第30話 『何でもします!!』に心惹かれかけるゲーマーのおっさん。
『ジーナ家』からの提案が一通り終わったところで、今度は『ルミーナ嬢』側からの要望タイムとなる。
とはいえ、ここンシュ村は雪が降り出せば数日で『陸の孤島』と化すような僻地で。
「そのおかげで春まではこちらの情報が王都に流れないという、ちょっとしたメリットもあるのですけどね?」
この村というか、ルミーナ嬢のことを監視しているのは、『侯爵家の新当主』――ではなく、その母親の紐がついた侯爵家に出入りしている商人の一人。
村に不足している物資を持ち込んでくれる命綱のような存在ではあるが、スパイに出入りされるのはちょっと……。
もっとも、吹雪の中命がけでこちらの情報を探りに来るほどのやる気はないらしく。
ルミーナ様たちも(もちろん俺も)まだ経験していないがジーナさん曰く。
一月、二月の間は隣の家に行くのすらままならないほどの猛吹雪に見舞われるらしく。
「次に商人がこちらへ来るのは、早くても三月の半ばごろ。
……といいますか、あなたって自称『王都の商人さん』でしたよね?」
「違いますよ?
俺は『都の方から来た』ってだけで、王都から来たわけじゃありませんし?
『商売人』ではありますが、『商人』ではないですし?」
「ビックリなのです……完全に詐欺師の手口なのです!
……それでは商人としての伝手は期待できそうにないですね」
とはいえ、ルミーナ嬢は特に落胆するでもなく。
さすがに『異世界から来た』などとは思いも寄らないだろうけど、胡散臭い人間だとは思ってただろうしね?
「本来なら、もう少し生活基盤が出来てからのことと考えていましたが。
あなたはアレイシアン侯爵については知っていますか?」
「いえ、そこまで詳しくは……」
詳しくどころか完全に初耳である。
「おかしな知識はいっぱいもってるのに一般常識については疎いのですね?
ネレイデス家のことも知らなかったみたいですし……。
リアンナ、この辺りの地図を持ってきてちょうだい」
「かしこまりましたお嬢様」
ということで、いきなり始まるこの国の地理のお話。
まず、現在俺がいる場所――
『ンシュ村』を含むこの一帯は、『キリヤ王国・ミーツ北方領』という地域らしい。
ここから深い森を越え、さらに北に行けば『越えられない壁』とも称される険しい山脈。
その向こう側には通称『白い大地』と呼ばれる万年雪の世界。
地球でいうところの『北極圏』みたいなものだろうか?
一応人は住んでいるらしいが、文明圏とは程遠い場所らしく。
そもそも、このンシュ村がある一帯だって百年ほど前までは、王国を追われた者たちの隠れ里しかなかったような未開の地――いや、今でも『領主すら派遣されていない村』がいくつも山の中に点在してるあたり、十分に未開のままだと思うけどさ。
そんな村々を襲っていたのが、今は亡きこの村の男たちで。
そんな村々から攫われてきたのが、残っている女性たちというわけである。
「……なんといいますか、侯爵様のご領地にしては、ずいぶん殺伐とした謂れのある場所ですね?」
「人里から離れた山奥など、どこの領内でも大差ありませんよ?
