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第四十一話 『今、ここで伝えなければ消えてしまう、大切なもの』 2. 慟哭

 

 

 司令部はかつてないほどの混乱状態だった。

 メガルの上空に居座る白い影が、常に悪意の対象として、外部に自分達を定義させ続けたからだ。

 加えて、いまだ礼也らオビディエンサーの誰とも接触がはかれていないことも、焦りに拍車をかけた。

「夕季達とはまだコンタクトがとれないのか」

「それが……」

 桔平からの問いかけを、忍が心配そうな表情で受ける。

「夕季がケガをしたようです」

「ひどいのか」

「光ちゃんの話だと、とても動ける状態ではないみたいです。礼也が助けに来てくれなかったら、どうなっていたかわからないって……」

「くそ!」

 特設スペースで桔平が歯噛みする。

「この状況でニセモノ登場はできすぎだ。こっちの潔白を証明するためには、竜王が三体そろって奴らに対抗する必要があったのに。全部仕組まれていたのか」

 黙って自分を見つめる忍に気づき、己の身勝手さを戒める桔平。

「すまん。おまえが今それどころじゃないことはわかっている。余裕がなさすぎるんだ」

「すみません、そういうつもりはなかったのですが」忍の弁解はそのまま自身の覚悟だった。「私達はいついかなる時でも、優先順位を守るべきです。私的な感情が許されるようなものは、ここには一つもない」

「そんなもん、とっくになくなっちまったろ」

「……」

「そう言って俺達を縛りつけてた張本人が、すべてを放棄して俺達を捨てていった。俺達は俺達の大事なもののために戦う。おまえにとって夕季がそれならば最優先だ。いきたきゃいけ。メックに合流してもいい。今の俺にはそれを止める理由はない」

「桔平さん」

「あいつにとってもお前が必要な存在ならば、おまえはいくべきだ。気をつけていけよ」

「いってどうするんですか」

「……」

「私がいっても何もできません。木場さんや鳳さんの足手まといになるだけです。行方が知れないのならいざしらず、光ちゃんや礼也が助けてくれているのなら何も心配はいりません。私がいかなくても、みんながあの子を助けてくれる。それならば、私は私にできることをしなければならない」

