第四十四話 『残されたモノ達』 3. 敗因
ブリーフィングルームで三田は、忍から差し出された膨大な紙データをまるで表題だけ確認するような猛スピードで黙読していた。
桔平や木場はその様子にまばたきも忘れて見入っていた。
「なるほど。これならば、まるで我々の反応を試しているかのようだった彼らの動きも合点がいく。プログラム自体が訓練だったのではという木場隊長の仮説も充分現実味を帯びてくる。発想、応用、機転。我々の対応能力と行動パターンを解析するために様々な形態のプログラムを差し向け、まさにすべてのリサーチが終わったというところでしょう」
口すら閉じることを忘れていた桔平が、慌てて頭をシェイクさせた。
「あんた、これの内容が全部わかんのか」
「すべてというわけではありませんが、大まかなアウトライン程度ならば」
ぽかんとし、苦虫を噛み潰したような顔の忍の方へと目をやった。
「私はたぶん、その百分の一くらいです」
「どこからそういう数字が出た」
「なんとなくです。三田さんは私の十倍くらいのスピードで解析できていますから」
「……なら俺は、その千分の一くらいだな」恨めしそうに木場を眺める。「おまえはその半分くらいでいいか?」
「……そんなところでいい」
恨めしそうな顔を向け合う二人を、苦笑いの忍が眺める。
「すみません。無理をいってこれだけの書類を起こしていただいて。メガルが全局をあげてペーパーレスを推奨していることは重々承知の上なのですが、私のような低能な輩はこうでもしないととんと理解が追いつきませんので。始末書ものの損失ですな。処罰は覚悟しています」
「何をおっしゃいますやら!」
「何をおっしゃってやがる!」
「何を……」
「なるほど。あの時すでに、オリジナルはレプリカとすりかえられていたのか。そうとも知らずに我々はニセモノを本物だと信じて、何モノかに与えられたプログラムと戦い続けてきた。まんまと凪野博士に欺かれていたというわけですな」
三田の推察に反応する桔平。
「いつ頃のことだ」
「時期的には政府からの介入があった頃合いです」
「桐生達が来たあたりか」
「はい」
「ありえるな」腕組みしながら木場が桔平に目配せする。「ちょうど俺達が目を離したタイミングだ。礼也達が感じた違和感というのも、コンタクターをしていた三雲のせいばかりではなかったようだな」
「ああ、そのうちそんなもんだろって、自然となじんでったんだろうな、たぶん。何ごともなく順応してったあいつらがすごいのか、ほとんど気づかせないようなシロモノを造った凪野博士がすごいのか、なんだかなってところだ」
「もし我々がオリジナルを使い続けていたら、どうなっていたのですか」
「どのみち全滅していたことでしょう」
木場の疑問に三田が即座に答える。
「ベリアルか、それ以外のモノの手によって」
「それ以外のもの?」
「はい。味方同士の血みどろの潰しあいを避けたくて、凪野博士は我々を欺き続けてきた。ですが想定以上に予定が狂ったため、ベリアルをオリジナルにぶつけるべく方向転換したのです。その時点で、封印を解き直接ベリアルを倒すしか手段がないと結論づけたようです」
「結局、最後は力技なんだな」人類史上最高峰に君臨する英知者達の決断を、ふん、と桔平がくさした。「力の差を技でなく物量で埋めようとしたみたいだが、どれだけ集まっても所詮ザコはザコだったってとこか」
「そればかりというわけでもないようです」
「ん」
分厚い紙束を差し上げ、三田が三人の目を見渡すように眺める。
「この怪神と記されたものがあの怪物どもを指すのであれば、凪野博士が作ったリパルサー・ガーディアンと怪神達には直接的な力の差はそれほどない。凪野博士もそれを熟知した上で、なおも必要以上のマージンを見込んで決戦に臨んだようです。最終的に当初の予定数の十倍以上ものリパルサーが製造されている。これは対ベリアルというより、その先の争いを見越して用意された過剰なまでのオーバーキルだと見るべきでしょう。少なくとも凪野博士の戦前の見積もりにおいては、ベリアルやそれを追って訪れるであろう七つの怪神達も含め、極めて軽微な損害をもって殲滅できるものと読み取れる。本来のリパルサーの目的は、ソレイマン達との最終決戦のためだったということです」