この村に限った話ではなく、ミーツ北方領全体がネレイデス家にとっては『厄介な飛び地』扱いでしたし」
……これ以上この話を広げると長くなりそうだったので、軽く相槌だけ打って地理の話に戻る。
そんな、王国の最果てにあるンシュ村から『人の住む世界』へ出るには、大きく分けて三つの道がある。
ただし三本が三本とも険しい峠を越えるようなルートばかりで、雪が積もれば命知らずでもない限り通ろうとは思わないような道なのだが。
「そもそも、そこまでしてこのような場所に来る目的も無いでしょうしね?」
「確かに」
てことでまずは一つ目。
南へと下る――ミーツ北方領の領都へと続く道である。
商人がやってくるのはこのルートだな。
もっとも『領都』なんて御大層な呼び方はしているが、規模はせいぜい『毛が抜けた小都市』といったところ。
いや、毛が『生える』んじゃなくて『抜ける』のかよ……。
もちろんその領都を治めているのは、ネレイデス侯爵家寄り子の貴族様。
ルミーナ嬢一行も、この村に追いやられる道中でその屋敷に立ち寄ったらしいのだが――
「無知、無能、そして無教養。
貴族と呼ぶのも恥ずかしい愚物でしたね。
風向き次第では、こちらにすり寄ってくる可能性もありますが……いっそ向こう側で足を引っ張ってくれていた方がまだ役に立つでしょう」
ルミーナ嬢。何があったかは知らないが、相当におかんむりなご様子である。
続いては、東南東。海側に抜ける道。
「そちらは数十年使われた形跡もなく、もはや獣道のようなものでした。
それでなくとも、抜けた先には寂れた漁村があるだけですから。
塩どころか干した魚を手に入れることもままならないでしょう」
……道は『あるにはある』が、本当に『あるだけ』という感じらしい。
「ということで、本命は残りの一つ。西へと伸びる道。
こちらも行き先が『他所の領地』ということで、それほど使われている道でもないのですけどね?」
どうやらその道の向こうにあるのが、先ほど名前が出てきた『アレイシアン侯爵』の領地である『デイヴ北方領』。
「大貴族同士、正直うちとあそこが仲が良いなどとは言えませんが……」
『殺しにかかってくる身内よりはまだマシ!』ってところだろうか。
「ということで! 春になったら本格的にあちらと取引を始める予定なのです!
なのであなたは冬の間に、売れそうなものをいろいろ用意しておいてくださいね?
あっ、儲けは折半で大丈夫なのです!
税金は……ちょっとだけオマケしておくのですよ?」
おい! この幼女しれっと『半分持ってく』って言い出したぞ!?
……まぁこの世界の常識に疎い俺ではそれが『譲歩した結果』なのか、『普通のこと』なのか、『ボッタクられてる』のかもわからないんだけどさ……。
* * *
二度目の『ご領主様のお屋敷訪問』から戻って三日後。
予定通り二日で家の隣……ではないな。
敷地の右隣に隣接する形で『牛舎』と『ニワトリ小屋』の建築が完了。
さっそくルミーナ嬢に牛たちのお引越しをお願いするために村へと下りていく。
……まぁ、当然ながら『牛を連れてくれば終わり!」などというわけもなく。
半日どころか丸一日かけての大仕事となってしまう。
いや、マジ家畜の引っ越し舐めてたわ……。
最初は、
「牛さんとのんびり歩いて帰ればいいだけでしょ?
あっ、ジーナさんは鶏さんを入れたカゴを運んでね?」
などと気軽に考えてたんだけど、本人たちの移動よりも『飼料』や『寝藁』といった、彼らの『生活インフラ一式』を運ぶのが大事で……。
当然そんな大荷物を、自分たちだけで運ぶとなれば数日どころか数週間は掛かっちゃうので誰かの手を借りなくてはどうしようもなく。
かといって知り合い(お貴族様お付きのメイドさんたち)に、そのような仕事を頼むわけにもいかず。
というわけで消去法として残ったのは『村の人間に頼む』という方法だけ。
でもほら、俺って(成り行きはどうであれ)、彼女たちにとっては『身内の仇』みたいなもんじゃん?
だからすごく気が引けたんだけど……予想に反してほとんどの人が協力的だった。
……一部住民というか、村長の家族やもともと家畜を預かっていた家の人たちを除いてだけど。
もっとも、彼女たちは領主様から『この村を出て自分の村に戻れ』と言い渡されている立場だからね?
今ここで『ふざけるな! 誰が手伝いなどするか!!』などと突っぱねたら……ねぇ?
もちろん、手伝ってくれた人にはちゃんとお礼(お肉)を差し入れしておいた。
当然ジーナさんには膨れっ面されたけどな!!
というか、荷運びに来た若い女性たちが、うちの門の前で土下座して、
「何でもしますからここで一緒に暮らさせてください!!」
とか、男心にクリティカルヒットしそうなことを言い出したけど、鬼の形相になったジーナさんに、
「ぶち殺すぞ雌猪ども」
と、『形のある殺意(弓)』を向けられた途端に蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
……何人かは結構可愛らしい
「……パパ?」
大丈夫、俺はジーナさんひとすじだから!!




