第71話 思わくや悪意が生んだ実にくだらん戦
ラドル キャメロット総領公館
キャメロット総領公館――ラドル行政府のある巨大な建物であり、ラドル行政の重要方針決定等をする、まさに領地の中枢的場所。
その公館一階の数百人は優に収納できる会議場は、現在びっしりと人で埋め尽くされていた。
ラドル中央府の幹部たちや、市町村の長達、帝国から一時的に逃れて来ている帝国の重臣たちと、地方豪族たち。そして、元血統貴族連盟派だったものたち。
「学院生徒の説得により、既に6割の血統貴族連盟派の領主たちが、俺達への支持を表明しているぜ」
ジュドの報告に、安堵の含んだ歓声が上がる中、
「だが、これで数的にようやく相対出来るレベルになったに過ぎない。実際、それでも正規軍だけで4万はいる。しかも、領民を無理に徴兵すればどれほどの数になるか……」
テオが当然の苦言を呈する。
「あのアンデッドの事件で軍務総局からの出兵要請にも、碌に兵を出さなかったようだし、練度はともかく、実際にはもっといるだろう」
ホルス軍務卿が侮蔑をたっぷり含んだ言葉を吐き捨てる。
やはりな。たとえ、帝国本土がアンデッドの侵攻により壊滅的打撃を受けていたとしても、帝国の危機に集まったのが3万そこらというのは、このアーカイブ帝国の規模からしてあまりに少ない。
アンデッドとの戦闘で多大な犠牲がでれば、以後の領地の経営にも差し支える。最低限の精鋭のみで出兵したんだろうさ。ま、当初の奴らの予定としてはユキヒロや地方豪族に戦わせて、自身は傍観するつもりだったのだろう。逆に数が多ければアンデッドの特性で襲われる可能性が増すしな。
「問題は領民を無理やり出兵させ、盾にされたときだ。いかほどの死者がでるかは想像もつかん。これは内乱。あくまで最低限の犠牲で切りぬけばならない」
テオのこの意見はもっともだ。少なくとも門閥貴族どもならそうするだろうさ。
しかし――。
「おそらく、今回はそうはならない」
門閥貴族どもの長は、イスカンダル。奴は根っからの戦争屋。これが内乱である以上、それは絶対に許可しまい。なにせ、真の敵は内ではなく外のはずだから。
「領主殿、なぜ、そう言い切れるのです!? 奴らは同胞――領民にしたはずのラドル人を人体実験に使っているんですよ!」
テオの怒声に、気まずそうにする帝国人たち。
「うん、その通りだ。だが信じろ。それはない」
少し調べればわかることだが、イスカンダルは、外道だが政治はわかる奴だ。この場合、内乱で領民を盾にすることの弊害くらいは承知しているはず。何より、あのイスカンダルが戦争でそんな以後の統治に著しい弊害を及ぼす愚行を犯すことはない。そんな気がする。
「わかりました」
まったく納得はいっていまいが、テオは両腕を組んで口を閉ざす。
信条としては、今すぐにでも攻め込んで奴らの愚行を正したいだろうに、よく我慢したな。だが、それも――。
「ジュド、これ以上の離反者は見込めるか?」
「いや、これ以上の説得は無意味だ。なにせ、残りは救いようないクズ野郎だからな。俺は奴らと手を組みたくはないッ!」
ジュドがこれほど感情をあらわにするのは初めて見るな。
奴らの領地の調査は既に済んでいる。その結果はジュドには、到底受け入れられないものだったのだろう。
「なら、始まりだ」
私は席を立ちあがり、ムラの鞘の先を床に突き付け、噛み締めるように宣言する。
「ラドル領軍及び帝国諸侯軍は、これから新政府軍へ宣戦布告する」
私の宣言に一斉に立ち上がる同席者たち。皆、覚悟はしていたのだろう。各々の顔から、始まるであろう内戦に対する躊躇や戸惑いだけは消えていた。
「作戦参謀は、ホルス軍務卿に、総司令官はテオ、お前がやれ!」
「承知しました!」
「了解だ!」
二人がそれぞれ帝国式、ラドル式の敬礼をするのを確認し、
「問題は改造されたラドル人だ。おそらく、新政府軍はラドル人を前面に出してくるだろう」
「領主殿、わかっています。俺が全て送ってやる」
カロジェロがそう宣言する。
「いや、それは私の役目だ」
調査では既に改造されたラドル人は死んでいる。死んでいるものは、生き返らせることはできぬ。それは万物不変の要則だ。救えない以上、これ以上、前途ある若者の手を同胞殺しで汚してはならない。これはいわば、私の意地のようなものだな。
「グレイ様、俺は貴方を尊敬している。だが、こればかりは俺たちにしかできないことだ」
「きっとそうなんだろうな」
もちろん、とっくに気付いているさ。私はあくまで帝国人。その帝国人の私が、たとえ死んでいるとはいえラドル人を屠れば他のラドル人は少なからず不信感を持つ。
これからのことを考えれば、私がやるのは悪手だ。本当に驚きだ。この私が打算なしの非生産的な行為を行おうとしていることもそうだが、何より、それを行う事に全くの忌避感がなく、むしろ使命感のようなものすら覚えているのだから。
「だったら――」
「だが、これは私が始めた戦いだ。だからこそ、私がやらねばならない」
鋭い語気で放つ。
「カロジェロ!」
再度反論を口にしようとしたカロジェロに向けてテオが制止の声を上げつつ、首を左右に振る。カロジェロは、俯き下唇を噛み締める。
カロジェロたちには、まだまだ仕事が残っている。そう。ラドル人たちを導く大切な使命が。こんなところで足踏みしてもらっては困るのだ。
右手を掲げて、
「これは内乱だ。思わくや悪意が生んだ実にくだらん戦いだ。こんな|戦《いくさ
にお前たちが命を懸ける価値はない。だから、死ぬことは許さぬ。徹底的に蹂躙し、敵の戦意そのものを砕いてやれ!」
そう声高に言い放つ。次の瞬間、フロア全体を震わせる大声が響き渡った。
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