第四十五話 『ずうっと』 4. ずうっと
本部別棟へと続く屋外通路で名を呼ばれ桔平が振り返る。
するとそこにはせっぱつまった様子の夕季の姿があった。
強風が二人の身体を激しく揺らす。
なぶられる髪が表情を隠していたものの、それがただならぬものであることを桔平は知っていた。
「何やってんだ、こんなところで。早く持ち場に戻れ」
夕季がバトルスーツを着用していることを確認した上で、平静を装い桔平が淡々と告げる。
桔平の言葉をいなす夕季の視線はひたすら真っ直ぐなものだった。
「どういうつもり」
「何がだ」
横殴りの風にしだいに雨粒がまじり始める。
「水杜さんに頼んだの、桔平さんだよね」
「ああ」
「どうして」
「それがベストだと思ったからだ」
平然とそう答える桔平に夕季が口をつぐむ。覚悟を決めなければならなかった。
「桔平さんだってあの人の身体のことは知ってるはず。これ以上負担をかけたらどうなるのかだって。それなのにどうして」
「おまえ、知っていたのか」
「知っていたわけじゃない。空竜王の中にあの人の思念が残っていたから、起動させたことはわかっていた。でもあの人の異変に気づいたのはコンタクターをした時から。まさかあんなに不安定なものだとは思わなかった。あの時、あの人を酷使してしまったことをすごく後悔した。今からでも遅くない。あの人を止めてほしい」
「俺が頼んだわけじゃない。彼女の方からいい出したんだ」
「!」
「第三のマテリアルの危険性なら俺も聞いたことがある。凪野博士からの報告書で知っただけだがな。吐き気がするくらいひどい内容だった。だが彼女は自らの意志でそれを受け入れ、すべてを承知の上で手伝いたいと申し出てくれた」
「そんなの……。だったら」
「おまえなら、なんとかしてくれるんじゃないかって思った」
「!」
「どのみち破滅をまぬがれないのなら、少しでも彼女の痛みを和らげてやれるかもしれないって思ってな。おまえが何かの力によって一命をとりとめたように」
絶句する夕季。
以前茜が口にした言葉を思い出した。
『こんな世界なくなってしまえばいいのに』
「……あたしには、そんな力はない」
キッと口もとを結ぶ夕季を、桔平は穏やかに眺めた。
「そうか、ならおまえの判断にまかせる」
「……」
「解禁だ。三田さんにも伝えてある。おまえの意志を尊重させろってな」
「……。何を考えているの」
淡々と発せられた夕季の言葉に動きを止める桔平。
への字口の夕季を見つめ、桔平が表情を正した。
「なんのことだ」
「とぼけたって駄目だよ。浮上島にいく気なんだよね」
真顔で詰め寄る夕季に、桔平が言葉を失う。
その顔が、すべてを知り得ることを物語っていたからだ。
罪悪感から逃れようと桔平が舌打ちをする。
「まあな」
「それで状況がかわるとでも」
「わかんねえが、他に手がない以上やってみるしかないだろ」
「失敗するよ」
「……」
「前に綾さんがいってた。反物質に手を出すのはまだ早いって。失敗したら、すべてなくなるって」
「何故それを」
「朴さんの研究室で」
「見ちまったのか、おまえ」
夕季が小さく頷いた。
「確率うんぬんはおいてといて、成功すれば奴らに対抗できるレアアイテムが手に入るかもしれない。俺はそれに賭けることにした」
「でも、失敗すれば全部なくなるかもしれない。取り返しのつかないことになる」
「何もしなくてもどのみち全部なくなるなら、やってみない手はない。一か八かだ」
「そうじゃない」
「何がだ」
「だったらあたしもいっしょに……」
「……」
「……桔平さんがいかなくてもいい」
「他に誰がいる」
「桔平さんのかわりにあたしがいく。朴さんのところでだいたいのことは理解したつもり」
不思議そうに眺める桔平に気づき、夕季がわずかに顎を引いた。
「それに、桔平さんはここに必要な人だから、ここに残ってほしい。みんなのためにも……」
「全部見たってんなら、一人でいってもどうにもならないことくらい知ってるはずだ」
「あの人がいる」
「!」
「進藤さんが手伝ってくれれば、あたしにもできるかもしれない。あの人はきっと一人でそれをやるつもりでそこにいったはず。だったら、あたしにも手伝えることがあるはず」
「駄目だ。おまえをいかせるわけにはいかない」
「どうして」
「おまえには他にやらなけりゃならんことがあるだろ。おまえにしかできないことが」
「そんなの……」
「どうでもいいとかいえる奴じゃないだろ、おまえは」
「……でも、あたしの方が桔平さんよりうまくできる、たぶん、きっと……」
「あいつのことをおまえは俺よりも信じられるのか」
「!」急所をつかれたように夕季がカッと目を見開いた。「……それは」
観念したようにうつむく夕季を見下ろし、桔平が曇天を見上げる。
これから世界中に押し寄せる未曾有の嵐を暗示するように暗闇が広がり始めていた。
「優先順位だ。おまえはここにいなければならない人間なんだ。俺とは違う」
「違わない。いっちゃ駄目だよ。お願いだから、危ないことはしないで」
絶句する桔平。
そこには今まで見たことがない夕季がいた。