「ソレイマンってなんなんですか」
「わかりません」
三田の即答に、忍が閉口する。
その顔をおもしろそうに眺め、三田は小さく笑ってみせた。
「詳しいことは私にもわかりません。ですがこの表記を読み解く限り、ベリアルとの争いを始めた張本人であることは明確でしょう。我々、他の人類は、その争いに巻き込まれた。或いは」三田の両眼が怪しく光った。「そのために彼らが我々を創った」
絶句する桔平と忍を、瞬きもせずに凝視する三田。
やがて、ふっと笑うと、またおもしろそうにその口を開いた。
「冗談です。凪野博士が特別富裕層の連中のことをそう呼んでいたようですが、私の能力ではその正体までは読みきれません。しいていうなら、世代を重ねてこの世界を支配し続けている、嫌味な金持ち連中といったところでしょう」
「……」
「……」
「……」
ぽかんとなる三人。
三田から目を離さないまま、忍が少しだけ悲しそうな顔をした。
「三田さんって、結構いじわるですよね……」
「なあ。もっと真面目なオッサンだと思ってたのに……」
「俺はずっと近寄りがたかった……」
「はっはっはっは!」
突然の三田の豪快な笑い声を浴び、びくっとすくみ上がる三人。
そんなことなどおかまいなし、三田はポケットからタバコを取り出して笑い続けた。
それを見た忍が、おそるおそる申し出る。
「あの、ここ、禁煙です」
「ああ、そうでしたな。失敬」
それに誰よりも反応したのは桔平だった。
「ち。早く人間社会が滅んじまえば、そんなへんちくりんなルール守らなくてもすむんだがな」
「また、すぐそういうこという」
「だってよお」
「すみません、無理を承知で一本だけ吸ってもよろしいでしょうか。後ほど始末書は提出いたしますので」
桔平に目配せされ、忍が小さく頷く。
桔平が三田に火を差し出した。
「かたじけない」
「桔平さんもいいですよ」
「始末書、いる?」
「いりませんて」
「かたじけねえ」
二人が同時に紫煙を吐き出すのを、忍は複雑そうに、そして木場は嫌悪感満載の表情で眺めていた。
「だけどな、三田さん」
鼻から煙をふんす~と噴き上げながら、桔平が三田に顔を向ける。
「なんで、あんな一方的な展開になった。どこで計算が狂ったんだ」
ハテナ顔の桔平に、鼻からふんす~と煙を撒き散らし、三田が意味ありげな笑みを差し向けた。
「元軍人の柊さんにお聞きします。百万人の軍隊を全滅させるのに必要な戦力は、いかほどだとお考えでしょうか」
「歩兵の百万か」
「ええ、まあ」
「全滅ってのは、一人残らずってことだよな」
「はい」
「百万か。まともに相手してたら倍の数でも難しい。ランカスターの法則も策あってこそだ。仮に奇襲が見事にはまったとしても、死にもの狂いで向かってくる追い詰められた者達の気迫は机上の空論を覆す。こっちにもそれ相応の損害が出るだろうな。てっとりばやくってんなら核か生物兵器だが、それでも全滅させるのは至難のわざだろう。百万って数は尋常じゃない。中にはとんでもなく勘がいい奴もいるはずだ。すべての人間が同じ動きをするわけでもないし、どんな行動に出るか完全には読み切れない。どんな極限状態でも生き延びる術はどこかにあるだろうしな」
「一人残さず殲滅は難しいですか」
「一人残らずっていうならそうだろうな。人間は結構ずぶとい。実際、ガーディアン使っても全部は無理かもしれん」
「なるほど。それがあなたの限界というわけですな」
「む!」三田の物言いにカチンとなる桔平。「あんたならその限界を超えられるってのか」
「はい」
桔平を見据え、三田が不敵に笑ってみせた。
「私ならば、百万の軍勢を一つの空間に集めて皆殺しにします」
「なんだ、そりゃ。できっこないだろうが。百万人だぞ。まとめるだけでもドーム十個分以上はいる。あれ、意外にそんなもんか」
「できます。彼らを同じ空間に閉じ込め、一瞬の内にバミューダ海域の底に沈めてしまえばいい。全員溺れ死ぬか、その前に水圧でぺしゃんこです」
「……」あまりの突飛なアイデアにあっけに取られ、正常な思考を見失う桔平。「どうやって」
「わかりません」
「……」さらなる混乱に見舞われることとなった。
「或いは、一瞬の内に宇宙空間に飛ばす。いくら人間がゴキブリなみの生命力を持っていても、酸素がなければ生きてはいけない。クマムシは別ですが」
