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第四十四話 『残されたモノ達』 1. 残されたモノ達

 


 竜王の格納庫には、精も根もつきはてた様子の三人の姿があった。

「ついてけねえぞ、ったく」辟易顔の礼也がケッと吐き捨てる。「ひでえインフレっぷりだ。これじゃ金払って見てる奴はブーイングの嵐だろ」

 それを苦笑いの光輔が受ける。

「完全に読者置いてけぼりの展開だからね。アンケート最下位まっしぐらってとこかな」

「あ、何いってんだ、おまえ」

「いや、おまえがいい出したんじゃん……」

「やってらんねえ。打ち切りだ、打ち切り」

「はは……」疲労とも諦めともとれる視線を泳がせる。「俺達ずっとトップスリーくらいだと思ってたのに、実際は百番以内にも入ってなかったってことなんだよな。けっこうショックだ」

「ああ! 眠てえこといってんな、てめえ。百番どころか、チャートインすらしてなかっただろ。ランク外だ、ランク外」

「だよね……」

「少なくとも、ポコポコわいて出てきやがった強化版の分、俺らが下の方に追いやられたことは間違いねえ」

「ははっ。確かに。これからどうなっちゃうんだろ」

「知るかよ。どうせ肝心の作者もいきあたりばったりでなんも考えてねえんだろ」

「ったくもう」

 くあああっ、と伸びをした光輔に、茜が近づいていった。

「ねえ」

「え」

 振り返る光輔。

 目と目が合ったが、それから何も言わずに茜の方が先に顔をそむけた。

「……。いい」

「ありがとう、水杜さん」

 背中を向け立ち去ろうとしたところで光輔の声に追いかけられ、足を止める茜。

「おかげで助かったよ。俺達だけじゃ、どうすることもできなかった」

「……」

 しかし振り返ることもなく、茜はその場から消えていった。

「あの女、二度と戻ってこねえな」

 礼也の呟きに、光輔が不思議そうな顔を向ける。

「なんで」

 その屈託のない表情が、それ以上の会話を終了させた。

「おまえにゃ、わかんねえよ」礼也が目を細めて横を向いた。「一生な」

「?」ハテナ顔の光輔。「そういえばさ、さっきの夕季、なんだか雅みたいだったな」

「……」

「調子に乗った時の話し方とかも、そんな感じだった。……。 夕季ってあんなこといったっけ」


 光輔らから離れ、外部からはブラインドとなるトマソンで、崩れ落ちるように茜が膝をつく。

 四つん這いになり、大きく顔をゆがめながらぜえぜえとあえぎ始めた。

 強化コンクリートの地面についた両手だけでは身体を支えることすらできず、片方の肘を激しく打ちつけ、ダイブするようにうつぶせになった。

「はあ! はあっ! はぁ……」

 全身からとめどなくあふれ出る苦悶を、いつまでも払拭させることができなかった。


 市民達が助けを求めてメガルへと押し寄せていた。

 そのすべてを敷地内へ収容する決断をあさみは下していた。

「どいつもこいつも勝手な奴らばかりだな」司令室の窓から下の様子を確認し、桔平があきれたように、ふう、とため息をもらす。「人のこと、いえねえか……」

 物音に顔を向け、木場が立っているのを確認した。

 外の様子を見下ろしながら、木場が重い口を開いた。

「職員がごっそりと抜けてしまったな」

 それに桔平が答える。

「その方がメガルにとってはよかったのかもしれんがな」

「いいわけがないだろ。これからどうするつもりだ。人ごとみたいに笑っている場合ではないぞ」

「人ごとはどっちだ。こんな状況なら、おまえだって副司令みたいなものなんだからな。そのつもりでしっかりやれ」

「な!」

 ふっと桔平が笑う。

「すげえ出世だな」

「……」

「おかしなもんだよな。俺ら、出世やら派閥やらのしがらみが嫌でここにやってきたってのに、どんどんやっかいなもんばっかおしつけやがって。やってられねえな、まったくよ」

「嘘つけ」

「あんん?」

「世界中を敵にまわすのが楽しくて仕方ないという顔をしているぞ」

「そんなふうに見えるか」

「みえみえだ」

「へへへ」

「他の地域の情報はどうなっている」

「修羅場はこのあたりだけだ。同じ国に住んでる奴らですら、俺らがこんなことになってるのも気づいてないのがいるってよ。ベリアルの存在だってちゃんと伝わってるのかどうか」

「このあたりの人間以外は、他人事のように楽観視しているということか」

「それがそうでもないんだよな」

「どういうことだ」

「バケモノどもが現れた地域は国をまたいでのも含めて、広範囲において甚大な被害にあっているそうだ。ここみたいにピンポイントの被害しかなく、首都機能が無傷な状態で残ってるのは日本だけらしい。おかげで今回の騒動の黒幕が日本だと騒ぎ立てる連中が世界中で大発生して、わが国のお偉方様はその対応にてんてこ舞いだそうだ」

