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第37話 ミア達の決断

聖暦907年4月8日(月曜日) 15時。



 ミアが今やライゼの人気料理店――雫亭(しずくてい)に入る。まだ時間は早いから疎らにしか客はいなかった。そして、既にテーブルについているS2クラスのメンバーが視界に入り、


「待たせたの」


 ミアは仲間達に近づいていく。


「いや、俺達も今来たところだぜ」


 プルートの言葉に、クリフ、テレサ、エイトも軽く頷く。

 ミアが座り、チキンライスを注文すると、


「で? お前ら噂について聞いたかよ?」

「ああ、でもそれ本当なのか? 学院からの発表はまだだけど?」


 ミアもクリフの意見に賛同する。丸二年もこの学院にいれば、今の学院でのシラベ先生の立ち位置が理解できる。少なくともこの学院の半数の勢力はそんな噂、良しとしないだろう。


「事実だよ。もう、オスカー先生に確認したから。教授会で決定したそうだ」


 即答するエイトに、皆が息を飲むのが気配でわかった。


「実技で優勝したクラスをシラベ先生が担当する。でも、俺ら来年は四年、卒業だぜ?」

「優勝の景品のようなものだから、学年は関係ないそうだ」


 この噂が流れて以来、各クラスともに文字通り目の色を変えた。

 今年入る新入生を除き、この学院でシラベ先生の至上の授業を知らぬものはいない。第一シラベ先生が魔法基礎学を教授している第二校舎は普通の教室では学生が入りきれず、通常の教室の五個分の広さがある大教室を新たに建築したが、それが満員となるらしいし。


「次の試験で優勝を目指そう!」

「だけどな、結局、団体戦には違いない。無理だな」


 諦めのたっぷり含有したプルートらしからぬ台詞に、


「やけに諦めムードじゃないか。来年も優勝戦の代表メンバーにサテラが入るとはかぎらないんじゃないのかい?」


 クリフがすかさず、もっともな意見を主張する。


「そうねぇ、サテラちゃんは前回、出場しなかったし」


 今年の優勝はミア達S2クラス。もちろん、サテラは一度も出場はしなかった。だから勝てたようなものだ。


「出場するさ」

「なぜそう言い切れるのさ?」

「だってサテラが噂を耳にしたときその場にいたからな。ありゃあ、誰が何をいっても出場するだろうぜ。

そして手など微塵も抜かないだろう。要するにあの怪物みたいな女に俺達は勝たねば優勝などできねぇってことだ」


 プルートの噛みしめるような言葉に、S2クラスの面々は途端に押し黙ってしまう。

 S1クラスとS2クラスは確かに別のクラスだ。だが、教える講師陣は同じであり、共同の授業も多い。だから、彼女の異常さはミア達自身が一番よく理解している。


「だからどうしたというんだ。むしろ、好都合だろ?」

「こ、好都合なの?」


 不敵な笑みを浮かべたエイトに、オウム返しに尋ねかける。


「ああ、君らは彼女一人に牙まで抜かれたのかい!?」

「そうじゃねぇよ。ねぇけどよ……」

「あのときの誓いを忘れたのかい? 彼女に勝利し、先生に再び僕らの担任になってもらうと!」

「忘れちゃいねぇよ。だが――」

「彼女が出場する試合で勝利して初めて、再び僕らの止まってしまった時間は動き出す。そうじゃないのかい!?」


 一年半前のあの試験でミア達はわけも分からぬうちに敗北した。そして、シラベ先生はミア達の前から姿を消してしまう。

あれほどあっさり敗北し、先生を失望させてしまった。だから先生はミア達と会ってくれない。そう考えたミア達はある誓いをたてる。それはあの運命の試合を終わらせたサテラという少女に勝利すること。


「じゃあ、どうするんだよ? サテラには今のままで修行をいくらしようが追い付けねぇぜ?」


 それにはミアも賛成だ。彼女は強さの格が違う。同じ学生というより、先生やあのクリカラの迷宮で偶然出会ったあの人達の側の――――まさかっ!

