3 琵琶湖の水止めたろか弁当
その松本に、
「今日は、この、滋賀のほうの弁当をね、買ってみようと思ってるんだ」
と、西京は、スマホの画面を見せる。
「あん? 何だよ? 『琵琶湖の水止めたろか弁当』ってよ?」
松本が、顔をしかめる。
そこには確かに、滋賀県、琵琶湖近辺の郷土料理を用いた弁当の画像があった。
近江牛だったり、ビワマスの炊き込みご飯。エビ、アユの佃煮、焼きモロコ。
あとは、赤こんにゃくだったり、丁字麩のからしあえ、豆腐田楽や漬け物など、ご当地っぽいナニカ、と――
そんな、弁当についてはそこそこに、
「それで、話は戻ってだけど、要件ってのは何だい?」
と、西京が、本題を松本にたずねると、
「ああ、そうだ……! 場合によっては、アンタたち、そのまま列車に乗れっかもな」
「……ん? どうゆうこと、だい?」
と、何か気づいたように答える松本に、西京が怪訝そうな顔をする。
松本は続けて、
「ああ、ちょっち、アンタたちに、東京駅のほうに行ってきてほしくてさ」
「東京駅で、何か調べてくる――、ってことですか?」
とは、瑠璃光寺が聞き、
「そっ、」
と、松本は返答しつつ、
「ちょっち、タヌキのヤツからさ、“こんな情報が”あってな」
と、そのまま、ノートパソコンを見せようとした。
なお、“タヌキ”とは、“妖狐”こと神楽坂文のことである。
異界の住人だが、松本たち、人間界隈とは多少協力関係にある、ドラえもんみたいなナニカである。
まあ、その容姿はというと、麗しくも黒のアサシンドレスをまとった、美麗の女の姿をしているという。
なお、見た目の“妖狐要素”は、狐耳と尻尾しかない。
妖狐についての紹介は、そこそこに、
「キツ――、タヌキさんから、ですか?」
と、瑠璃光寺が聞き返す。
タヌキをキツネとするところを、逆に訂正しながら。
「ああ。とりま、これ見てみ」
松本は答えつつ、さっさと確認してくれとノートパソコンを渡す。
そうして、まだ残っている瓦蕎麦に手をつける。
――ズズッ……
と、蕎麦の音のするそばで、西京と瑠璃光寺は確認する。
そこには、まず、男女ふたり組の写真が映っていた。
カラフルなロシア帽を被った、ブロンドヘアの、顔立ちの整った白人の男。
その相方も、肌のほうは同じく白いものの、黒髪に、黒づくめの服装をした、表情の冷たそうな女、
彼らの画像を確認して、
「う、ん? これは……、アベック、かい?」
と、西京が言った。
「何だよ? アベックって? 昭和か」
松本が、確かに死後になって久しい『アベック』との言葉につっこむ。
「まあ、カップルかどうなんかは、分かんないけど……、こいつら、異界人らしくてさ」
「「異界人――?」――だって?」
西京と、瑠璃光寺の言葉のタイミングが重なる。
「ああ……。あの、タヌキの情報によると、何ていうんだろ? こいつらは、恐らく、雪と氷の極寒の、異世界の軍人らしくてな」
「極寒の、異世界だって?」
「まあ、タヌキのヤツが言うにはな。ちな、もしそうだとすると、何か、冷気を司ったり、操る力を持っているかも」
「霊気を、操る力ですか_」
「うん、“かも”」
と、松本は「かも」と、あくまで推測を強調する。
また、西京が聞く。
「それは、凍らせたり、雪を降らせたりするような力を、イメージすればいいのかい?」
「とりま、そう考えておけばいんじゃね? まあ、それが、“どの程度”の力かは、分かんないけど」
「それで、東京駅のほうに行ってほしいってのは、このアベックが、いま、東京駅にいるからってことかい?」
「そっ、そゆこと」
松本は、「そうだ」と答えつつ、
「だから、駅弁買いに行くんだったらさ? ついでに、調べて来てよ」
「そんな、駅弁のついでにって、ねぇ……」
と、西京は「やれやれ」と、しぶしぶ東京駅に向かうことにした。