「……」すでに確定した答えを思い浮かべ、桔平の目が据わる。「どうやって」
「わかりません」
「インチキじゃねえか!」頭頂部から沸騰した湯気をぽっぽと噴き上げ、桔平が猛抗議する。「んなの、できっこねえじゃねえか。そんな嘘っぱちでいいなら、何でもアリってことだろ」
「でも、あなたは考えつかなかった」
「だから、できねえことをだなあ!」
「それが我々の限界なのです」
「は?」
「できないと決めつけていることは、はなから想定すらしない。だからベリアルやアスモデウスが予定外の行動に出た時に手も足も出なくなった」
「でもな」釈然とせず、桔平が食い下がる。「奴らにそんなことをできる力があるなら、どっちみち全滅じゃねえか。何も海の底や宇宙に連れてかなくても。現に凪野博士だって、奴らの手の内が読めずに一方的にやられちまったわけだろ」
「いえ、そういった類の能力は、凪野博士も想定済みだったはずです」
「……どういうこった」
「凪野博士は百万の軍隊を無力化する術程度ならば、単なる武力でもってしても実現させていました。その上で宇宙用の機密スーツも、海低用の耐圧装甲も、マグマ用の耐熱コートもリパルサーは備えていた。だからそういったフィールドに持ち込まれてなおも離脱せずに戦い続けようとしたのでしょう。結果、それがあだとなった。どんな状況下においても自分達は相手に対抗できうるものと過信したからです。そこが怪神にとって彼らの能力を数万倍にも引き上げる得意領域であることにも気づかずに」
「彼らの得意領域とは具体的にどういうことですか」
忍の疑問に、三田が人差し指を立てて眉をひそめた。
「相性といった方がわかりやすいかもしれません」
「は?」
「へ?」
「相手のギミックとの相性が最悪だった。そうとも知らずに、我々は簡単なトリックに引っかかってしまった」
「その心は」
「ボクシングの世界チャンピオンが、幽霊に殴りかかるようなものでしょう。相手が幽霊ならば腕自慢の人間を百万人そろえるより、一人の霊能力者に協力を求めるべきだからです。不謹慎な物言いで恐縮ですが、一発で何万人もの命を奪う高性能なミサイルでも、幽霊には通用しない。もしベリアルが幽霊の類であったのなら、何百発ものミサイルではなく、除霊のできる人材を可能な限り呼んでくるべきでした。たとえそれが虫も殺せないような御老体であっても、核ミサイルよりは効果があったはずです」
「なるほど……」
「ううむ……」
「その上で一網打尽にするためにわざとやられたふりをして油断させた。そんなところではないかと睨んでいます」
「なんとなくわかったような、なんか納得できねえような……」
「ですねえ……」
「或いは、もともと対等な条件ですらなかったのかもしれません」
「その心は」
「台風に向かって犬が吠えるようなものかと」
「そんなだったら、はなから勝負にすらなってねえだろ……」
「さすがに台風には勝てませんよねえ……」
「博士は、ベリアルやアスモデウスが未曾有の存在だと想定した上で、それすらも覆し圧倒する殴り合いを選択した。しかし、彼らがただの自然現象だとしたなら、何をしても無駄だったということです。悪魔の姿をまとっていたのはただのまやかしで、我々は単に嵐や火砕流の中に、鉛の銃弾を撃ちこんでいただけなのかもしれない。それがどれだけ無意味なことかは言うまでもないでしょう。どれだけ高性能な戦闘機や戦車でも、ハリケーンにはかなわない」
「つまり俺達は、台風や地震と戦うくらいのつもりでいた方がいいといいたいわけだな」
「どういうことでしょうか」
「どういうことでしょう、か?」
「よけいなことをいうから、またわからなくなってきましたよ」
「だって……」
「今あなたが口にした、台風や地震を起こしているのは誰です」
「誰って……。自然」地震がなさそうに忍の顔を見やる。「自然だよな」
「私の方を見ないでください」
「だってえ。……誰? 誰って、自然だろ。なあ、しの坊」
「環境の変化によって起きるわけですから、誰っていういい方はおかしいですよね。しいていえば地球かな」
「あ、地球だ、地球。地球が起こした」
「ではその毎年地球が起こす自然災害が、すべて何者かの手によって起こされていたとしたら」
「う~ん……」