「バチが当たったな」

「はん?」

「これまで自分達の身近で不幸が起きさえしなければ、その痛みがどれほどのものか真剣に考えてこなかった報いだろう。今さら自分がそうなったからといって、外部に助けを求めるのはずうずうしい話だ」

「誰のこといってんだ」

「俺達のことだ」

「ここでそれをいうかよ」

「進藤はどうしている」

「ずっと凪野博士から引き継いだ資料を見てるよ。しの坊も一緒にな」

「どんな内容なんだ」

「説明するのが嫌になるくらい、すんごい内容なんだってよ。なんならおまえがどんなもんか聞いてこいよ」

「いや、いい。無理だ」

「だよな。そういうのは勘弁だ。それより鳳さん達はどうなってる。まだ帰ってないって話だが」

 桔平の問いかけに顔を曇らせる木場。

「鳳隊や駒田隊だけではない。メック全体が奔走中で、他にも連絡が取れない部隊がいくつかある。あれだけの状況だ。全員が無傷というわけにもいくまい。外部から遮断された状況下で多数のケガ人を抱えて身動きがとれなくなっているのかもしれん」

「救助隊は出したのか」

「ああ。八木や滝本達がずっと走り回っている。俺も同行したかったが、ここにいろと大沼に止められた。何事もなければいいが」

「そうか。ま、あいつらなら大丈夫だろうがな」

「柊さん」

 三田の声がして振り返る桔平。

 そこには数名の部下を引き連れた三田の姿があった。

「長沢達が例のものを調達して戻ってきました」

「ああ、あれか」

「はい」

 三田の部下達は、みな一癖も二癖もありそうな雰囲気だった。

 中の一人が一歩前へ出る。

「てはずどおり、メガ・テクノロジーから約束の機体を確保してまいりました。五十台です」

 その報告に三田が反応する。

「三十台の約束だったはずだ。何故だ、長沢」

「はい。交渉の結果、数を増やしていただくことができました」

 途端に三田の顔色が一変した。

「バカもの。向こうも大変な状況だということはおまえもわかっているはずだ。自分達の都合を押しつけて迷惑をかけるんじゃない。ただでさえこちらの無理を聞いていただいているのだからな」

「まあまあ、三田さん。たいしたもんじゃねえの」三田に叱責され仏頂面の担当者に、ニヤリと笑いかける桔平。「あの変わり者からよくそんなに引き出せたもんだ。どうやったんだ」

 仏頂面のまま桔平を見据え、担当者の男が答える。

「特に何も。聞いていた数の三倍のモナカを置いてきただけです。自腹ですが。他にも、指定のもの以外ですが、私の産まれた地方でもおいしいものがある。それも置いてきました。これも自腹です。大変喜んでおられました」

「さすがっつうか、なんつうか。……ちょろいな、綾っぺ」

「あと二十台ほど余分に要求したのですが断られました。ですが、今後も状況に応じての支援は続けると明言していただけました」

「勝手なことを。貴様は指示通り動けばいいのだ。勘違いするな、長沢」

「……」

「まあまあ。頼もしいじゃねえか。なあ、三田さん」三田を眺め、桔平が余裕の笑みを向ける。「それだけあっちにも余裕があるってことだろ。勝手に街全体を要塞化したとも聞いたしな。さすが綾っぺ、ってとこだ」

 毒気を抜かれた三田をすり抜け、長沢と呼ばれた男が桔平のもとへと近づいていく。

 今回のプロジェクトの中心となった人物でもあった。

 歳は桔平よりやや上だったが、事務職には到底似つかわしくない威容と鋭いまなざしで、桔平を真正面から睨みつけた。

「あんたが柊さんか」

「ああ。ごくろうさん。こんな状況下なのによく無事帰還できたな。さすが、三田さんが選んだ人材だけのことはある」

「よけいな気遣いは無用だ」ケンカ腰ともとれる気概をそのままぶつける。「いっておくが、俺達は三田さんのいうことは聞くが、あんたのいうことを聞く気はない。それが嫌なら、追い出してもらってもかまわない」

 それが三田の逆鱗に触れた。

「何をいうか、バカものが。今すぐ撤回しろ、長沢。私は柊さんの役に立つ人材として貴様達を推挙した。それが不満だというのならば、私の見込み違いだ。今すぐここから出て行け」

 三田の激高を浴び、なおも桔平への敵愾心を緩和させない長沢達。

 それを見て桔平は、三田を制するように笑ってみせた。

「いや、いい。それこそが俺が求めていた人間だ。命をかける理由は人それぞれだろ。俺のために死ぬような人間はいらない。何が正しいのかを自分自身で判断し行動できる人間でなければ、大事は託せない。さすがだ、三田さん。あんたに頼んでよかった」

