第三十一話 屋根裏ダンジョンの隠しエリアに行ってみた
その日の夜だった。
布団で寝ていた哲人は、ふと違和感を覚えた。
眠気が一瞬で吹き飛び、覚醒する。
胸の奥がかすかにざわつくのを感じる。
「なんだ…?」
理由は分からない。
だが、嫌な予感ではなかった。
むしろ、誰かに呼ばれているような感覚を感じる。
哲人は体を起こし、ため息を軽く吐いてから立ち上がった。
「…ちょっとだけ確認するか」
寝る前にもう一度屋根裏ダンジョンを覗く。
いつもならやらない行動。
だが、今夜はなぜかそれが自然に思えた。
しなければならぬ気がしたのだ。
屋根裏にあるダンジョンへの扉を開ける。
ひんやりとした空気と、いつもの薄暗いダンジョンの光景。
「…」
いつもと変わらぬ光景。
洞窟の中のような、岩肌が剥き出しのゴツゴツした通路。
いや、一つだけ違うものがあった。
「…なんだ?」
思わず声が漏れた。
そこには、無かったはずのものがあった。
屋根裏ダンジョンの奥。
黄金のスライムが出現する区画のさらに奥。
壁の一部に、人の背丈の半分ほどの小さな扉が出現していたのだ。
「扉…?」
木製でも金属でもない。
白く、滑らかで、どこか石像のような質感。
大理石だろうか、いや、よくわからない。
詳しくはわからないが、このような材質で作られた石像がありそうだな。
哲人はそう考えていた。
「昨日まではなかったよな」
警戒しながら近づく。
鑑定のスキルを使いながら。
魔力の反応はある。
だが、敵意は感じない。
いやむしろ、妙に穏やかだ。
扉の前に立つと、自然と手が伸びていた。
「…開ける、か」
覚悟を決め、扉に触れる。
今の哲人は叢雲ダンジョンのグランドドラゴンをも倒した。
その後も黄金のスライムを倒し、レベルはついに100に達したばかり。
何が現れても敵はいない。
そして、音もなく扉は開いた。
「これは…」
そこは屋根裏ダンジョンとはまるで別の空間だった。
白い霧のような空間。
床も壁も境界が曖昧。
不思議な空間で、上下の感覚すら少し怪しい。
そして、その中心には…
「…女、の人?」
そこには、一人の女性がいた。
年齢不詳。
長い金色の髪。
簡素だがどこか神聖さを感じさせる衣。
椅子に腰掛けているわけでもなく、ただ空間にいるだけ。
彼女は哲人を見ると、ゆっくりと微笑んだ。
「ようやく、来てくれましたね」
彼女の声を聞いた瞬間、哲人の背筋に電流が走る。
その声には聞き覚えがあったのだ。
『おめでとうございます、レベルが上がりました』
『スキルポイントを1獲得しました』
何度も、何度も聞いてきた声。
いつも哲人の近くにいた者の声。
哲人が呟くより早く、彼女は静かに頷いた。
「はい。あなたの頭の中に直接語りかけていた『システムボイス』。その主が、私です」
「あ…」
言葉が出ない。
女神、という言葉が自然と頭に浮かんだ。
そのあふれ出る神聖さ、神々しさ。
それは人間が出せるようなものではない。
もし今、哲人の目の前にいる者を言葉で表すとしたら。
それは女神としか言いようがない。
彼女は小さく肩をすくめ、少し困ったように笑う。
「会うのにもう少し時間がかかると思っていました」
「なぜ…?」
「ふふ、あなた、思った以上に黙々とレベルを上げるものですから」
女神は軽く笑って見せた。
レベル上げを罠まで作って行う者がいるとは思わなかったのだろう。
思いがけない人間らしいしぐさに、哲人の緊張が少しゆるむ。
「…じゃあ、あのテンプレ回答も」
「仕様です。あれは“神としての立場上、必要な演出なので」
あっさり言われた。
哲人はしばらく沈黙した後、深く息を吐いた。
「…聞きたいことは、山ほどあります」
「ええ、でしょうね」
女神は楽しそうに微笑む。
「でもまずはレベル100到達、おめでとうございます。世良木哲人」
屋根裏ダンジョン。
テンプレ回答の声。
そして、目の前の謎の女神。
白い空間の静けさの中で、哲人は女神をじっと見つめていた。
聞きたいことは山ほどある。
だが、どれから聞くべきか分からない。
「まず一ついいですか」
「どうぞ」
「あなたは何者ですか?神様?」
「私はこのダンジョンの管理者です。ダンジョンの構造調整、モンスターの配置、報酬テーブルの管理。あなたが成長するための場を維持・拡張する役割を持っています」
「…拡張?」
その言葉に、哲人の眉がわずかに動く。
このダンジョンにさらに上があるのだろうか。
「ええ。これまでは初期構成でしたが…」
女神は指先を軽く振る。
空間の一部に、ぼんやりと屋根裏ダンジョンの構造を図面にしたような光の像が浮かび上がった。
「あなたはもう、次の段階に進めます」
黄金のスライムのエリア。
トラップを仕掛けていた通路。
屋根裏ダンジョンは今のところこれだけしかない。
しかし…
「新たな区画の追加。環境変化。場合によっては選択制の分岐ダンジョンなども可能です」
女神は少し誇らしげに微笑んだ。
さらにいろいろと説明を続ける。
この屋根裏ダンジョンには様々な要素を追加できるという。
「屋根裏ダンジョンは、単なる裏庭ではありません。あなた専用の成長するダンジョンです」
哲人はしばらく黙り込んだ。
これまで、ただの日課だった。
金色のスライムを狩り、レベルを上げ、静かに力を蓄える場所。
しかしそれをさらに拡張できるのだ。
これほどうれしいことはない。
哲人は視線を上げ、女神を見る。
「ここまで来れたのは、あなたのおかげです」
女神は一瞬だけ目を見開き、
それから、ほんの少しだけ照れたように笑った。
「ふふふ。そう言われるのは…悪くないですね…」
しばしの静寂。
哲人は小さく息を吐き、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば」
「はい?」
白い空間の中、哲人はまっすぐに彼女を見る。
「あなたの名前は?」
女神は一拍置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「私の名は、リュミエル」
その名が、静かに空間に響いた。
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