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第四十五話 『ずうっと』 3. 誰が仲間だ!

 


 茜は薄暗い待機所で一人目を閉じて神経を研ぎ澄ませていた。

 わずかに眉間に皺を寄せ、先の失態を振り返る。

 ベリアルとの戦闘中に突然茜の気力が途切れた。

 まるでオーバーブースト終了を告げると同時に訪れるようなひどい倦怠感に見舞われ、明らかなスペックダウンを感じ取ってからは光輔や礼也のサポートに務めるのが精一杯だったのだ。

 その後丸一日動くこともままならなかったのだが、光輔や礼也が何ごともなかったかのようにケロッとしているのを見て、眉を寄せざるをえなかった。

 夕季の手前強がって見せたものの、はたして今の自分に彼らと同様のパフォーマンスが行えるのかどうか不安だった。

 それでも泣き言だけは死んでも言うわけにはいかなかった。

 万全の自分であの状態ならば、今の夕季では到底無理なはずだと言い聞かせる。

 約束した今回さえ乗り切れればいい。たとえ深刻な状況になったとしても、今さえ乗り越えれば何とでもなると。

 桔平との会話を思い返す。

 桔平からはまた夕季達の手助けをしてほしいと頼まれた。

 だが実のところ、それを桔平から持ち出される以前に茜の側からコンタクトを取っており、自らの意志で手伝いたいと申し出ていたのだった。

 その時の桔平の複雑そうな様子を茜が思い返す。

 明らかに戸惑いの表情を浮かべていたからだった。

 桔平には茜の事情がすべてわかっているようだった。その上で頼むと言われた。

 それから茜の身を気遣い、無理はするなと釘を刺された。

 倒さなくていい、撃退しろ、ベリアルさえ追い出せばとりあえずだが事態を回避することができる、勝負は奴らが潰しあった後だ、あとは礼也達がなんとかする、と。

 それをよしとしなかったのは、むしろ茜の方だった。

 それでは足りない、もっとひどいことになる、ここで叩かなければ意味がないと茜が主張する。

 それに対する桔平のアンサーは沈黙だった。

 それから桔平は小さく笑みを向けながら茜に、無理をしないでくれ、と言ってきた。

 それが茜に対して向けられたものなのか、自分の仲間達を気遣って発したものなのかは、その時の茜にはわからなかった。

 ただ茜の目には、桔平がすべてを見通した上で現状をいなそうとしていることだけが理解できた。

 おそらくは自らの命を賭して何かを変えるつもりなのだとも。

 その時間稼ぎのために彼が頭を下げたことも。

 雑念を振り払い、茜が静かに目を開く。

 そして誰にも聞こえない声で気合を入れるように呟いた。

「いくぞ、あかね……」

「おい、みなもん」

 突然の礼也の声に、やや顔を赤らめキッとなって顔を向ける茜。

「誰に聞いたの!」

「ほんとにそう呼ばれてたのかよ……」

「関係ないでしょ」

「んなこたどうでもいいが、今回はこないだみたいな余裕はない。前に夕季がやったみたいに助けてもらえると思うなよ」

「あてにしてないわよ」

「ならオッケーだ。じきに出動だ、覚悟しとけ」

「……。こわくないの」

 表情もなく発せられた茜の問いかけに礼也が戸惑いの表情を差し向ける。

「はあ」

 顔をしかめ反応した礼也を眺め、茜がわずかに眉を寄せた。

「これに乗り続ければ命が削られる。そうなんでしょ」

「ぐが……』

 予期しない問いかけに礼也が口ごもる。それから何かを思い返すように言葉をつないだ。

「そんなもん、とっくに忘れちまってたって。だったかなって今さら思い出したとこだ。いやなこと思い出させんじゃねえって。そういうおまえはどうなんだ。ほんとはションベンちびるほどこわくてたまらねえってか」

