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番外290 一家の新たな門出

 シュウゲツの屋敷は中々に酷い惨状だった。石が投げ込まれたりして瓦を割られ、その補修をした後があったり、壁の一部が壊されていたり、何かの塗料を叩きつけられたのか、一部変色していたり。庭もぐちゃぐちゃだ。

 家の中は……外より酷い。屋根や床に穴が空けられていたり、かなり荒らされている様子で……。


 シュウゲツに付き添ってきた男達の内、2人に破損個所を聞く。

 ……シュウゲツはあばら家だとしても賓客に持て成しの一つも出来なければ一家の名折れと言って、茶と菓子を用意してくるからと言って2人に破損個所の案内役を任せて席を外したのだが……そうしてシュウゲツが不在になったところで、案内役の片方がぽつりと口にした。


「将軍の……ライゴウ、だったか。先代がまだ元気だった頃にね。あいつが一度やってきて。無茶を言い出すんで叩き返そうとしたんですがね。あっさり返り討ちにあったんですよ。見せしめだから、これから誰かが家を壊しにきてもそのままにしとけって言われましてね」


 見せしめ、と言っていたが。目的としては……力を持っている上に一定の尊敬もあった彼らを活かさず殺さず、衆目に晒しておく事で、次の裏社会の勢力が育つことを防ぎつつ、民衆にも恐怖を与える、といったところだろうか。


「ああ、約束を破るなら、次は反逆者として女子供も含めて処刑するとか言われたっけな……」

「先代も心労から病気になって一人去り、二人去り……今じゃこんな有様ですわ。先代の後を引き継いだのがお嬢だったからこそ、俺達もついていこうと思えたんですけどね」


 と、肩を竦める。


「ライゴウは……そんなこともしていたのか」


 驚くには当たらない、といった様子のカイ王子。対外的にはアウトローであるシュウゲツ一家に話をつけに行ったというような形だし、結局表だって死者は出していない。汚れ仕事ではあるが、対外的にも出世に影響が出ない内容というわけだ。


「まあねえ。本当、嫌な奴だった。皆さんはあいつと会った事が?」

「あの将軍は……私達の仇だったからね。リンと共に討ち取ったよ」

「そ、そうだったのですか」


 カイ王子の静かな言葉に、目を丸くして恐縮する。近くに寄り添う麒麟が少し気遣うような視線を向けるも「私は大丈夫。諸君らも気にする必要はない」とカイ王子は穏やかに麒麟と男達に笑みを返す。


「話を少し逸らしてしまったかな」


 そう言うと彼らは、シュウゲツ一家についての話の続きを聞かせてくれた。


「お嬢は……先代の後を継ぐ前から、自分が女だからって舐められたり、みんなに心配かけるぐらいならって、自分から男の格好をするようになってましたねぇ……。あっしらはそれが忍びないやら、不甲斐ないやら申し訳ないやらでね」

「今日お召になってるあれは、姐さん――お嬢の母君の着物と簪なんですよ。お嬢は頼ってきた連中を食わすのに屋敷の物を色々処分したりもしちまいましたが……俺達としちゃ姐さんの着物ぐらいは残しておいてやりたくてですね」


 なるほど……。こっそり隠しておいたと。


「今日はショウエンが倒れた晴れの日だからって、みんなで服装については頼んだんですがね。分かった、とだけ言って着替えてくれましたよ。お優しい方なんです」


 屋敷内や破損個所を案内してくれる2人の男が、そんな風に当時の事情を話してくれた。となると、シュウゲツは普段は男装していたわけか。


「でも、良かったな。これから何とかなりそうで」

「そうだな。でも俺としちゃお嬢にはこの際、堅気に戻ってもらいたいって気持ちもあるんだがな」

「ああ。そりゃわかる。後は何か、良い仕事があれば、だな」


 と、2人は軽く笑いあうと、俺に水を向けてきた。


「どうですかね。俺達やお嬢に向いていそうで……例えば西にはあってこっちにはない、世間に顔向けできる仕事とか、無いもんですかね?」


 ふむ。西にあってこっちにはない、堅気の仕事ね……。

 となると――。ああ。……だが、あれを勧めるのはどうなんだ?

