第四十話 『カタストロフィ』 9. 死刑宣告
「はい、お願いします……」
連絡を終え、夕季が光輔に向き直る。
「駒田さんと連絡がとれた。あと十分くらいでここにこれるって」
「そっか……」
いまだふさぎがちな光輔から目を離し、みずきらに顔を向ける夕季。
「メガルの人にケガ人は優先的に移送させるように頼んでおいた。みつばのお母さんも、……たぶん大丈夫だと思う。救難車両が来たら、みずき達も一緒に逃げて。全員は連れていけないけど、みずき達だけでも」
「ゆうちゃん……」
「卑怯なのはわかってる。ずるいのも。でも、もうすぐここに軍隊がやってくる」
「俺達を助けにか」
茂樹の疑問に目を細める夕季。
「その逆。ここにいる人達を一人残らず殺すために」
「なんだって!」
「それ、どういう意味……」
祐作の声が途中で途切れる。
その表情から、何かを悟ったことに夕季は気づいた。
「この地域が封鎖された時から、メガルのせいでみんなはもう死んだことになっている。平和保持部隊の目的は、それを事実にすること。私達が一人でも生きていたら、つじつまが合わなくなるから」
みずきに目を向ける。
みずきは元気のない光輔を横目で見てから、また夕季の方に顔を向けた。
「ゆうちゃんはどうするの」
「ここで戦う。彼らがあたし達を殺そうとするのなら、それをやめるまで戦う。たとえ何百、何千の命を奪うことになっても。だから、みずき達は……」悲しげに目線を落とした。「光輔と一緒に逃げてほしい」
「光輔」
呼ばれて振り向いた光輔から、祐作がとっさに目線をはずす。奥歯を噛みしめ、あらためて光輔と向かい合った。
「さっき、おまえらが乗ってるのに似たロボットが、戦闘機を攻撃しているのを見た。おまえらじゃないのはわかってる。おまえも古閑さんもここにいるんだからな。……本当におまえら、関係ないよな」
祐作が言おうとしていることを察して光輔が口をつぐむ。
疑われても仕方がないことは承知していた。しかしそれを直接耳にするのはやはりショックだった。
その様子を横目に、夕季が静かに口を開いた。
「あたし達のものとまったく同じ形のニセモノがいる。さっきのやつはそれかもしれない。もしそうならあたし達の敵なはずなのに、メガルを攻撃しようとした平和保持部隊の航空機を撃墜した。あたしにも何故だかわからない。こんなこと信じてもらう方が難しいと思う。でも羽柴君達なら……」
「信じてるよ」
言いづらそうな夕季の声を遮って、祐作が力強く答える。
「現におまえら、ここにいるからな。光輔がどういう人間だかもよくわかってるつもりだ。びびりのおまえに、あんなひどいことできるわけないからな。わかってるけど、本人の口から直接聞いた方が安心するだろ。俺らもおまえと同じでひびりだからな」
「祐作……」
「でもメガルのことはよくわからない。おまえらのことが、ちょっと心配になっただけだ」
その顔は疑いのかけらもないものだった。
ほっとしかけた夕季が、視界の隅にとどめた異変に気づき、はっと顔を上げる。
その変化をいち早く感じ取ったのは、みずきだった。
「どうしたの、ゆうちゃん」
「く」歯噛みする夕季。すぐに決死の形相でみずき達へ振り返った。「みずき、早く避難所の人達をここから遠ざけて」
「ここからって……」
事情のわからないみずきらへの説明ももどかしく、夕季が丘の上を指さす。
「何かがやってくる」
「!」
驚きに目を見開く面々。
一番リアルな反応を見せたのは祐作だった。
「軍隊か。俺達を殺しにか」
「わからない。でもそれだけじゃない気がする」
夕季が指し示す場所は、祐作らがいる場所から一キロメートル以上は離れた山の麓だった。祐作やみずきにとっては他の障害物もあってか、何が起こっているのか想像もつかない。
その疑問を補填するために夕季が口にしたのは、死刑宣告にも等しいものだった。
「さっき鳥が一斉に飛び立つのが見えた。あの辺りは市境でもないし、閉鎖箇所でもない場所だから平和保持部隊もいないはず。人間以外の何かがいるかもしれない。ここにやってくるかも」