「みんなが死ぬ夢を見た。知ってる人達が目の前で死んでいく嫌な夢だった。それが現実になりかけてる」
そのまなざしが真剣なものであることを桔平が知る。
「その中に俺も入ってるのか」
「……。そんなのいやだ。もう誰の不幸も見たくない。もう誰にも死んでほしくない……」
「そんなに俺は頼りないか。信用できないのか」
「そうはいってない!」
様々な感情が入り乱れ、うまく処理しきれずに夕季が塞ぎこむ。
遠く彼方に想いを馳せるように視線を泳がせ、桔平が深く息を吐き出した。
ごまかせない気持ちを受け止めるためには、すべてをさらけ出す必要があった。
「考え違いもたいがいにしとけ」
「……」
「俺の本当の正体はな」
「いわなくていい」
「……」
「黙ってるつもりだったんだよね。最後まで。だったら、いわなくていい」
「おまえ……」
夕季はすでに何かを感づいている様子だった。
桔平がそれを公にすれば今までどおりでいられなくなることや、それを覚悟で桔平が告白しようとしたことも。
「桔平さん」
「ん」
「信じてるの、あの人のことを」
それが誰のことを指すものなのか、聞かずともわかっていた。
「ああ、信じている」止まったままの時計を眺め、桔平が頷いた。「ずっとそうだったからな」
「あの人がそうでなくても」
「関係ないな」
「!」
「俺が勝手に信じているだけだ。それをどう受け取ろうがあいつの勝手だ。それとも、信じてもらえなきゃ信じちゃいけないのか」
「そんなの……」
「俺はずっとそうしてきた。おまえらに信じてもらえなくても、ずっと信じてきたつもりだ」
「信じてたよ!」感情があふれ出る。「……ずっと信じてた。ずっと……」
「そうか。そりゃ、すまなかったな。信じてなかったのは、むしろ俺の方なのか。そんな大事なことにも気づいてなかったんだな、俺はずっと」
鳴り続けるサイレンの中、言葉を失いうつむいた夕季を黙って見守る桔平。小さく息をつき、静かに口を開いた。
「おまえ、はしかって知ってるか」
「……」
「今じゃあんまり聞かなくなったが、もう死んじまうんじゃないかってくらいの勢いで熱が出てよ。身体中痒くなるわでそりゃあもう苦しいんだが、二、三日もするとたいがいけろっと治っちまうんだよな」
桔平の言わんとすることを察し、夕季がかぶりを振る。
「そんなのじゃない。そんな……」
「俺はそのはしかを二十年近く続けてる」
「!」
夕季が目を見開いて桔平に注目する。
すると桔平はばつが悪そうに頭をかき、自嘲気味に続けた。
「自分でもバカだって思う。でも、もう治らないのかもしれない。この先もずっとな。だからいかなきゃよ。待ってるんだ、ずっと前から俺のことを。そう信じてるからな、ずっと」
夕季が淋しそうにうつむいた。
「……だったら、間違ってないと思う。桔平さんは、あの人のためにいくべきだと思う。いってあげなきゃ、いけない……」
安心したようにふっと笑う桔平。
「そんな顔するなって。またケーキおごってやるから」
「子供扱いしないで……」
「バカ野郎!」
突然の怒鳴り声に、思わず夕季がビクッとなった。
「俺が食いたいんだから、つべこべいわないでつき合え」
「……一人でいけば」
「あのな、いい歳こいたオッサンが一人でケーキ屋のバイキングにいけると思うか! 少しは男心をわかれ」
じわり涙を滲ませる夕季。それは何かを許容したようにも映った。
「ハナゲ、でてるよ……」
「わざとだ」桔平が楽しげに笑った。「本当におまえら姉妹はどうしようもねえな。男を見る目が全然ねえ。しの坊は特にだ! もっと男心を勉強しろ。それまではケーキバイキングだ。しの坊にもつき合うようにいっとけ」
「お姉ちゃん、甘いものそんなに好きじゃない」
「甘くないケーキもある。世間は広い。もっといろいろなものを見ろ。それでも自分が正しいと思ったのなら」にやりと笑った。「もっといいもの食わしてやるから、それまでおとなしく待ってろ」
崩れそうな気持ちを奮い立たせるように口をへの字に曲げる夕季。それから、ふっと笑い、顔をしかめるようにイーをしてみせた。
その精一杯の強がりを眺め、桔平が嬉しそうに笑った。
「心配すんな。ここまで生き残ったんだ、今さら簡単に死にゃしねえよ。絶対帰ってくる」
すべてを吹っ切ったような笑顔に夕季が言葉を失う。
そのまなざしが見つめる先に自分が近づくことすらかなわぬことを悟って。
「約束だよ」
「くでえぞ。俺が今まで約束破ったことがあった……、か?」
「……」
「まあ、なんだ。わかった、約束する」
その時、激しい地鳴りが起こった。
揺れ動く大地の上で体勢を崩して転がる二人。
「あ!」
「くそ!」
桔平が咄嗟に夕季をかばう。
「おまえも早く戻れ!」
そういい残し、桔平は走り去っていった。
「待って……」
その背中を追いかけようとした夕季だったが、ふいに力が抜け動けなくなった。
どうすることもできずに、ただその小さくなっていく姿を見届けるだけだった。
轟音をともない彼方の地割れから突き出た巨大な影を認め、ようやく夕季が我に返る。
己がすべきことをしっかりと見据え、夕季が桔平とは反対の方角へと走り出した。