「私には関係ない」

「自分が特別だって言いたいのか」

「……」

 礼也の声も耳に届かず、茜は数時間前の出来事を反芻し始めていた。


           *


 茜は一人メガルへと足を向けていた。

 もう一度夕季のかわりに空竜王に乗るために。

 荒れ始めた天候もあったが、荒廃してしまった街並みからは人の気配を感じることもなかった。

「みなちゃん」

 気配もなく発せられた呼びかけに茜が顔を向ける。声の主はわかっていた。

「わたる君」

 崩れかけたビルの陰から長身の優男、島津航が現れる。

 笑顔ではあったが、そのまなざしは真剣そのものだった。

「界からの伝言だ。もうよけいなことはするなって」

 一瞬口をつぐむ茜。

 顎を引き、航に対して神妙な顔を向けた。

「もう一度だけだって言っておいて」

「……」

 今度は航が言葉を失う番だった。やや戸惑いながら言葉をつなぐ。

「みなちゃん、かわった?」

「……どうして」

 すると航が取り繕うような表情になった。

「いや、なんとなく」愛想笑いを浮かべ、茜の顔を見つめる。「界の奴、心配しているみたいだよ、君のことを」

「かー君が私の身体の心配を……」

 茜が思いつめたような表情になる。

 それを見て航は安心したように笑った。

「あいつだけじゃない。俺だってそうだ。君が彼らに感化されてやしないかと心配なんだ。彼らとの接触を続けることで、君の考えがかわってしまうんじゃないかって」

「……そう」

「みなちゃん?」

「……」

 ふいに黙り込んでしまった茜を、航はまた心配げに眺めた。

 すると口もとを結び、しっかりとした口調で茜が自分の気持ちを伝えた。

「もう少しだけお願いってかー、……かい君に伝えて」

「みなちゃん……」

「大丈夫、私はかわらない」暗く渦巻き始めた空を見上げ、静かにそう呟いた。「何も……」


           *


「おい、なんとか言えって」

 礼也の声で茜が現実に引き戻される。

 黙ったまま立ち上がり、そこから立ち去ろうとした。

 それを礼也が引き止めた。

「待てって」

「……」

「一つだけ教えろ」

 立ち止まり、茜が静かに応答した。

「何を」

 礼也は先までの軽薄な態度を改め、神妙な様子でそれを口にした。

「なんでてめえは竜王を操れる」

「……」

「俺らと同じように竜王に認められたわけじゃない。いや、こういうのも変だが、俺も夕季もさんざんな目にあってようやくあれを動かすことができた。一発合格の光輔の野郎は別だがよ。ただ納得できねえだけだ。てめえも光輔と同じタイプの人間なのか。それが知りたい」

「言ってもわからないでしょ」

「言わなきゃもっとわかんねえだろが」

「ならあなた達は何故あれを動かせたの」

「はあ、だからさんざんあれして……」

「どうやって彼らに認められたのかって聞いているの」

「……。んなの、言ってもわかんねえだろが」

「認められるってどういうことなの。どうやったら認められるの。教えてくれない」

「んだ、あれだ、なんかよ、なんかどうにもなんなくなって、んでもなんとかなんねえかってイライラして、でどうにかなんねえかって思ってたらよ、陵太郎さんとか出てきて、いろいろ恥ずかしいことになって……」

「……」

「もういい。どうでもいいって。なんか適当にやってたら突然乗れるようになっただけだって。てめえもそんな感じなんだろ、どうせよ。なんか知らねえが、突然わけもなく認められたってこったな。もうそれでいいわ。俺らだって本当に認められたかどうだかも怪しいもんだって」

