第四十話 『カタストロフィ』 8. 白きガーディアン
山凌市は住民達による数万人規模のパニックで、完全に都市機能を失っていた。
近隣地域も含め、外部との接触が絶たれたからだ。
デリーと同様のオーロラがメガルに降り、ガーディアンの影が降り立つ。
これは日本だけではなく、すべてのメガルで同時に発動した出来事でもあった。
封鎖されたエリア以外では避難勧告がなされ、メガルを含む一帯が孤立した地域と化す。
その見放された目標に向け、平和保持という名目の殺戮部隊が差し向けられる予定だった。
作戦内容はしごく単純明快なものだった。
街中を覆いつくす規模の空爆の後、誰もいなくなった山凌市とメガルから三体の竜王を奪い取るために、陸上部隊が大挙して押し寄せるのである。
きっかけは銃声一つで充分だった。
検問所から無理やり抜け出ようとした無謀なる若者達の足元を、一発の銃弾がかすめる。
それを皮切りに、暴動は阿鼻叫喚の地獄絵図となって、内部へと跳ね返っていった。
メック・トルーパー全部隊への出動命令を掲げ、木場がその陣頭指揮に乗り出す。
目的は、光輔らオビディエンサーの確保だった。
沈痛な面持ちで振り返る視線の先には、桔平とあさみの姿があった。
「頼んだぞ、木場」
「ああ」
「デリーと同じことが世界中のメガルで起ころうとしている。たまたまデリーが最初だったというだけで、どこが一番目でもおかしくなかったのかもしれない」
「わかっている」
「でもここは違う」力強く二人に頷くあさみ。「ここには三体の竜王がいる。ガーディアンがある」
「俺達もな」
「彼らが私達の希望なの。困難なのは承知の上でお願いします」
真っ直ぐ見つめるあさみに、木場も同じ表情を差し向ける。
木場には見えていた。
重々しい表情の向こうに透けて見える、二人の笑顔が。
三人が知り合ったばかりの頃の、笑い合ったあの顔が。
作戦室で議論し合う桔平とあさみの姿にも、その若き日の姿がオーバーラップしていたのだ。
「桔平」
「ん」
「……いや、なんでもない」
「……」
「必ず彼らを連れ帰る。勝つためでも、生き残るためでもなく、もう一度みんなで笑い合うためにだ」
「おまえ、何言って!」
「ええ、わかったわ。お願いします。木場先輩」
あさみが笑いかける。
それに木場も笑顔で応えた。
「行ってくる、進藤」
光輔と夕季は人目から逃れるように、喧騒の街を駆け抜けていた。
忍からの連絡により、関係者以外との接触を極力避けるためである。
その伝達で、初めてメガルが世界中からの標的となっていることを知った。
白いガーディアンの影が、今もメガルを見下ろしていることも。
そしてそれは緊急配信によって世界中に知れ渡り、外界からは完全に遮断され見捨てられたこの地域の住民達は、一人残らず死亡したことになっているとも知らされた。
すべての理由がメガルの虐殺によるものとされていた。
それを知った市民達の怒りがメガルの関係者に向かうだろうことは、容易に想像できた。
「みんな大丈夫かな」
光輔の情けない声に、夕季が振り返った。
その心配そうな表情からは、親しい友人達を思いやる気持ちがひしひしと伝わってくる。
「今は指示に従う以外、方法がない。気持ちはわかるけれど、あたし達と一緒にいる方が危険だから」
「でも……」
「もうすぐ大沼さん達が来てくれる。あたし達がすべきことは、竜王に乗ってみんなを助けること。そのためにも、まず大沼さん達と合流するのが先決」
「それはわかっているけど、どうしてメガルに近づいちゃ駄目なんだろ」租借し切れない想いを光輔が吐露する。「きっと何か……」
「!」
耳をつんざく轟音に二人が顔を向ける。
二人の頭上を無数の艦上攻撃機が通過していくところだった。
それはいつかテレビで見た、どこかの解放戦争の部隊と同等の規模だった。
侵略地域でもない、平穏な地方の一市街にである。
「これって……」
「メガルを攻撃するつもりだ」
二人の脳裏をかすめる最悪のシナリオ。
が、その刃は決してメガルへと届くことはなかった。
彼らの行く道を塞ぐように、白きガーディアンが立ちはだかったからだった。