「そんな仮説もありましたね」困った顔を向ける桔平に、忍も困った顔を向ける。「どこどこの国の大地震は、その国を牽制するために大国が仕向けたものだったとか」
「それがプログラムによって定められていたとしたら、どうですか」
「どうですか、っていわれても。な、しの坊」
「いちいちこっち見んな……」
「え?」
「え!」
「私達が自然現象だと思っていたことすべてが、実はプログラムによって仕組まれていた。台風や地震だけでなく、雨や風や雪もすべて。そう考えれば、一つ一つのプログラムの力が計り知れないものだということがわかるはずです。あるプログラムの被害を我々の干渉なしに想定した場合、ゆくゆくやってくるだろうといわれている大地震の被害予想とほぼ一致したということです。それだけで尋常ならざるスケールだということがうかがえます。なりゆきとはいえ、我々はそれらに対抗しうる力を持ち未然に防いでしまっているから軽く考えてしまいがちですが、本来は災害一つにすら太刀打ちできないのが人類の力の限界でしょう。その正体が、周期的に訪れる氷河期か、未曾有の大洪水であったのなら、我々は抗うチャンスすら与えられないところです」
「俺達ってすごかったんだな……」
「別に私達がすごいわけではないですけれどね……」
「先ほどああは言いましたが、リパルサー・ガーディアンは自然をコントロールする力すら備えていたようです。リパルサー・ガーディアンの収束砲は、ハリケーンのエネルギーをも無効化できる。雪雲を宇宙の彼方まで吹き飛ばすことだって可能です。南極の氷をすべて融かしたり、世界中をあっという間に焼きつくすことも。一機でも残っていれば、世界平和のために役立てることができたのに。残念です」
三田の考察に桔平らの目が点となっていた。
「……三田さんってすげーな」
「……すげーですね」
「他に考えられることがあるとすれば、ソフトウェアの違いが考えられます。いくらプラットフォームが優れていても、それを活用するソフトウェアがなければ最高のパフォーマンスは引き出せない」
「その心は」
「時速三百キロで走れるレースカーがあるとします。だが設定ミスで時速三十キロまでしか出せなかった」
「リミッターみたいなもんか」
「どちらかといえば回転数を上げるためのプログラムミスか、変速機の不具合でローギアのまま走り続けてしまったといったところでしょうか」
理解不能を告げる桔平や忍に、三田が、ふむ、と頷いて続ける。
「いえ、むしろ、最高のパフォーマンスを発揮できる状態に仕上がったレースカーを、無免許の少年が操縦してしまったとみるべきかもしれませんな。クラッチをまともにつなぐことすらできずにドカン」
「マンガとかだと結構なんとかなっちまうんだけどな」
「免許証の返納を家族に切望されている御老人では」
「あ、そっちのがヤベえ」
あ、と忍の頭上に電球がともる。
「つまり、もっともバランスよくパフォーマンスを引き出せていたのが、うちのガーディアンとあの子達だったということでしょうか」
「ビンゴです」
「ビンゴ……」
「単純な力比べの状況では互角以上に渡り合えていた場面もある。それを私は、彼らが己の弱さを知っていたからではないかと考えます」
「つまり、過信が博士達の自滅の原因だったとでも言いたいのか」
「かもしれません。実際にガーディアンに搭乗していなければわからない、肌感覚レベルでの危険察知能力というものもあるでしょうし。画面の向こう側から同じ危機感を持てという方がどだい無理な話でしょう」
「……なるほど」
目を見開いたまま妙に納得してしまう忍の横で、桔平が難しい顔で首を傾げる。
「おまえ、ほんとにわかってる?」
「いえ、そういう雰囲気だったので……」
「またおまえは……」はっとなる桔平。「いやいやいや、信じがたいな。凪野博士ほどの人間が、そんな単純なことも見抜けなかったとでもいうのか」
「凪野博士は我々とは頭の構造が違いすぎる。思慮が深すぎて、かえって単純な部分を見落としてしまったのではないでしょうか」
「……信じがたいな」
「ですよねえ……」
「そういうことにしておきましょう。人間誰しも防護壁の厚さが増せば増すほど安心感も増していくものです」
「そういうもんか……」
「でしょうか……」