 咄嗟に顔を上げてエイトを見る。


「どうやら気付いたね? そうさ。あの少女に勝利するなら僕らも常識の埒外に至らなければならない。例えば先生やあの人達のようなね。その方法は本人が一番知っている。そう思わないかい?」

「無理に決まってんだろ! あれからあの人達、一度も目にしちゃいないぜ」


 プルートが首を左右に勢いよく振り、硝子コップに入った水を飲みほす。


「毎週月曜日の17時」

「あ?」

「決まって学院第二校舎脇にある公園のベンチにあの片眼鏡の人が座っているんだ」


 第二校舎脇か。先生に口止めをしていたことといい、あの人達、先生と関係があるのだろう。

 短い間しか関わっていないが、あの片眼鏡の人は誰かを闇討ちするようなタイプではない。もし戦闘なれば正々堂々、正面から挑み粉々に破壊する。そんな破壊の化身のような人。


「だがなぁ、あの人達が俺達を教えても何のメリットもないぞ? 提案にすらなりやしねぇよ」

「試みもしないで諦めるつもりかい。プルート、君最近、少し大人しくなりすぎだよね。サテラのいないS1クラスに勝って満足してしまったのかい?」

「あ!? ざけんな! 俺は現実を見ているだけだっ!」

「それが大人しくなりすぎって言っているのさ! 以前の猪突猛進な君なら、二つ返事で了承していたところだろう? 違うかい?」


 ギリギリと奥歯を噛みしめつつも、エイトを睨みつけるプルート。


「や、やめるの。落ち着くの」


 ミアは必死で両手を動かし、二人を宥めようとする。


「だけどエイトの言う通りかもな。僕らどこかで諦めてしまっていたんじゃないか?」


 クリフが顎に手を当てて自分に問いかけるかのように疑問を口にした。


「そうかも。強くなればなるほど、彼女との差が大きく感じてくるし。まるで底なし沼みたいに」


テレサもクリフに同意する。


「断言してもいい。先生の生徒になれるのもこれが最後のチャンスだ。

あの人は直ぐにこの帝国の頂点に上がっていく。僕らのような未熟な学生風情に教授するのも来年が最後となるだろう。他の生徒が先生の最後の生徒となるんだ。それを僕らは本当に黙ってみているつもりなのかい?」


 エイトは首を振りかぶり、ミア達の意思を確認してくる。

 最後か。エイトの言う通りだ。何となく気付いていた。あんな凄い人がいつまでも学院の教授などやってなどいないことは。

先生がもうじき遠くにいってしまう。それはいい。悲しいけど我慢できる。だけど、先生の最後の生徒を譲るのだけは絶対に嫌だ。それだけは許容できない。だから――。


「ミアは嫌なの。もう一度、このメンバーで教えてもらうのっ!」

「そうだね。僕も先生の生徒は僕らであるべきだと思っている」

「わたくしは、また皆であの先生の授業を受けたいな」


 全員の視線がプルートに向く。


「あのな、これで否定したら女子にビビって勝負を放棄するチキンじゃねぇか」


 自嘲気味に大きくため息を吐きプルートはそう独り言ちる。


「うーん、プルートがチキンなのはその通りだと思うんだけど?」


 クリフが余計なことを宣い、


「あ!? クリフ、妹と和解したからってテメエこそ随分と尻に敷かれてんじゃねぇのか? 特にあの目つきの悪い女といい感じだしなっ!」


そうだ。クリフは今、メッサリナ・ゲッフェルトと大層いい感じなのだ。二人が手をつないで笑顔で中庭を歩いているところを大勢が目撃している。


「実習が一緒で、助けてあげたんだよねぇ? メッサリナちゃんとかなりぽっぽのようで何よりです」

「っ!」


 忽ち、真っ赤に顔を発色させるクリフ。

 一年半の試験の後、メッサリナから石を投げたことを謝罪された。もうとっくに忘れていたことであり、当時大層当惑したものだったが、それ以来、彼女とはよく話すようになる。

 そして、最近になってメッサリナからクリフの件で直接相談を受けたのだ。なんでも人気選択科目である魔物討伐の実習で彼女の班と同じくなって、色々クリフが世話をやいて、すっかり入れ込んでしまったらしい。

 ミア達女性陣で、メッサリナとクリフとのデートを計画したことは甘酸っぱい思い出である。


「じゃあ、皆の答えも出たようだし、食事が終わったら行くとしようか?」

「どこになの?」

「もちろん、あの人のところにさ」



「お願いします。僕らに修行をつけてください」


 一列に並び、片眼鏡の人――ラーズに皆で頭を下げるが、


「失せろ」


 ミア達に顔すら向けずに、不機嫌そうに即答されてしまう。


「うひゃひゃひゃひゃ♫ まさかまさか、悪霊でも回れ右して逃げ出すこの凶悪顔のラーズ君の弟子になりたいなんて殊勝な子供にボクチン初めて会ったよ♪」


 傍で噴飯しているマスクをした茶色の髪の青年――ネロにギヌロと子供なら一目で泣き出すような獰猛な眼光を向けるラーズ。


「お願いします。僕らにはどうしても勝たねばならない人がいるんです」

「勝たねばならない人ねぇ♫ もしかして、あのメイドのお嬢さんかな?」


 このネロってひと、どこまでミア達のこと知っているんだろう? 