エア・スーペリアに似た形状の白ガーディアンは翼を広げたまま上空で立ち止まると、無数の羽先を撒き散らし、平和保持部隊の攻撃機を一機残らず撃墜していった。
その残骸はすべて落下爆弾となり、街を破壊した。
「光輔!」
硬直し、迫る炎の塊から目を離すことを忘れた光輔が、夕季の手引きで間一髪難を逃れる。
二人に降りかかる火の粉と残骸は、その激しさを物語るに充分だった。
立ち上がる二人の目に映ったのは、炎にまみれた廃墟だった。
「そんな……」
「いこう、光輔。ここにいては危ない」
「ああ……」
夕季が空を見上げる。
エア・スーペリアの姿はすでにそこにはなかったが、夕季にはわかっていた。
ガーディアンの形をしたそれが、まだ攻撃すらしていない数十機の航空機を撃墜した。それだけが事実として残る。
メガルが平和保持軍と呼ばれる軍隊を先制攻撃し、彼らをすべて死に至らしめたことだけが。
「学校の方にも落ちた。俺、やっぱりみんなのことが心配だ」
光輔が来た道を辿って走り出す。
「光輔!」
その背中を追って、夕季も続いた。
境界付近の地域では、地獄絵図が繰り広げられていた。
空爆に恐れをなした市民が大挙して押しかけ、それを鎮圧するために制圧部隊が武力行使に出たのである。
戦争さながらの銃撃に逃げ惑う市民を、執拗に追いかけ攻撃する制圧部隊。
彼らへのゴーサインはすでに出てしまった後だった。
空爆の失敗は保留のまま、メガルへの地上侵攻が開始されたのである。
そのせいでメック・トルーパーは制圧部隊との交戦を視野に入れつつ、オビディエンサーの保護を優先しなければならなくなった。
無論、最優先事項の達成のためには、市民を含むすべての妨害者の排除もやむをえないという条件付きで。
「くそ」特殊装甲車両の中で鳳が悪態をつく。「おい、駒田、そっちはどうだ」
無線機を通じて駒田からの返信を受け取る。
『駄目だ、南沢のキャリアが暴動で足止めをくらって、なかなか進めない。そっちは』
「礼也の姿が確認できない。あいつの身に何かあったのかもしれん。大沼のトレーラーも動けん状態だ。小回りがきく車両で探すしかないな」
『夕季達は』
「位置情報は確認できるが、連絡が取れん。さっきの空爆の巻き添えになってなきゃいいが」
『縁起でもないこと言うなよ!』
「また何かわかったら連絡する」
『ああ、頼む。俺達もキャリアから離れて夕季達を探す』
「わかった」
光輔は廃墟となった街を見渡し、立ちつくしていた。
そのところどころに横たわる亡骸から目をそむけることもできずに。
学校からはかなり離れた場所であり、そこに知った顔はない。だが同じ高校の制服を着た生徒の姿も幾人か見受けられた。
「茂樹、隆雄……」
拳を握り締め悔しそうにうつむく光輔の姿に、夕季が眉を寄せる。
「大丈夫だよ。きっと、みんな無事に逃げて……」
「なんでそんなことわかるんだよ!」
突然噛みつき始めた光輔の剣幕に押され、夕季が言葉をなくす。
光輔は血走った目を向け、怒りのような思いのたけを夕季へとぶちまけた。
「おまえは人ごとなんだろ。友達でもなんでもないんだからな。でも俺にとっちゃ、あいつらはかけがえのない大事な友達なんだよ。いなくなってもらっちゃ困るんだよ。心配なんだよ。あいつらがいなくなったら、俺は……」
夕季が悲しそうに見つめていることを知り、光輔がトーンダウンする。混乱する頭の中で、それでも決して許されない間違いに気がついた。
「……ごめん、ひどいこと言って。おまえだって心配だよな。友達だもんな。……ごめん」
「謝らなくていい。光輔の言うとおりだから」複雑そうに光輔を眺める。「あたしは光輔ほど、みんなのことを想っていない。ここに来るまで、みずき達のことも頭になかった。自分のことだけを考えていた。あたしは光輔みたいにはなれない」
「夕季……」
「穂村君」
聞きなれた声に二人が振り返る。
顔を向けると、ややほうけた様子でみずきが立ちつくしているのが見えた。
「しのはら……」
みずきの奥には祐作と茂樹の姿が見えた。
「みんな、無事だったんだな」
渋い顔の祐作のかわりに、茂樹が答える。
「隆雄と園馬がケガをした」
「ほんとにか。ひどいのか、祐作」