 心配そうに見守る木場をよそに、何事もなかったように三田に笑いかける桔平。

 三田は黙ってそれを受け止めた。

「あんたにもう一つだけ頼みたいことがある」

「何をですか」

「今ここじゃいえない。おそらくは俺からあんたに、最後の頼みごとになるはずだ」


 地上に出て、ひとまずの脅威から解放された世界を夕季が見渡す。

 先まで崩壊の縁へと追いやられていたことが嘘であるかのように空は澄み渡り、海も静まり返っていた。

 突堤にはゆるやかに波が打ち寄せ、海鳥の鳴き声が聞き取れるほどの静粛の中、休憩用のベンチに身を預け、夕季が目を閉じる。

 鼻腔をくすぐる潮風を思い切り吸い込んだ時、その気配に気がついた。

 振り返り、そこに茜の姿を認めて、夕季が立ち上がった。

「……」

 数メートルの距離を隔てて向かい合う二人に、交わす言葉はない。

 やがて夕季が何かを言いかけ、それを躊躇したことに気づいた茜が口を開いた。

「何」

「……。なんでもない」

「……」

「手伝ってくれてありがとう。茜さんのおかげでなんとかピンチをしのぐことができた」

「……」

 何も答えないまま、茜が去っていく。

 茜の姿が完全に視界から消えた後で、先から感じていたもう一つの気配に振り返った。

 礼也だった。

「なんでおまえにコンタクターができた」

 表情もなく問いただす。

 それに対する夕季の顔もまた無表情だった。

「わからない。でも、できると思ったから」

 奥歯を噛みしめる礼也。

 拳を握りしめ、一度は飲み込んだその言葉を口にした。

「おい、夕季。雅はどこにいる」

「どうしてそんなこと、あたしに聞くの」

 しげしげと眺める夕季に根負けしたように、礼也が目を背ける。背中を向け、去り際に一言つけ加えた。

「おまえなら知っているかと思っただけだ」

「……」

 礼也の後ろ姿を無言で見送る夕季。

 振り返ることのないその背中を、夕季はいつまでも見守っていた。


 進藤あさみは、凪野守人から受け取った膨大な量のデータを複数のパネルに映し出し、その密度の凄まじさに沈黙せざるをえなかった。

「すごいですね」

 先に口を開いたのはサポート役の忍だった。

 それにあさみが頷く。

「今まで私達が見ていたものは、いったいなんだったのかしらね」

「ずっと最高峰のレースに参加していたと思っていたのに、実はまだ教習所だったって感じがします」

「それ以上でしょうね。凪野博士達からすれば、私達は教習所に通う資格すら持ち合わせていなかった子供みたいなものじゃないかしら」

「そこまでですか。ずっと私達のしていたことを上からほほえましげに眺めていたかと考えたら、なんだかムッとしちゃいますね」

「腹立たしい限りね」

「それにしても、これだけのデータ、目を通すだけで何十年もかかりそうです」

「全部読むだけで、おばあちゃんになっちゃいそうね」

「この忙しい時に。……あ、すみません」

「いいわ。私も同じ意見だから。ごたごた続きの真っただなかでゆっくり読書する時間だってないのに、こんなものを急に押しつけられてもね」

「まったくですよね」

 ほっとする忍には見えない場所で、あさみが表情を落とす。

「どれだけ時間が残されているのかもわからないのに……」

 それに気づく様子もなく、忍のテンションが反比例していく。

「アスモデウスの記録を見てください。二年以上前からすでに活動を始めています」

「フィロタヌスが発動するより以前ね。その時からもうベリアルの復活を感じ取っていたのかもしれないわね」

「何故今まで動かなかったのでしょうか。あ、封印が解かれなかったからか」

「封印と彼らの活動条件は同一ではないのかもしれない」

「どういうことですか」

「おそらくだけれど、封印を解かなくてもアスモデウスは活動することができた。でも彼はあえてそれをしなかった」

「どうしてですか」

「苦手な天敵がいたからじゃない」

「私達、……のことじゃありませんよね」

「ええ」

「では、何なんですか。アスモデウスにとっての天敵って」

「たぶん、ベリアル」

「……。封印が解かれる前のベリアルが、七つの怪神(けしん)にとっての天敵だったということですか」

「つじつまが合うでしょ。封印が解けていない状態でベリアルを見つけたとしても、何も取り返すことができない。だからじっと身を潜めて、時期をうかがっていた。おそらく他の六体も」

「なるほど……」あるデータに気づき、忍がピックアップしてみせる。「司令、これ」

 のぞき込み、それを閲覧するあさみの顔がみるみる豹変していった。

「これは……」







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