「だったらいいがな」

「は、い……」

「別に不安がらせようとしているわけじゃない。だが不測の事態が続きすぎる。信じたいのはやまやまだが、誰もがいつまでも強いメンタルでい続けるのは不可能だ」

「どうしてそんなことを言うんですか。桔平さんらしくないです」

「それはおまえの方だろ」

「は……」

「おまえらしくないって言ってるんだ」

「……」


 ぼんやりとしたまどろみの中から、夕季が眠そうな瞼を開く。

 そこにみずきの顔があり、今自分が置かれた状況を徐々に取り戻した。

「みずき……」

「よかった、ゆうちゃん」

 ほっとすると同時に笑顔が崩壊する。そこに先までの気丈さはなく、親とはぐれた迷子のように咽び泣き始めた。

「よかったよ、本当によかった。死んじゃったらどうしようかと思ってた……」

「……」

 駒田らと示し合わせた合流地点に光輔達はたどり着いていた。

 夕季を簡易タンカに乗せ、医療班の到着を待つ。

 近くにはみつばの母親を運んできた祐作と茂樹の姿もあった。

「おい、夕季、わかるか」

 駒田の呼びかけに夕季が顔を向ける。たったそれだけのことすら、ひどくつらそうな様子だった。

「意識はあるようだな」

「駒田さん……」

「まさかとは思うが、こんなハンサムの顔、忘れちまったんじゃないだろうな」

「……桔平さんかと思った」

「そいつはスルーできんな!」それからほっとしたように笑いかける。「キツいだろうが、もう少しだけ辛抱してくれ。すぐに医療班がやってくるから」

「うん……」

「駒田さん」

 光輔に呼ばれ、駒田が向き直る。

「光輔、気持ちはわかるが、今は事態の収拾が優先だ。夕季のことは俺達にまかせて、おまえは南沢と合流してくれ。もうすぐここに到着する。礼也、おまえもいいな」

 ギロリと血走るまなざしを向ける礼也。

「おう。さっきから暴れたくてウズウズしてやがるぜ。とにかく何かとムカついてしょーがねえ」

「陸竜王は鳳さんのところだ。俺が連れていく」それからみずきの方を向いた。「君は夕季の友達だな」

「はい」

「すまないが医療班が来るまで夕季のそばにいてやってくれないか」

「はい、もちろんです」

「何かあったらこれで連絡してほしい」

 緊急連絡用の通信機を手渡す。

「夕季の姉さんにつながるはずだ。彼女のことは……」

「知っています。何回も会ったことがあります」

「そうか。なら君の口から直接伝えて安心させてやってくれ」

「わかりました」みずきが頷く。「他のケガ人の人達のこともお願いします。ゆうちゃん、そのことをすごく気にしていたから」

「わかった。伝えておく。いくぞ、礼也」

「おう」


「うん、そう、うんうん……」

 司令室特設スペースで受話器を両手で持ち、忍が嬉しそうに相づちを打つ。その眼は今にもこぼれ落ちそうな涙であふれかえっていた。

「ありがとう、みずきちゃん。ごめんね、迷惑かけちゃって。……うん。またお礼するね。……うん、うん……」

 通話を終え、脱力したかのような忍が怒涛の吐息をもらす。

「誰からだ」

 桔平の問いかけに、はっとなって跳び上った。

「あ、みずきちゃんです。今、光ちゃん達と一緒にいて、夕季についてくれているみたいです。大変だったけれど、なんとか無事だったって。よかった」

「そうか」

 忍の心からの安堵に、桔平の肩からも力が抜けていく。

 その反面、仲間としての夕季と、持ち駒としての夕季のどちらを必要としていたのかを確定できず、複雑な気持ちとなっていた。


 並走してきた車両を臨時の基地がわりとし、駒田がもう一台の車両に礼也と向かう。

 その時、ただならぬ異変に気づいた。

 集結していた避難所の市民達が、自分達を取り囲んでいたからである。

「これは……」

 駒田の疑問に答えるかわりに、礼也は臨戦態勢の表情を構築してみせた。

 問いただす前に、複数の代表者からその意図を聞かされることとなる。

「説明してくれないか。何故こんなことになったのか」

「メガルがすべての現況なのはわかる。だが、何故俺達までこんな目にあわなければならない」

「あんた達のせいでとばっちりを受けた。どうしてくれるんだ」

「おまえらのせいで、俺達までこんなことになった。責任を取れ」

「どうするつもりなんだ」

「納得がいく答えを出すまではここを通さないからな」

「今がどういう時だかわかっているのか!」

 その身勝手かつ、しごく当然な物言いに、駒田が憤りをぶちまける。

 が、何の覚悟もないままいきなり死地へとたたき込まれた善良なる市民にとって、それは表面的な感情としか映らなかった。

「何もわからないから答えろと言っているんだ」

「こうなった理由を説明しろ」

「何故我々が巻き込まれなければならない」

「俺達が何をした」

「おまえ達のせいだろ、なんとかしろ」

「今はそんなことを言っている場合じゃないだろ」爆発寸前の駒田が深呼吸を何度もしながら事態の沈静化をはかろうとした。「ケガ人だっている。こうしている間にも被害はどんどん拡大する。今すべきことは、みんなが協力して少しでも被害を抑えることだ」