「私はあなた達のように彼らには認められていない」

「はあ、んなのよ……」

「第三のマテリアル」

 囁くように茜が告げる。

 その意味を礼也は理解できなかった。

 その心中を察し、茜が自ずから補足し始める。

「あなた達の感覚で理解しようとするのなら、本来の手順を踏まずに回路を改造して機械を騙して強制的にスイッチを入れるための装置のようなもの」

「ドーピングみたいなもんか」

「そう思ってくれてもいい。それさえあれば、誰だって動かせる。たとえ相手に拒絶されていたとしても、無理やり主人だと思い込ませて竜王を操れる。私にはそれがある」

「おまえ……」むぐと口をつぐむ。「ウマにムチ打って無理やり走らせるみてえな感じか」

「もっと他にたとえようがないの……」

「つまり嫌がってる相手をだまくらかして無理くり命令して従わせてんだよな。パワハラみてえなもんか。エゲツねえな」

「言い方!」

「とんだ詐欺師だって」

 今度は茜が口をつぐむ番だった。

 その思いつめた表情に礼也が追い討ちをかける。

「なんで言った」

 予想外の問いかけにぽかんとなる茜。

「あなたが聞いたからでしょ」

「そうじゃねえだろ」

 その真意に気づき、茜が再び身構えた。

「そういうことが気になって大事なことがおろそかになるくらいなら、知っておいた方がいいと思っただけ。古閑さんにもバレてるみたいだし」

「……」

「わからないならそれでいい。でもこのことは誰にも言わないで。知られてもいい人と知られたくない人がいる。……あの人達も知らないことだから」

「あの人達?」

「約束して。お願い」

 険しい顔つきの礼也が瞬きもせずに頷いてみせる。

「わかった。約束する」

「ありがとう……」

「……。光輔には言わねえ方がいいな」

「そうね」

 バツが悪そうに礼也がそっぽを向き顔をゆがめる。

 それに目線だけをくれ、茜がはあとため息をついてみせた。

「樹神さん、見つかったんですってね」

「おお」

「よかったわね。でも約束だからもう一度だけはつきあってあげる。感謝しなさいよ」

 まじまじと自分を眺めている礼也に茜が気づいた。

「おい」

「……」

「どっちが本当のおまえだ」

「……なんのこと」

 目をそむけてそう言う茜に、礼也が困惑の表情になった。

「まあいいわ」

 そろりと振り返る茜。その顔には明らかにそれまでとは違う感情が表れていた。

 するとどうでもよさげに礼也が笑う。

「そろそろ出撃だ。今度はちびんねえように先にションベンしとけ、みなもん」

「それやめろ! て、いつ私がちびった、言いがかりつけないで!」

「いいじゃねえか、別によ」

「よくない。本当に怒るわよ」

「もう怒ってんじゃねえか」

「もうやめ。あなたとは金輪際口をきかないことにするから」

「んだあ」

「さっき言ったことも全部嘘。みごとにひっかかったわね」

「んだ、マジか!」

「そうよ、普通信じないでしょ、そんな作り話。ほんと騙されやすい人ね。ほほほほほほ!」

「んだ、そっちがその気なら、てめえの恥ずかしい与太話そこいらじゅうにべらべらしゃべりまくってやっからな。いてえフェイクがっつり入れて」

「本気でぶっ殺されたいの!」

 そこへ光輔が通りかかり身をすくませた。

 礼也と茜の姿を見かけ、二人が小競り合いをしているように映ったからだった。

 はあ~、と大きくため息をもらし、気乗りしない様子で間に入ろうとした。

「なにやって……」

 そこで光輔の言葉が途切れる。

 思っていたのとは違う二人の様子に。

「だいじょぶなんか、てめえ。またヘビがどうとかいってケツまくんじゃねえのか。口きかねえとか言っといて、ひゃ~おたすけ~とか言ってまたちびんだろ、どうせ」

 からかうような口調の礼也に無視を決め込む茜。

 だがその様子は光輔が危惧していたような殺伐としたものではなかった。

 そこには夕季をからかう時のような常なる礼也の姿と、礼也に反応する夕季のような茜とのやりとりが垣間見えたからだった。

 まるでいつもの見慣れた光景のように。

「へっ、てめえがヘビみてえなもんだってのにな」

「なにか言った」

 キッとなって振り返る茜。

 すると礼也がややばつが悪そうにそっぽを向いた。

「なんでもねえ、てめえがヘビみてえなもんだって言っただけだ」

「はあっ」

「だってそうじゃねえか、なにかと丸呑みしやがるし、執念深そうだし、目つきだってよ……」

「どういう神経してるの。普通はそういうこと言わないでしょ」

「てめえが反応しやがったからじゃねえか。何逆切れしてやがる」

「そうじゃないでしょ。普通はそう聞かれたら、別に何も言ってません、ですませるものじゃないの」

「はあっ、ややこしいこと言ってんじゃねえぞ。優しく言ってやってる時ゃシカトかましやがったくせに」

「ややこしいのはどっち。どこが優しく言ってるっていうの。あなたにはデリカシーってものがないの。わかってたけど」

「どっちがだ。てめえこそそっち側だってわかってねえのか、でっけえブーメラン飛ばしやがって」

「ふざけるな、あんたには出撃前に精神を統一させている仲間をいたわる気持ちがないのか」

「んだ、結局かまってちゃんじゃねえか、めんどくせえな」

「どっちが」

「仲間ならこっちのこともちったあ気にかけろってことだ」

「さっきの言葉そっくりお返しするから。今自分に盛大なブーメランが向かってるのわかってる」

「はあ、ふざけんな、てめえ」

「ふざけてるのはそっちでしょ。あ~、もう不愉快。あなたのせいでこっちまで頭がおかしくなりそう」

「かっかっか、ざまみろ。……。ん? んだ、こっちまでってこた、俺の頭がおかしいみたいに聞こえやがる。なんでだ」

「そう言ったんだけど、どうしてすぐにわからないの。本当にバカなの」

「きぃ~! 腹立つ。クソ夕季とおんなじだな、てめえは。クソみなもんだ」

「なにそれ、腹立たしい。いい加減にしなさいよ。本気で怒るわよ」

「ざまみやがれ、けっけっけ」

「何が言いたいのかよくわからないけれど、それが本当なら古閑さんに同情するわ。毎回毎回こんな人の相手しなくちゃいけないなんて、彼女もさぞかし不愉快なことでしょうね」

「んだ、この、みなもんのくせに!」

「だから、みなもんいうな!」

 ようやく呪縛から逃れた光輔が、苦笑いしながら割って入る。

「まあまあ、仲間同士なんだからさ……」

 すると二人がすごい剣幕で同時に振り返った。

「「誰が仲間だ!」」

「あ~……」

 その時、急を告げる警報が場内に鳴り響いた。




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