第四十五話 『ずうっと』 5. 大丈夫です
すでに準備万端の三人が見守る中、夕季が息を切らせてモニターの中に現れる。
眉間にしわを寄せながら呼吸を整える夕季に対し、顔をゆがめた礼也が即座に反応した。
『遅かったじゃねえか、どこで道草くってやがった』
「ごめん」
『爆睡でもしてやがったのか。それとも便秘祭りか』
「両方」
『なに! 両方か! 何様だてめえ!』
嫌味全開の礼也を軽くいなし、御神体メガリュオンの最上部で精神統一のため感応プレートに両手を乗せる。
「準備は」
『とっくのとっくだって。なあ、光輔』
『ああ、いつでもいいよ』
「そう」何も言わずにやりとりを見守る茜をちらと見やる。「茜さんも」
夕季の顔に注目したまま黙って茜が頷く。
夕季が目を閉じ精神を研ぎ澄ませる。
茜は今さらながらに、桔平の件を夕季に伝えたことを後悔していた。
勢いであったとはいえ、この状況下において夕季に動揺を与えるような言動は慎むべきだったと。平静を装ってはいたが、夕季の心中が乱れまくっていることはその表情からも充分うかがえたからである。
それが杞憂であったことに気づかされる。
カッと活目するや、夕季の顔は獣を狩る戦士の表情へと変貌していた。
『茜さん』
「……」
『今のあたしには人にかまっていられるような余裕がない。振り落とされないようにしっかりついてきて』
「!」茜の眉間がピクつく。「上等。そっちこそ」
『んだあ、その言い草は。てめえ何様のつもりだって』
『やめろよ、もうさ』
『はあ、こっちがなんとかしなきゃって気ぃはってん時によ、んな気ぃ抜けんような言い草こきゃがって。それも便所で爆睡してた奴がよ、なあ光輔。どっちかにしとけって話じゃねーか』
『はは……』
「わかったから静かにしてくれない」
『んだ、この、みなもんももっといってやれって』
「みなもんいうな!」ややクールダウンし、夕季をまっすぐ見つめる。「本当にそれでいいの」
『なにが』
「なにがって……」
口ごもる茜に穏やかな笑みを向け、夕季が静かに呟いた。
「そんなの、最初からわかってたことだから……」
司令室特設スペースでは厳しい表情で仁王立ちする三田の様子を、忍と小田切ショーンがうかがっていた。
腕組みをする三田のこめかみがピクリとうごめく。
「来たか」
「え?」
三田の呟きにショーンが反応する間もなく、忍が異変を察知した。
「マルコシアスです」レーダーからの解析情報を展開させる。「ロシア上空からオホーツク海に至るルートを経て、北海道の東側付近をかすめながら到達する模様です。速度はマッハ五を超えています。このままだと約三十分弱でこちらに飛来するものと」
「三十分……」
「バルバトスはどうなっている」
ジョーンの声を三田がかき消す。
「はい。太平洋を南西の方角から接近しつつあります。バルバトスの姿は海中なので判別が困難ですが、かなりの速度で接近して来ています。その上空にはバルバトスに操られたリパルサーガーディアンの大群が追従しているものと思われます」
「リパルサーの数は」
「広範囲にわたってはいますが、上空を滞空する個体とバルバトスとともに海中から追随するものを合わせて、おおよそ四、五十体程度と推察されます」
「その程度なのか」
「リパルサー同士で潰し合い残ったのがそれだけのようです。一度倒してしまえば再度の復活は不可みたいですね。それに凪野博士側の統制から離れたリパルサーは本来のスペックを充分に維持できずに、かなりの個体が消滅したようです。人間達とは違って……」
口ごもりうつむき加減になる忍を見やり、三田が気乗りのしない確認をうながす。
「アンデッドは我々の提唱どおりすべて消滅させてくれたようだな」
「はい……」
バルバトスがメガルへの進撃を開始したおりに、メガルからの誘導であることを中国ならびにインド政府へにおわせ、その脅威を一手に引き受けるかわりにアンデッドとなった国民達の殲滅を依頼していた。
両国としてもここへきてメガルの機嫌を損ね、再び自国が攻撃対象となることを恐れて快諾する運びとなっていた。
メガルの言いなりになるのは癪ではあるものの、死してなおも安らぎを得られない自国民達の魂を弔うことに異論はなかった。
「距離自体はマルコシアスよりもかなり近い場所にいます。リパルサーの進軍速度から逆算すると一時間ほどでこちらに到達するものと」
「予想よりも速いな」ふうむと考え込む。「三十分以内にマルコシアスをなんとかしなければバルバトスの軍団ともまみえることになる。やっかいだな」