「それはそっちの理屈だ。俺の家族は死んだ。おまえ達がこんなことを始めたせいでだ」

「俺の知り合いも死んだ。どうしてくれる」

「偉そうに説教しやがって、結局自分達のことだけじゃないか」

「自分の仲間だけ助けるつもりか。都合がよすぎるぞ」

「そんなことさせるか」

 収拾不可状態となり、勢いは雪崩のように夕季達ケガ人のところまで広がっていった。

「やめてください、ケガ人がいるんです!」

 みずきの呼びかけも焼け石に水だった。

「それがどうした。こっちはもっとひどい目にあってるんだ」

「今さらなんだ!」

「やめて、お母さんが!」

 みつばの泣き叫ぶ声すら、群集の暴動の波にのまれようとしていた。

「ち!」礼也が歯噛みする。「コマさんよ。もうどうにもなんねえだろ」

「駄目だ、一般人を傷つけるな」

 同じ顔をしながら、それでもなんとか踏みとどまる駒田。

「んじゃ、どうやって黙らせればいいって……」

 礼也がそう言いかけた直後だった。

 集団の一人が石を投げつける。

 あとは小さなほころびから堰を切るように、石つぶての濁流が駒田達に襲いかかっていった。

「くっそ、やめろって!」

「よせ、礼也!」

 乱闘上等の礼也を制した駒田の額に拳大のコンクリート片がヒットした。流血と痛みにグラッと頭部を揺らしながらも、思い切り歯を食いしばって駒田はそれをしのいでみせた。

「おい、コマさん、えれえ血が出てんぞ!」

「たいしたことない」

 こめかみをひくつかせ、充血した両眼で暴徒達を睨みつける駒田の迫力に、礼也が閉口する。

 普段は同等に軽口を叩き合う仲間であるが、いざとなれば世界でも指折りの錬度を誇るメック・トルーパーの一員であることを、礼也は強く思い知った。

「礼也、俺の後ろに隠れてろ」

「あ!」

「こんなところでおまえにまでケガさせたら、他の奴らに申しわけがたたん」

「んなことより、俺にもそのスーツ貸せよ。こんな奴ら、一分で制圧してみせるからよ」

 メック・トルーパーの新型バトルスーツは筋力支援機能を備え、簡易的なパワードスーツとしての役割も持つ。攻撃力、機動力だけでなく、専用のヘルメットで頭部を覆えば防御力も飛躍的に高まり、初期のインプ程度とならば素手でも渡り合えるほどだった。その気になればたった一人で目の前の暴動すら鎮圧することが可能だった。

 それでも今彼らに手を出すわけにはいかなかった。

 夕季をはじめとするケガ人保護のためと、何の前触れもなく突然理不尽なフィールドに放り込まれた彼らの心情が痛いほどにわかっていたからである。

「駄目だ。絶対にめちゃくちゃになる」

「ああっ!」

「絶対に駄目だ」

「おい、あぶね!」

 止むことのない投石の集中砲火が礼也達を追いつめる。

 駒田や他の隊員は、みずきやケガ人達をかばうので精一杯だった。

「やめて、やめてよ!」みずきが夕季に被さって大声で叫ぶ。「ゆうちゃんが、ゆうちゃんが!」

 みつばも母親に覆い被さり、泣き喚いていた。

「どうしてこんな! やめて! やめて……」

 夕季の頭部を守るために盾となったみずきの背中に、投石がヒットする。

 それは先に駒田がくらったものに比べれはかわいいものだったが、それ以上の怒りを駒田にもたらすこととなった。

「くそっ!」

 力まかせに叩きつけた駒田のバックブローが放置車両のドアをひずませ、二トンの車体をタイヤが浮くまで傾けた。

 車両の縁に片手をかけ、怒りのパワーでひっくり返す駒田。

 ガシャンと大げさな音が鳴り響く事故さながらの光景に、暴徒達は沈黙せざるをえなかった。

「てめーら、恥ずかしくないのか!」

 その憤りは、もう何をしても伝わらない諦めのようでもあった。

「おい、コマさん!」

「限界だ。これ以上は夕季達に危険が及ぶ」

 威嚇用のサブマシンガンを持ち出そうとした駒田を見て、礼也が焦りの表情を浮かべる。

 その時だった。

 黒く大きな影が鈍い激突音とともに彼らの頭上から舞い降りたのは。

 巨大な拳が地面を割って突き立ち、片膝をついた黒き海竜王が、恐れおののく住民達を黄桃色の両眼で見据える。

 恐怖の対象は一瞬にして暴動を鎮圧し、そこには夕季やみつばらだけが残された。

 駒田と礼也の身がすくむ。

 それが何であるのか、二人には確信が持てなかったからである。

 ごくりと生唾を飲み込み、サブマシンガンに手をかけた駒田が動きを止める。

 海竜王の前部ハッチが開いたからだった。

 そこに映し出された、嘆きの嗚咽にまみれた光輔の姿を悲しげに見つめながら。






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