出会いと勝利に!」
そう言ってみんなで声を重ねて乾杯する。
隠密行動中なので酔うわけにはいかないし子供も多いから酒杯を重ねて宴会……というわけにはいかないが、最初だけは固めの杯ということで、かなり弱めの果実酒での乾杯だ。
乾杯だけしてしまえば後は食事である。
カレーと聞いて不思議そうな顔をしていたスティーヴン達であるが、食欲をそそる匂いに一口食べると……。
「おお……?」
「これは……」
「少し辛いけど……何だか後を引く、ような」
「美味しい……!」
と、あちこちから声が上がる。概ね好評なようで何よりだ。特にユーフェミアは……想像とは全くかけ離れたものであるからか、一口食べた後は目を丸くして次々と口に運んでいた。
カレーを作ったグレイスやアシュレイ、ステファニア達もにこにこと嬉しそうである。
「ん。カレーには魚介類を入れても良い感じ。マリネも美味」
シーラがもぐもぐとやりながらそんな風に言う。
ベシュメルク中央は内陸部なので、今回は食べ慣れないシーフードをメインに持ってくるのは避けたところはある。が、子供達はマリネも口に運ぶと笑顔になっていた。
食後のデザートとして……今回はチーズケーキも用意している。少しレモンの風味を効かせた、さっぱりとした味わいだ。
適度に冷やしてあるので、これも楽しんでもらえれば嬉しいのだが。
チーズケーキの受けは子供にも女性陣にも良かった。茶に合うと中々に評判だ。
動物組も新鮮な肉や魚、野菜に鉱石を食べてご満悦といった様子である。コルリスやホルンは子供達に鉱石を食べさせてもらって、食事をしながら遊び相手にもなってくれていたようであるが。
俺も魔法生物達に魔力補給をしたりしていたが、ライブラは直接の魔力補給だけでなく、例によってマクスウェルの生活用ゴーレムから味覚を借りて食事を楽しんでいたようだ。
そうしてみんなの食事が一段落したところで、イルムヒルトがリュートを奏でて歌声を響かせると、子供達は目を輝かせてそれに聞き入っていた。
食事にしても演奏にしても、子供達は娯楽や刺激に慣れていないところがあるようで、反応がストレートなので、こちらとしても持て成しがいがある。
逃亡、隠遁の自給自足の生活だったから、という部分はあるだろう。それを分かっているからか、スティーヴンにしてもエイヴリルにしても、微笑ましそうに子供達に穏やかな眼差しを向けている姿が印象的であった。




