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屋根裏ダンジョン育ちの無名剣士、配信で正体を隠したまま無双する  作者: 剣竜
第三章 ユキの過去

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第四十三話 帰りたくない家

 水晶迷宮ダンジョン攻略から数日が経過した。

 あの配信は大盛況。

 後日動画サイトに上げたまとめ動画や振り返り動画も再生数は好調。

 他の配信者もネタとして取り上げてくれている。

 セラートとジンギの活躍もあったが、やはりなで子とユキの人気もある。


「じゃあね、ユキちゃん!」


「うん。また明日」


 放課後の校門前。

 学校の友人と手を振って別れ、ユキは一人で駅へ向かって歩き始めた。

 水晶迷宮での出来事は、二人の通っている学校でも話題になっていた。


「あ、あの動画見た?」


「見た見た! あの水晶の!」


「なで子ちゃんたち、すごかったよね!」


 そんな声が聞こえてくるたび、少しだけ照れくさい。

 向こうはこちらに気付いていないようだった。

 ユキは帽子を深く被り直す。


「(配信してること、学校じゃあんまり知られたくなかったんだけど…)」


 当初は趣味の暇つぶし程度だった。

 その時は知名度も低かった。

 とはいえ、最近は隠し切れなくなってきている。

 動画の再生数は増え、登録者も急激に伸びた。

 街で声を掛けられることも珍しくない。

 しかし、それを悪いこととは思っていない。


「ふふ…」


 やはり嬉しい。

 しかし、ちょっと落ち着かないところもある。

 そんなことを考えながら住宅街を歩く。

 赤く染まる夕暮れの空。

 帰路につく人々とすれ違う。


「…」


 ユキは歩く速度を少しだけ落とした。

 ふと、どこかの家庭から晩ご飯の匂いがした。

 それとともに、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


 家に帰りたくない。



 ふと、そんな考えが頭をよぎる。

 そんなことを思ってしまう自分が嫌だった。

 別に家が嫌いなわけじゃない。

 怒鳴られるわけでもないし、殴られるわけでもない。

 むしろ、その逆だ。

 だからこそ、苦しい。


「…ただいま」


 玄関の扉を開ける。


「おかえり」


 キッチンから義母が顔を出した。

 いつも通り、柔らかく笑っている。


「もうすぐごはんできるわよ」


「…うん」


 短い返事。

 それだけで会話は終わる。

 リビングでは義父がノートパソコンで仕事をしていた。

 最近は残業もし辛いとかで家で仕事をすることが増えたらしい。


「学校はどうだった?」


「…普通かな」


「そうか」


 それ以上話は続かなかった。

 また沈黙が流れる。

 テレビだけが賑やかな音を流していた。

 他愛もないバラエティ番組から聞こえる笑い声。


『はははは』


 この場では誰も怒っていない。

 誰も不機嫌ではない。

 優しい人しかいない。

 なのに、この空気は少し息苦しい。


「(何か話さなきゃ)」


 この場にいる全員がそう思っている。

 でも話題が浮かばない。


「…部屋、行ってくる」


「うん、食事できたら呼ぶね」


「ありがとう」


 二階の自室へ入り、扉を閉める。

 そこでようやく、肩の力が抜けた。

 鞄を置く。

 そしてベッドへ倒れ込み、天井を見つめる。


「…はぁ」


 大きく息を吐いた。

 部屋の棚には探索者用の装備が置かれている。

 普段は硬質のクリアケースに入れてある。

 いつでもそれを見れるように。

 愛用の弓と矢筒。

 そして防具。

 それらを見ると、不思議と心が落ち着いた。


「…」


 ユキはベッドから立ち上がり、ケースを開ける。

 そして弓を手に取る。

 弦を張り直し、布で丁寧に拭く。


「いつもありがとう」


 小声で呟くユキ。

 弓に話しかけるなんて変かもしれない。

 でも、この弓は努力した分だけ応えてくれる。

 怖くても、狙いを定めれば前へ進める。


「いつも…」


 なで子が笑っていて。

 哲人が前を走っていて。

 自分はその背中を守る。

 それだけでいい。

 何も複雑に考える必要はない。

 彼らと一緒にいれば、それでいいから。


「ユキちゃーん」


 一階から義母の声が聞こえる。


「ご飯できたわよ」


「はーい」


 返事をして階段を下りる。

 食卓にはハンバーグとサラダ、湯気の立つスープ。

 義母が頑張って作ってくれたことが分かる。


「いただきます」


「いただきます」


 義父も箸を持つ。

 しばらくは食器の音だけが響いた。

 義父が遠慮がちに口を開く。


「最近、その…動画のほうは順調なのか?」


「うん」


「危なく…ないか?」


「うん。大丈夫だよ」


「そうか」


 また会話が終わる。

 義母も何か言いたそうにしていたが、うまく会話に混ざれぬようだった。


「たくさん食べてね」


 そう言うだけだった。

 本当は三人とも、もっと話したいのだ。

 ユキにも、それは分かっている。

 自分だって話したい。

 学校のこと。

 水晶迷宮であったこと。

 以前、公園で見た猫が可愛かったこと。

 そんな他愛もない話を。

 だが…


『本当の家族じゃないから』


 その言葉が心のどこかで、ブレーキをかけてしまう。

 迷惑じゃないか、こんな話、聞きたくないか、嫌われたくないな。

 そんなことを考えながら。

 そう思っているうちに食事が終わった。


「ごちそうさま」


「お粗末さまでした」


 部屋へ戻ったユキは、机の上に置いてあったスマートフォンを手に取る。

 画面には、なで子からのメッセージ。


『また今度、新しいスイーツのお店行こう!』


 思わず笑みがこぼれる。


『うん!』


 そう返信すると、すぐに返事が来た。


『楽しみにしてるね』


 短いやり取りだった。

 他愛もない。

 それだけなのに、胸が少し温かくなる。

 こんなふうに家族とも話ができたら…


「…」


 スマホを置き、窓を開ける。

 夜風が静かに部屋へ流れ込んだ。

 ユキは窓辺に弓を立て掛け、夜空を見上げた。


「ダンジョンの方が…」


 ぽつりと呟く。

 その言葉は夜風に溶けていった。

 誰にも聞かれることはないその言葉。


「家より居場所があるなぁ…」



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