二人のやりとりを静観していたショーンが沸騰した頭で参戦してくる。
「僕はバルバトスを先に叩くべきだと思う。もし首都圏にバルバトスの上陸を許せば、あっという間に国そのものが崩壊する。上海を狙われた中国のように」
「それだけは阻止しなくてはならんな」
「ここからの距離はバルバトスの方が近いし、こちらから出向いてバルバトスが海にいる内になんとかするしかない。リバルサー軍団は脅威だが、ガーディアンでそこをこじあけて本体に突撃すべきだと思います」
それに強く反応したのは忍だった。
「そんなことをすれば逃げ場所を失ったガーディアンはリパルサーの大群になぶり殺しにされますよ。今のリパルサーがこちらのガーディアンのスペックより劣るものだとしても数が多すぎます。インプとは違うんですよ。バルバトスに近づくことすら困難かもしれない」
「それはもとより承知だ。不利な展開になることは最初からわかっていたはずだ。でも他に方法がない以上無理を承知で実行するしかない。この際多少の犠牲はやむを得ない」
「多少の犠牲ってどういうことですか。もとから他に援護も何もなくてあの子達だけでやらなければならない状況なのに、直接被害を被るのは彼らなんですよ。小田切さんはあの子達がどうなってもいいっていうんですか」
「いや、そういうわけでは……」
「それにバルバトスにかかりきりになっている間マルコシアスをどうする気ですか。三十分足らずでこちらに来ることがわかっているのに、とても私達だけでは対応しきれませんよ。バルバトスとコンタクトをとるだけでもそれくらいの時間がかかりそうなのに。仮に倒せたとしてもその時にはガーディアンが帰ってこれる場所がなくなってしまいます」
「それは……」
「直接対峙した場合マルコシアスの方が厳しそうだな」
しおしおの顔を向ける忍へとは違い、ショーンが三田へキッと振り返る。
「そのとおりです。そしてマルコシアスと戦っている最中にバルバトスが来れば乱戦になってもっと厳しいことになる。一体ずつならなんとかなるかもしれないけど、二体同時の方がきついに決まっている。この際組みしやすいと思われるバルバトスの方を優先して、マルコシアスの相手は後回しにした方がいいと僕は思います。確実に一体ずつしとめるべきです」
「バルバトスとて簡単に退けられる相手ではないぞ。勝算はあるのか」
「それは……」もごもごと口ごもる。「でももともと分が悪い勝負だ。ならば何かリスクを受け入れるべきではないのですか。多少の犠牲はやむを得ない。誤解のないようにいっておきますが、この場合の犠牲というのは我々のことをさします。我々でなんとかしましょう」
「なんとかって、どうするつもりですか。バルバトスよりマルコシアスの方が強敵だとおっしゃったばかりですよね。あの子達がいない状況で私達だけでなんとかなるとでも」
「いや、まあ、それは、その……」ちらちらと忍の方を見ながら、「彼らの目的はべリアルだから、マルコシアスが来たとしてもこちらに被害が出るかどうかわからないでしょ」
「……」
「でもバルバトスが来れば確実に広範囲に渡って被害が出るから……」
「結局自分の保身のことばかりじゃないですか。そんな考えで大丈夫なんですか」
「大丈夫……」
「……」
「……じゃないかも」
「ふんとにもー!」
「リスクか。一理あるな」
ふむと考えにふける三田を横目で確認し、忍が再びショーンに食らいついた。
「リスクというのはたとえ可能性が低くても賭けに出る対象が対価として見込める場合に成立するものです。小田切さんの考えは無謀にすぎません。いえ、ただの無策です」
「古閑君ひどい……」
「結局いきあたりばったりじゃないですか。そんなことをいうなんて小田切さんらしくありませんね。もっと慎重な方だと思っていたのにがっかりです」
「ええ!」
「そうですね、三田さん」
「私も小田切の意見に賛同する」
「えええ!」
思いがけない三田からの賛同にショーンと忍の目が丸く見開かれる。
三田はまばたきもせずに凝視する忍をまっすぐ見つめながら続けた。
「どのみち一筋縄ではいかない相手なら、この際こちらから撃って出るべきか。そうだな、小田切」
「ええ、まあ……」
「小田切さん!」
「はい!」
「この期に及んで地の利など望むべくもない。ならば相手が来るのを待つのではなく、こちらから出向いてインターセプトできれば有利にことが運べる。むしろ敵を分散させることでこちらの被害も軽減できるかもしれない。やってみる価値はありそうだ。見直したぞ小田切」