「……」
言葉をなくす祐作や茂樹。
「どこに逃げればいいの。避難所は全部閉められてるのに」
真顔のみずきに夕季が自分自身を落ち着かせるように答えた。
「学校に」
「遠すぎだろ!」祐作が目を剥いて噛みついた。「無理だ。ケガ人だっているんだぞ」
「でもそこしかない。このまま市街に向かえば、メガルと平和保持部隊の戦闘に巻き込まれる。ゆっくりでもいいから、学校の方に向かって避難した方がいい」
「そんなことしたら、そのバケモノみたいなのに追いつかれるんじゃないのか。みんなつかまって食い殺されるくらいなら、まだ人間相手の方がマシだろ。俺達が必死に説明すればわかってくれるかもしれないし。バケモノ相手じゃ話もできない」
「あたしにはそっちの方が怖い。個人の感情は集団の狂気の前では無力だから」
「怖いってったって、実際問題、どうすることもできないだろ。のろのろタンカ引っ張ってきゃ、結局そいつらのエジキだ」
「あたしが引きつける」
「……どうやって」
「方法ならいくらでもある」
「学校にいけば助かる保証は」
「ない。でもここにいたのでは、確実に誰も助からない。メガルの人達と連絡がつき次第、後を追わせるから、それまでなんとか逃げのびてほしい」
「……」
絶句する祐作にかわって説得に加わったのはみずきだった。
「さっき、ちはからメールがきてた。学校に近所の人達も大勢来て、いっぱいだったって。校舎の中に逃げ込んだ人もいるけど、ほとんどの人が別の避難場所を探しに行ったって」
「あたしのIDがあれば最優先で入れる」
「ゆうちゃん……」
何か言いたげなみずきの目を真っ直ぐ見つめ、夕季が一枚のカードを差し出す。
「光輔だけだと頼りないから、みずきが持ってて。今からやり方を説明する。光輔が一緒なら、中に誰かがいても何も言われないはず」
「……。ゆうちゃんは」
「なんとかしてメガルの人と合流する。合流できたらすぐにそっちに行くから」
「ゆうちゃん……」
平和保持部隊の名を掲げた重武装兵がヘルメットごと頭部を砕かれ、また一人絶命する。
残された隊員達は、畏怖の表情でその様子を見続けていた。
ぐるりと取り囲む白い軍勢は、おそらく数万はくだらないだろう。
その体躯が人間のサイズよりはるかに巨大なことも、過去の報告例から理解できる。
ただその形状が聞いていたものとはまるで違っていた。
彼らを襲った巨大な白いインプは、みな陸竜王や海竜王の姿をしていたのだ。
彼らの歩みは本物とは程遠くゆるやかなもので、攻撃も力任せな殴りつけばかりだった。
だが、数の多さと全方位からの囲い込みによって、瞬く間に逃げ場所を失い、ゆるゆると真綿で締めつけられるように潰されていったのである。
「わああああ!」
発狂にも似た雄叫びとともに、重機関銃の乱射が数十体の陸竜王を粉砕する。
ロケットランチャーは群体の真ん中に大きな穴を穿った。
が、消滅箇所はまるで煙のようにすぐさま修復され、またもとどおりの包囲を保ち続けた。
最後の一人が断末魔の悲鳴をあげるまで。
仮設避難所では夕季らの懸命の説得もむなしく、住民達からの反感ばかりが募ることとなっていた。
「出てけよ」
住民の一人に言われ、夕季が顔を向ける。
「あんた、メガルの人間なんだってな」
「メガルのせいでこんなことになったんだろ。今さら何言ったって、信じられない」
ケガ人も含め、悪意のまなざしが夕季を取り囲む。
しかしその最中にあっても、夕季は使命をまっとうしなければならなかった。
「このままここにいては危険です。もうすぐ必ず助けがやってきます。それまでの間だけでも、みなさんはここから少しでも離れてください」
「そんなの知るか! ケガ人もいるんだぞ。置いていけっていうのか」
「それはみんなで……」
「どうしろっていうんだ。勝手ばかり言いやがって」
「そんなこと言うなら、おまえが運んでいけ!」
「私はここに残って……」
「自分だけ逃げるつもりだろう!」
