第4話:雨の亀山城、仮面の下の真意
京の路地裏で織田信忠様に救われてから、二日。
傷口は未だに疼くが、背に腹は代えられない。
信忠様は私の言葉に耳を傾け、自らの直感と私の「考察」をすり合わせ、ある結論に達した。
「父上の留守を突く動きがあるのなら、源流である亀山へ向かうのが筋だ。……信澄、お前のその『予見』が真実か否か、この目で確かめてやる」
信忠様は、信長公の嫡男としての権限を使い、少数の精鋭のみを伴って亀山城へと向かった。
亀山城。明智光秀の居城。
城門をくぐる私たちの前で、雨に濡れた光秀が平伏していた。
その表情は、いつもの冷静沈着な、しかしどこか慈愛すら感じさせる知将のそれだった。
「信忠様、またこのような雨中に……。信澄殿の痛々しいお姿も、いかがなされたのですか?」
光秀の問いかけは、あまりにも自然だった。
まるで、私の背後で起きた暗殺劇など露ほども知らないかのような、完璧な「仮面」。
私は湿った土の臭いと、城内に漂う冷たい緊張感の中で、短刀の柄に手をかけたまま歩み寄る。
「義父上、京の路地裏で追っ手に襲われました。どうやら、私の動きを疎ましく思う者がいるようです」
私はあえて、まっすぐに光秀の瞳を見た。
光秀の眼光は揺らがない。
だが、その瞳の奥底に、一瞬だけ鋭い「冷気」が宿ったのを私は見逃さなかった。
「それは災難でしたな。織田家の血を引くお方がそのような目に遭うとは、警備の甘さが露呈しました」
光秀は立ち上がり、静かに城内へ私たちを招き入れた。
広間での対面は、重苦しい空気に満ちていた。
信忠様は正面に座し、本題を切り出した。
「光秀。父上はまもなく中国へ出陣される。その留守、京の守りは万全か。……いや、何か『隠していること』はないか?」
信忠様の言葉に、光秀はふう、と小さく溜息をついた。
その溜息には、隠しきれない疲労と、それ以上の深い情念が混じっていた。
「信忠様。……私は、織田家の天下を誰よりも願い、そのために泥をかぶり、骨を削ってまいりました。それが、信長様にとっては『邪魔な駒』に見えるのであれば、これほど悲しいことはございません」
光秀の言葉は、まるで泣いているかのように響いた。
この瞬間、私は悟った。
光秀はまだ「謀反人」ではない。
彼は、自らを変えようとしない運命と、信長の理不尽なまでの軍才に押し潰されそうになっている――。
(狂っているんじゃない。……追い詰められているんだ)
私は静かに口を開いた。
「義父上。……もし、叔父上が貴殿を必要としなくなった時、貴殿はどう動きますか? 織田家の家臣として死にますか? それとも、自分の理想のために剣を抜きますか?」
亀山城の静寂が、凍りついた。
信忠様が驚愕の表情で私を見る。
光秀は、ゆっくりと顔を上げ、私をじっと見つめた。
その表情は、もはや仮面ではなかった。
悲しみと、諦念と、そして隠しようのない野心。
「……信澄殿。あなたは、私に何をさせたいのです?」
光秀の声は、低く、震えていた。
その問いに対し、私は命を賭けた博打を打つ。
「歴史を変えましょう、義父上。信長様を、そしてこの国を、貴殿の手で守り抜くために」




