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番外288 都の侠客一家

 早速スラムの土地を所有していた者達を宮中で調べてもらい、彼らと面会するということになった。都の土地は王朝の直轄地。王朝に所有することを許された土地という名目ではあるが、一応ホウ国では土地の私有を法律で保証されている。


 所有者がショウエンの統治下でどうなっているのかという疑問もあったが……問題なくそのあたりの資料も残っていた。呼び出しに応じてやってきたのは、まだ若い女と初老の男、40代ぐらいの男達が数名、という構成であった。

 元々スラムには娼館があった区画だからか、やや堅気には見えない者も多い。というか、多分全員そうだな。


 警備隊長の話では、あの区画を所有していたのは名士――というよりは侠客一家、という扱いらしい。ショウエンの統治下ではかなり力を殺がれてしまったらしいが、それも筋を通す性格だったからこそで……ショウエンに反抗的な態度を取っていたから、見せしめの意味合いが大きかったのだろう。


 カイ王子が自己紹介と挨拶をする。呼び出しに応じてもらった感謝とねぎらいの言葉を口にすると、彼らは恐縮しながら頷いていた。ただ、女だけはカイ王子を冷静に観察している風があったが。肩書きと言い物腰といい……盗賊ギルドのイザベラを彷彿とさせる人物ではあるかな。自己紹介によると、名をシュウゲツというらしい。


「あの土地の廃墟をこちらで撤去したいと考えている。それとはまた別の話で、土地に公的な施設を建造して使用したいという案もあってな。これは廃墟の撤去と関係の無い話で、できるならこちらとしてはそれが望ましい程度……断ってもらっても全くこちらとしては問題ないという理解で構わない」


 そんなカイ王子の申し出に、彼らは顔を見合わせる。

 土地に立っている建物の解体費用は権利者持ちだ。それを国側が全部負担してくれるというのは得な話ではある。


 別に俺としては最初から空き地に作ってしまったり、外壁を拡張してしまったりしても良いぐらいに考えているのだが、どうせならあの区画を綺麗にして再利用できる形にしてしまえば一石二鳥、ぐらいの考えでしかない。

 少なくとも、廃墟を無料で撤去できれば土地の所有者が後に新しく建物を作るにしても安く済む。俺も廃墟をそのまま建材として再利用できるので楽ができる、程度の提案である。


「使用に関しては相場よりやや割り増しな代金で買い上げるか、月々の使用料をこちらから支払うか。なるべく希望に沿う形にしたいところではあるが、急を要する話故、断るか保留するということであれば、話自体無かったことに、ということになってしまうかな」


 そう。兵士が戻ってくるまでに、新しくスラムの住人が雨風を凌げる場所が必要だ。だから俺の滞在中が返答の刻限、ぐらいの急ぎの話になってしまうが、すぐに着手できる見込みがないなら、こちらで全て完結させて進める方が間違いない。


「個人的な心情としては……あの廃墟はそのままにしておいてやりたいと思うのですが」


 そう言いだしたのは、やはり女――シュウゲツだった。残りの面々はそれを追認するように頷いているところを見るに、彼女が上の立場ということなのだろう。


「ほう。何か事情があるようだが……差し支えなければ理由を聞かせてもらえないだろうか」

「……シュンカイ殿下は――あの土地に住んでいる者に食い物や寝床をお恵みになって下さっている。正直なところを話しましょう」


 シュウゲツは少し話すべきか逡巡したようだが、頷いてから事情を口にする。


「元々私達は、あの区画一帯で楼閣や飯店、酒家等を営んでいたのです。身を持ち崩した連中の世話をしていたこともあって、どうにも……。ショウエンか、その側近には目の仇にされてしまい、今のあの有様に繋がるわけですが……」


 要するに、都に相応しくないと色々と弾圧を受けたわけだ。あの区画の建物は、壊されたり焼かれたりしていたからな。


「しかし外から見ればあんな有様でも……まだ屋根も壁もある建物もありまして。戦乱で家を無くした女子供が雨風を凌ぐために逃げこもうと思うには手頃な場所なんですよ。生憎、商売を許されなくなった私達にはそれ以上の手助けはできませんが……あの区画の廃墟がなくなれば、今より悪いことになる。凍えたり、身体を壊したりする者も出てくるでしょう。あの区画をそのままにしていたのは、そういうわけです。何も持ってない連中にも身の置き所というものは必要ですので」