「俺達を囮にして、自分だけ助かるハラだ!」
「そんな手にのるか! バカ野郎!」
「それが目的なんだろ!」
「メガルは俺達を殺す気なんだ! 絶対に言うことを聞くな!」
集団ヒステリーのただ中に置かれ、夕季が他の打開策を思案する。
これ以上は何を言っても無駄であろうことは明白だった。
じきに到着する駒田らと連携して見えざる脅威を引きつける算段だったが、変更を余儀なく強いられる。
この上は重傷者の保護を優先して、残りの人員でこの地を守るしかない。
非協力的な住民達という足かせをつけられながら。
「夕季!」
入り口で光輔の声がして、夕季らが振り返る。
その蒼白な顔を見るまでもなく、夕季には次の彼の言葉が容易に予想できていた。
「インプがきた。すごい数だ」
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う住民達。
ケガ人を放って我先に逃げ出すその醜い姿は、先までの自分達の気概や正義感、夕季の助言すら、何一つ残さないものであった。
周囲の様子をうかがいつつも、みずきや祐作らが、逃げ遅れた人達の手助けに奔走する。
「いや!」
差しのべようとした夕季の手を、みつばが振り払った。
「あんた達のいうことは聞かない! 私はここにいる!」
「でもここにいたら……」
「お母さん、殺す気!」
「……」
「お母さん、動けないのに。動かしたら危ないって言ったの、あんたなのに。なんでそんなこと……。もう何もいうこと聞かない!」
「でも……」
「私はここにいる。……お母さんとここにいる」
「みつば」
「うるさい!」
みつばが投げたガラスのコップが、夕季の額を直撃して割れる。
まばたきもせずそれを受け止めた夕季の額から鮮血が流れ出た。
「ここにいたら、お母さんが危険な目にあう。お母さんを助けたいのなら、あたしのいうことを聞いて」
「あ、あ……」
「お願いだから」
「ゆうちゃん、ケガ人は外に出したよ」報告に戻ったみずきが、夕季の額の流血に気づき目を丸くする。「どうしたの、ゆうちゃん!」
「なんでもない」
笑って答える夕季。
「この人を早く」
「うん……」
「おい、篠原、それで最後……」
夕季の傷を見て、飛び込んできた茂樹と祐作の表情が青ざめていった。
それに薄く笑いかけ、夕季はその場を後にした。
「あたし、外を見てくる。あとはお願いします」
「あ、うん……」
「古閑さん……」
火刈聖宜は机の上で両手を組み、含むような笑みを漏らした。
おかしくてたまらないといったふうでもあった。
陽の差さぬ部屋で影となる場所に立つ秘書に、楽しそうに話しかける。
「ベリアルの復活を許した以上、封印を解くしかなくなったか。無駄な抵抗だったな」ふいに鋭いまなざしを光らせる。「これよりガーディアン消滅計画の仕上げにかかる」
建物の外では、光輔が安全確保の見張りに徹していた。
夕季から手渡された護身用の銃器を手に持つ。見かけはただの折りたたみ傘であったが、従来型のインプならば一撃で消滅させられるほどの威力を持つ、十連発の小口径ライフル銃だった。
「光輔、どう」
夕季に問われ、光輔が緊張の面持ちを向ける。
「今のところ、こっちに来る様子はないよ。のろのろ動いてるから走れば逃げられそうだけど、すごい数だ。囲まれたらヤバい」
「あの形、陸竜王みたい」
「似てるな。どういうことなんだろ。真っ白けだけど」
夕季が額に血の滲んだハンカチを当てているのに気づいた。
「どうかしたのか」
「なんでもない。ちょっと汗をかいたから」
「……」
「!」
轟音に二人が振り返る。
空から降り立つオリジナルカラーの陸竜王の気配に気づき、インプの視線がそこに集中した。
すべてが集束するポイントは、光輔と夕季のいる場所でもあった。
「礼也! こんなところで戦う気かよ」
「違う。礼也じゃない」
夕季の呟きに光輔が言葉を失う。
甲高い笛のような風切り音を見上げれば、上空に空竜王が飛び去っていくところだった。