「たいしたことはないよ。歩くのはつらそうだったけどな。さっきボランティアの人達が医療施設に運んでくれた」
「そうか……。おまえ達は何やってんだよ。こんなとこで」
「ケガして逃げ遅れた人とか助けてたんだ」茂樹が笑いながら答える。「自分達だけ助けてもらってちゃ、申しわけないだろ」
「茂樹……」
「って、篠原がよ」
「早くここから離れた方がいい」
夕季の声に注目する茂樹達。
「さっき銃声が聞こえた。また何か起こっているのかもしれない」
みずきが夕季の前に立つ。そのやわらかな笑顔に、夕季は何も言えなくなった。
「ゆうちゃん、助けにきてくれたんだね。ありがとう」
夕季が目をそむける。
「あたしは違う。光輔についてきただけ。光輔は本気でみんなのことを心配している。早くここから逃げて」
「どこに」
「避難所に」
「避難所はみんな閉鎖されちゃったよ」
「……どうして」
「わからない。でも急にこんなことになって、ほとんどの人が避難所まで辿りつけていないみたい。知ってる人達も逃げるところを探して、あっちいったり、こっちいったりしてるって」
「……」
「建物もこんなだし、あとは勤労会館とかくらいしかない」
「……メガルに」そう言いかけて口をつぐむ。
これからメガルは戦争の最前線となるのだから。
「駄目だよ。私達だけそんなところに連れてってもらっちゃ、ずるいじゃない。みんな助かりたいのに、私達だけそんなことできないよ。こんなことになっても、人のために一生懸命動いてくれてる人達もいる。そんな人達を置いて、自分だけ助かろうとするなんて、私にはできない」
その真っ直ぐな顔を夕季は見ることができなかった。
遠くにたたずむ人影に夕季が気づく。
それを光輔の口から確認した。
「川地……」
左腕を押さえ片足を引きずるように歩くみつばの顔は、血の気が失せ、苦痛にまみれていた。
心配した光輔が近寄ろうとしたその時だった。
「来ないで!」
見たこともない形相でみつばが光輔を睨みつける。
「川地……」
「来るな!」
「川、地……」
迫力にたじろぐ光輔の手を、みつばの憎しみのまなざしが押しとどめた。
それは光輔にではなく、その後ろに立つ夕季へと向けられたものだった。
「おまえ達のせいでこんなことになった。全部、おまえ達のせいだ!」
それに反応したのは茂樹だった。
「なんてこと言うんだ。こいつらだって好きでこんなことやってるわけじゃないんだぞ。それを……」
茂樹にたしなめられ、川地の表情が崩壊する。ぼろぼろと泣きながら悲痛な叫びを叩きつけた。
「……お母さんがケガした。あんな場所で戦わなかったら、こんなことにはならなかったのに……」
「……。だからって……」
「このままだと、死ぬかもしれない。運んでった人に、そう言われた……」
「……」
「みんなおまえ達のせいだ。おまえ達がこんなところにいるからいけないんだ! 出てけ! ここから出ていけ!」
「みつば……」
光輔同様、夕季も言葉を失う。
その隙間を優しく抱きしめるように、みずきがみつばの肩に手をかけた。
「大丈夫だよ。きっと助かる。みんな頑張ってるもん」
「う、うえ、うっ……」
「お母さんのところにいこう。あたしも着いていくから。何かいるものある?」
「うう、う……」
「光輔、気にするなよ。おまえが悪いんじゃない」
がっくりとうなだれる光輔を、祐作が慰める。
「でも、俺達のせいだ。俺達、自分だけが必死なつもりで、他のことなんて気にしてなかった」
「気にする余裕もなかったんだろ。仕方ねえよ」
夕季は何も言うことができず、その場に立ちつくすだけだった。
境界線閉鎖部隊の視線は一様に同じ方向を向いていた。
たった一人の連絡授受者の動向をまばたきもせずに見つめる。
やがて通話を終えた彼が顔を向けると、あらかじめ定められた予定調和を承服するような表情へと転化した。
「攻撃命令だ」
誰もがそれをしごく当然だと言わんばかりに受け入れる。
「一人残らず殺せ。遠慮するな。ここはテロ組織の構成員達で作られた偽りの市街だ。正義の名の下に……」
「隊長!」
報告者の声に一斉に振り返る武装兵達。
指し示す方角からは、山々の緑を押し潰しながら、まるで砂漠の砂嵐のような白い群体が迫りつつあった。