「……古閑君、睨まないで……」
「本気なんですか」
「ふむ」
「無理です」忍が目を吊り上げて食い下がる。「マルコシアスが来るまでの短時間でバルバトスを退けて、休む間もなくマルコシアスとの連戦はきつすぎます。ただでさえガーディアンよりも格上の相手だというのに。三田さんだって柊さんから託された使命があるはずですよね。だったら無謀な策はとるべきではありません。これはあの子達のためでもあります。たとえ複数の相手と乱戦になったとしても、我々の目が届く場所でしっかりサポートすることが必要なんじゃないでしょうか。今バルバトスを迎え撃つのは得策とは思えません。三田さんまでそんなことをおっしゃるなんて、……がっかりです」
「バルバトスではなく、マルコシアスを迎撃する」
「は」
「へ」
「マルコシアスの方を、ですか」
「ふむ。何もせずに三十分待つよりこちらから出向いてマルコシアスを迎え撃つ方がいい。もとよりバルバトスとの会戦まで一時間の猶予があるのなら、先にマルコシアスを叩いた方が効率がいい。分断しておけば同時に相手をするリスクも回避できるかもしれない」
「それはそうですが……」
拍子抜けし口をパクパクさせる忍。
忍のご機嫌をうかがいつつ、ショーンがおそるおそる口を開いた。
「行き帰りの時間を加味すれば結局同じことじゃないか。もしマルコシアスを倒せなければ一時間後にはバルバトスに参入される。それまでにガーディアンが戻ってこれなければどうすればいいんだ」
「こちらで迎え撃つしかあるまい。わかりきったことを聞くな」
マイナス思考のショーンをキッと睨みつける三田。
「彼らが戻って来るまで我々がバルバトスを足止めするしかない。無理は重々承知の上だ」
「それがきついと思ったから僕は……」
「黙れ、小田切」
「はい!」
「無理に倒す必要はない。目的は相手側の分断だといったはずだ。合流される前にマルコシアスを追い返すことができれば上出来だ」
「そういうことですか」三田の意図を汲み取り、忍の溜飲が下がる。「もし時間内にマルコシアスを処理できなくても、二体同時に相手をしなくてもすみますね」
「そのとおりだ。優先順位からいっても当面の敵はマルコシアスだ。バルバトスがこちらに来るまでにまだ一時間ある。その間に奴をこちらへ誘導しつつ退ける方法を模索すべきだろう」
「確かに分断を第一に考えるのならそれが最善です。バルバトスをやりすごせれば一番ですが」
「あとはどこでマルコシアスを迎え撃つかだ。なるべく被害が出ない場所が望ましい」
「すぐに最適なエリアを選定します」
「うむ。頼む」
「ですが、それでもしバルバトスの侵攻を許して近隣都市へも被害を及ぼすようなことにでもなったら最悪の結果になるのでは」
「いい加減にしろ、小田切」
「ひい!」
三田の一喝にショーンがびくりとすくみ上がる。
「リスクを受け入れろといったのは貴様だろう。覚悟を決めろ」
「はあ……」
「少しは見直してやってもいいと思っていたが、やはり貴様にはまかせられん」
「……どうして僕にだけそんなに厳しいんだ……」
「すでに政府を通じて昨日までに半径百キロメートル以内での住民避難は完了しています。あとは避難区域に危害が及ばないように、もしもの時はバルバトスへの誘導を木場隊長に要請しておきました」
「了解した。さすがに仕事が早いな」
「いえ。これくらい当然のことですから」
「さすが古閑君」
「貴様より古閑君の方がはるかに肝が据わっている。少しは彼女を見習ったらどうだ」
「は、あ……」
「そうですね。がっかりです」
「ええ!」
「冗談です。お気になさらないでください」
「いや、そんな冷たい目で見なくても……」
「大丈夫です」
「何が!」
笑顔の忍に迎え入れられ、ショーンがやや落ち着きを取り戻す。ごほんと咳払いをし、真剣な表情で二人と向き合った。
「方向性は決まった。あとは実際にどうすべきかだけど」
「大丈夫です。なんとかなります」
「根拠はあるの」
「ありません」
「な!」ショーンが情けない顔を向ける。「さっき僕のことをいきあたりばったりとかいったのに……」
「かん違いです。きっと臨機応変っていいたかったんだと思います」
「きっとって……」
「ここまできてしまったらなるようにしかなりません。どっしりかまえていきましょう」
力強くそう言った忍に二人が注目する。
忍はモニター越しの苦難をしっかり見据えながらゆるぎのない覚悟を口にするのだった。
「あの子達が迷わないように」