 なるほど。スラム化しても完全に路頭に迷うよりはマシだと。人が逃げ込んでくる場所となるならと、状況を黙認していたわけだ。


「そういう事なら……こちらも色々事情を話しておいた方が良いかも知れませんね」


 俺が言うと、カイ王子は静かに頷く。


「そう、かも知れないな。こちらの事情としては兵士達が戻ってくるまでの間に、兵舎とは別に彼らに雨風を凌げる家屋が早急に必要だと考えていたのだ。孤児院、静養院。手に職をつけるための訓練所。そういったものが、これからのホウ国には必要だと思っている」

「それは……素晴らしい話ですが。しかし、解せませんね。今現在住民を収容している場所が兵舎ですから、兵士達が戻ってくるなら早急に別の場所に移す必要がある、というのは分かりますが……それと、あの区画とどう繋がるのです?」


 シュウゲツは首を傾げる。それを説明するには、実際見てもらった方が早いだろう。


「それはですね。僕が建物を作ってしまうからです。こういう感じで」


 そう言って土魔法で小さなサイズの小屋を形成すると、彼らはその光景に驚いたような表情を浮かべた。


「僕は西国から来ているので……そろそろ一旦お暇する予定なのですが。帰る前に区画の住人の住居と兵舎の問題解決には協力していきたいな、と思いまして」

「ま、まさか西国の……英雄殿……? あの船に乗ってきたという……?」

「まあ、街ではそういう噂になっているようですね」


 その言葉に苦笑しながら頷いて言葉を続ける。


「話を進めましょうか。手元に何もなくとも空き地さえあればそれなりに建物は作れますが……廃墟を撤去してその建材を再利用できるとなれば、その方が色々作りやすいですから」

「つまり、どこにどうやって作るかの問題でしかない、と?」

「そうなりますね」


 だから……こちらとしては無理に交渉を進める気もない。


「時間的制約の事もあるが……一度、ショウエンの統治下で手酷い目に遭わされた貴方達に、もう一度王朝を信じてくれ、と言うのも難しい。何より、逃げ込むには手頃な場所、身の置き所が必要という言葉は頷けるものだ。人によって抱える事情は違うのだから、違う方法を掲げる者も必要だろう。それらを考えると、だからこそ関係を悪くするような話はしたくない」


 確かに。カイ王子の言うとおり……自分達とは別のやり方で困っている人を助けるというのなら、それはそれでいいのではないかとも、思う。

 今のあの区画の在り方を許容するともなれば犯罪の温床と成り得るリスクもあるが……それは正直に話すと言った以上、侠客一家としての矜持を信じるということなのだろう。

 一家の商売の邪魔をするつもりもカイ王子にはないわけだし、今後持ち直してあの区画の環境が良くなると言うことも有り得る。


「そういう事、でしたか」


 シュウゲツはしばらく目を閉じて考え込んでいる様子だったが、やがて顔を上げて、同行してきた者達に声をかける。


「お前達。私の好きにしても構わないか?」

「勿論です。お嬢」


 と、男達がにやっとした笑みを浮かべる。そうしてシュウゲツはこちらに向き直ると、言葉を続けた。


「あれらの廃墟を片付けて、彼らが雨風を凌げる施設が別に作られると言うのなら、私どもとしても全面的な協力をすることに否やはありません。必要ならば土地の売却も……そう。そういった目的のための設備を作るのであれば、割り増しにする必要はありません。相場通りに、設備の規模に合わせて応じましょう。ただ、こちらの指定する建物だけは残して頂きたいのです」

「詳しく聞かせてもらえるだろうか」

「勿論です」


 そうしてシュウゲツが説明するところによると、区画の中には彼女達一家が暮らしている生家があるらしい。それは先祖から受け継いだものなので手放すわけにはいかないが、それを除いて後は好きにして構わない、ということだそうな。


 寧ろ土地の売却は、ショウエン統治下で商売を禁じられていたシュウゲツ達が次に繋げるための資金作りとしては渡りに船、ということらしい。


「別の方法で誰かの力にというのなら、こちらにとっても売却は有難いお話。喜んでお受けします」

「それは助かる」


 ということで……話は纏まった。

 では早速、区画の整備と魔法建築に移る事にしよう。




「――その生家というのも、ショウエン統治下では維持するのに苦労なさったのでは?」


 移動しながら聞いてみるとシュウゲツは頷く。


「そうですね。石を投げ込まれたり壁を壊されたり、押し入ってきた兵に証拠と言われて家財道具やらを持っていかれたり……色々ありましたよ。止めを刺されなかったのは、私どもの凋落した姿を、見せしめにする意味合いがあったようですがね」


 なるほどな……。では、整備と魔法建築が終わり次第そちらの修繕も視野に入れておこう。勿論、シュウゲツ達が望むのなら、の話ではあるが。

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