104 3人の王子
アウリアとの話を終えて――まずは王城へ向かう。騎士団に話を通して夜の準備を整えておく必要があるからだ。
使用人に取次ぎを頼むとメルヴィン王はサロンにいる、という話だった。
前に通されたサロンの事である。王族が私的に使っている場所という事で、余人が来ないので色々と打ち合わせに利用できるわけだ。
「おや」
使用人に連れられてサロンに向かう途中の通路で、身なりの良い2人組に出会った。
「ジョサイア殿下、ロイ殿下。こちら、異界大使のテオドール様です。テオドール様、王太子のジョサイア殿下と、第2王子ロイ殿下であらせられます」
使用人から互いの紹介を受ける。
「ああ。君が噂の」
と、笑みを浮かべたのは王太子――ジョサイア王子の方だった。
「今まで顔を合わせる機会がなかったな。私はジョサイアだ」
「テオドール=ガートナーです」
「ロイだ」
握手を求めてきた。手を取って応じる。続いてロイ王子とも握手をかわした。
今まで顔を合わせなかったというのは……俺は普段、用が無い限りあまり王城には顔を出さないし、王の塔については俺が足を踏み入れない場所の方が多いからだ。
俺が顔を合わせていない王族達については普段はそちらで生活しているのだろうし、アルバート王子の立場を慮っての部分もある。
「……ふむ。凄腕の魔術師と聞いていたけれど。意外と普通の子供なんだな。もっと怪しいのを想像していたが」
ロイがどんなのを想像してたのかは知らないが……そんな事を言って、俺の顔をまじまじと覗き込んでくる。
それからその不作法に気付いたのか、手を離して肩を竦めて笑みを浮かべた。
「いや、失礼。ローズマリーの陰謀を暴いたという話だからな。大人が化けているんじゃないかってさ」
「面白いですね」
こちらも軽く笑みを浮かべてロイの軽口をかわす。
まあ、中身はこんななので半分当たっているとも言えなくもないが。
「ロイ。それは失礼だろう。いくらヘルフリートの話の後だからと言って」
と、ジョサイア王子が苦笑いを浮かべた。
……んー。何の話やら。
「話にならない!」
その時だ。通路の向こう、サロンに繋がる扉から足音荒く飛び出してきた者がいる。
「第3王子、ヘルフリート殿下です」
と、使用人が言う。
ヘルフリート王子は出てきた部屋――メルヴィン王がいるはずのサロンの扉を憎々しげに見つめていたが、こちらに向き直る。そして、視線が合った。
「ヘルフリート殿下。こちらは――」
「ああ! 想像が付くさ! そいつが胡散臭い魔術師だろう!」
ヘルフリート王子は苛立ちを隠そうともせずに俺に指を突き付けて、言う。
「おい、ヘルフリート……」
ジョサイア王子が眉を顰めてたしなめようとするがヘルフリート王子は聞く耳を持ってはいなかった。かぶりを振って、喚くように言う。
「ジョサイア殿下はおかしいとは思わないのか! 船で留学先から戻ってみれば姉上は北の塔に幽閉され、その陰謀を暴いたと見知らぬ魔術師が王の塔を我が物顔に出入りしている! 実に不愉快だ!」
「だから、君をこのまま信用していて良いのかと、俺らの所に談判に来たんだよ、ヘルフリートは。ま、俺達に話をしても意味が無いから、それで父上の所へ、ね。それに付き合わされた形なんだが」
と、ロイ王子が状況の補足をしてくれた。
それで3人揃っての顔合わせになってしまったか。言いたい事があるなら王太子や第2王子なんかを抱き込もうとせずに、俺に言いに来ればいいだろうに。
「それで。僕に何を以って身の潔白を証明しろと? 魔法審問でも受けましょうか?」
と、ヘルフリート王子に言う。
「そ、それは」
ヘルフリート王子は気圧されたように言葉に詰まる。魔法審問を受けさせるというのは余程の事だ。
だが、それで引き下がってしまうのが嫌なのか、それでも踏み込んでくる覚悟はないのか。認めないとでも言うように腕を横に振った。
「い、いや! 魔術師ならば! 魔法審問をすり抜ける手だって知っていたっておかしくはない! 信用できるか!」
それでローズマリーに濡れ衣を着せたとでも思っているわけか。審問をすり抜ける手を知っていたのはローズマリーの方なんだけどな。
「何をしておるか!」
という一喝は、サロンから出てきたメルヴィン王のものだ。通路でこれだけ騒げば気付きもするだろう。