 口にした当人にしてみれば気軽な世間話なのかも知れないが……。俺としてはその言葉に閃くものがあった。


「どうでしょうね。優しくて責任感のある方とお見受けしたので、どこにいっても頼られそうな方ではありますが」


 思考を巡らしながらそんな返答をする。それもまた偽らざる評価なので、2人はさもありなんと嬉しそうに頷いていた。

 しかし……ちょっとした思いつきではあったが、考えれば考えるほど、色々今の状況に合っているような気もするな。


 本人の考え方。適性やら環境は――問題ない。社会情勢を鑑みても、有りかも知れない。

 とは言え、社会的影響の大きさを考えれば、俺の立場からでは気軽には答えられない内容だ。だからそういった無難な返答に留まってしまっている。

 思いついた事は……後でカイ王子に相談して検討。それで問題なければシュウゲツの意向を確認するというように段階を踏まなければなるまい。




 そうして屋敷内の破損個所も把握したところで――シュウゲツが戻ってくる。どうやら街まで買い物に行っていたらしい。

 一家には財政的な余裕もなかったのだろうが、土地の売却でこれからの都合はつくだろうしな。であるならば恩人に持て成しの一つもできなければ矜持に関わる、というわけだ。


「では、始めましょうか」

「よろしくお願いします」


 神妙な面持ちのシュウゲツ。それから一家の面々が見守る中で、修復作業を開始する。

 破損箇所を丁寧に補修していく。割れた瓦を光球に溶かし、元通りに繋ぎ合わせたり……汚れを落としたり。特に気を遣うのは繋ぎ目。修復痕が分からないように木目を合わせたりして直していくと、一つ修復される度に一家から驚きとも喜びともつかないどよめきが上がっていた。


 庭は壊されるというより石が投げ込まれたり、草花を枯らしたりするために花壇に塩が撒かれたりといった感じの荒らされ方をしていた。

 だからここは、在りし日の形がどんなものだったか、シュウゲツ達と相談して照らし合わせる事から始める。


「ここは池があったのですが、底石を砕かれてしまいまして……」


 と、そんな話を元に、庭も出来るだけ昔の形になるように修復していく。花壇の土は光球に吸い込んで塩だけ分離させてやれば土壌の質を回復できるだろう。

 そうして塩を取り除いたところで、コルリスが花壇の前に屈み、土を軽く指先で確かめて、そうしてサムズアップで返してくる。うむ。ベリルモールから見ても良い土の質であるなら植物も良く育つだろう。


 屋根や柱、床なども直して、更に風雨の汚れ、雨漏りの被害なども綺麗にしていけば――。


「こいつは……凄いですね、お嬢」


 と、一家の男が目の前の光景に声を上げる。

 シュウゲツは――周囲を見回し、家を見上げるように視点を動かして……男の呼び掛けに答える事もできずに言葉を失っている様子だった。


「お嬢……」

「ああ……。すまない。少し……見とれていた。子供の頃を思い出してしまって」


 そう言ってシュウゲツは小さく笑い、肩を竦める。都に戻ってきたカイ王子もその気持ちが分かるのか、その言葉に少し瞑目する。

 そうしてシュウゲツは俺とカイ王子に向き直ると、一家の者達と共に包拳礼をしてくる。


「改めて、一家の長としてお礼を申し上げます。カイ殿下もテオドール様も、私どもの守ろうとしてきた者達をこれから先も守ろうとして下さっている。それに……本来日陰者である私どもの事までこうして気遣って下さった。この恩義、我々は生涯忘れません」


 そんな、シュウゲツの言葉に静かに頷く。

 これで……一先ずはホウ国で俺ができることは粗方終わったか。後は帰るまでの間にカイ王子に先程思いついたことを相談し、実現可能か検討してみる事ぐらいだろう。

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