「ち、父上……!」
ヘルフリート王子が食い下がろうとするが、メルヴィン王は周囲を睥睨して状況を理解したのか、眉を顰めて言う。
「ヘルフリートよ。先程も申した通りだ。そちの言は大使の武勲と名誉を侮辱し、余の見識も疑うと同義。当人を目の前にしてそれ以上続けるというのであれば、そちも相応の覚悟を致せ」
メルヴィン王の言葉にヘルフリート王子は歯噛みすると、すれ違いざまに俺を睨み付けて立ち去っていった。
後には困惑した表情のジョサイア王子と、肩を竦めるロイ王子が残る。
「お前達も居室に戻るがよい」
と、メルヴィン王はジョサイア王子とロイ王子に言うと身を翻す。
「ヘルフリートが失礼をしたね」
「ふむ。それでは、また今度ゆっくり挨拶をさせてくれ」
2人の王子は立ち去っていった。俺は俺で、メルヴィン王に用があったのでサロンに入っていく。
メルヴィン王は小さく溜息を吐き、俺を向かいに座るように促してきた。
「そちにあのような醜態を見せたくはなかったが……済まなんだな」
「いいえ」
ローズマリーの弟、か。まあ、実際ローズマリーはかなり切れるからな。弟として間近に接していたのなら、その辺の事を察していて心酔していても不思議ではないかな。
王太子と第2王子、第1王女が第1王妃の子供。第2王女、第3王子が第2王妃の子。それから――今は亡き第3王妃がアルバートとマルレーンの母親、という事になる。
「だが、これは余の失態であろう。……ただでさえそちには無用な苦労と迷惑を掛けてしまっておるというのに……。ローズマリーの事もそうだが――」
メルヴィン王は額に手をやって深くため息をついた。
「……アルバートからも聞いた。あの通信機にしても、迷宮に潜る冒険者達のためと思って安価に作れるようにと考えた、とな。そちの思いを無下にするような事になって、済まぬと思っておる」
「いえ。そっちも全く諦めてませんし。方法はこちらで色々考えていますので」
俺が言うと、メルヴィン王は苦笑した。まあ俺は基本的に俺のために動いているので、そんなに高尚な理由でも深刻な話でもない。
「それで。今日来た理由ですが」
頷くメルヴィン王にアウリアとの話で分かった事、決まった事を話して聞かせる。夜までに手配し、人払いして精霊と戦うための場所を作ってもらう必要がある。
「精霊、か……。うむ。話は分かった。夜までに手配を進めておこう」
「こんばんは」
「おお。来たようじゃな」
夜半。みんなで冒険者ギルドへ向かうとアウリアとメルセディアが揃って待っていた。
アウリアは俺達の姿を認めると、気楽な調子で片手を挙げて挨拶してくる。
「こちらの準備は整っています」
メルセディアが言う。騎士団に頼んで、戦いに適当な場所からの人払いをしてもらっているのだ。
冒険者ギルド前の広場は夜になってから迷宮から出てくる者などもいて、あまり今夜の戦いの場とするのには適当ではない。
南区の広場で準備を進めているという事なので、まずそちらに移動する事となった。その道すがら、アウリアに質問する。
「戦いになるという話ですが、気を付けるべき事はありますか?」
「精霊の正体が分からんのでは……攻撃方法は何とも言えんのう」
「力を殺げばいいという話ですが、そちらは?」
「仮に精霊が魔力溜まりに影響を受けて膨れ上がったとするなら、それを剥ぎ取ればよい。効果的なのは、魔法という事になろうが――」
アウリアは居並ぶ面々を見回した後、俺の顔を意味有り気に見てくる。
「……核になっている精霊まで吹っ飛ばさないように、というところですかね」
俺が言うと、アウリアは苦笑する。
「ま、普通はそんな心配もいらんというか。死力を尽くしてようやくというところじゃがな。お主の実力や手札を想像すると、それも有り得なくもないと思えてしまうからのう」
「……なるほど」
かなり危険な相手と見るべきなのだろうが……情報を得るためには問答無用で吹き飛ばすというわけにはいかない。ある程度加減が必要、か。
問題はそれがどの程度かなのだろうが。戦いながらこれぐらいなら大丈夫と、手応えを見ながら調整していくしかないわけだ。
有効な手段は魔法による攻撃。向こうの攻撃法はまだ不明。となれば物理的なものでも魔力的なものでも対応できる、俺が前に出るのが妥当なところだろう。