「そうです! 彼女に勝たねば先生の最後の授業を受けられない。だから――」

「だから?」

「絶対に勝利する必要があるんです。お願いします。闘い方を、勝ち方を教えて下さい!」


再度頭を下げる。必死だった。だってこの人達しかミア達の願いを叶えられる人はいないはずだから。

ネロは少しの間、顎に手を当てて考え込んでいたが、


「もし、それには人を辞める必要があるとしてもかい?」

「ネロォォォッ!!!」


 大気さえも振動させる怒号に思わず身を竦ませる。ラーズの全身からは紅の炎がユラユラとまるで陽炎のように漂っていた。


「うーん、ラーズちゃんも存外、君達のこと気に入っちゃっているようね♪ でも、心配しないでOKよん♫ ボクチンは何もしない。ただ、君らを目覚めさせるだけ♬」


 ミア達を目覚めさせる? それはサテラの強さの秘密とも関係があるんだろうか。


「それをすると、サテラに勝てるほど強くなれるのか?」

「彼女はもうボクチンらに近いし、それは君達次第かなかなぁ♬ ただ、一つ、確実に保障してあげる。それをすれば君らの危険は増すし、もう二度と後には戻れない。よく考えて決めるんだ。それでも本当にいいかい?」


 初めてネロから薄ら笑いが消え、恐ろしく厳粛した顔となる。


「ネロ、止めろ。それ以上口にすればお前でも殺す。てめえらもとっとと消えろ!」


 ラーズの鷹のように鋭い視線がミア達を射抜く。ただそれだけで、ミアの足は、歯は、全身はガタガタと悲鳴を上げ始めた。


「もちろーんさぁ、ボクチンの話はこれで終わり。あとは君ら次第だ」


 両腕を組んで瞼を閉じる。ネロからは今までのお気楽な様子が完全に消失していた。

ラーズも舌打ちをすると、ミア達を睨みつけてくる。まさに蛇に睨まれた蛙。生きた心地がしない状況のもと、


「僕はやってほしい」


 エイトは笑顔で即答した。


「てめえ――」

 

 ラーズからの圧力は既に呼吸をするのも難しくなってきているレベルに達している。


「ラーズ、これは彼がその意思で選んだ道。それにまだ彼らが僕らのようになるとは限らない。だから、少し、引っ込んでなよ」


 ぞっとするようなネロの言葉に、ラーズからさらに圧が増す。まさに一触即発の状況となった公園で、


「あんた達また喧嘩? 何やってんのよ」


以前のようにいつの間にか現れた金色の髪を肩まで伸ばした女性が呆れたような声を上げる。


「やらせておけ。どうせ暴れたら疲れて大人しくなるだろう」


 口に黒色の布を巻いたカチューシャをした美しい青年がそんな緊張感もない台詞を吐く。


「ネロ、それは贖罪のつもりか?」

「まさか! ボクチンがそんな殊勝な性格をしていないことは君が一番よく知っているだろう? ただ、信じてみたくなっただけさ」


 そのネロの言葉は寂しそうで、深い哀愁に満ちていた。


「勝手にしろ」


 吐き捨てるような言葉。ラーズの全身が炎で包まれるとその姿が消失する。


「さあ、君達はどうする?」


 ミア達にその意思を尋ねてくる。


「僕はやるよ。僕はもう一度、あの日々を取り戻したいんだ。こんなんで先生とお別れになるのは御免だからね」

「私もぉ!」


 クリフの言葉にテレサが右手を上げる。


「俺もだぜ。ここで怖気づくようじゃ、Gクラスじゃねぇ!」

「ミアもなの」


 それしか先生に認めてもらうことができないなら、今は手段を選んでなどいられない。

 それにこのネロという人達からはどうしても害意というものが感じられなかった。


「決まったねぇ♫」


 ネロは上着の胸ポケットからエイトが愛用している銃の形をした武器を取り出す。

 瞬時に顔色が変わる金髪の女性とカチューシャをした美しい青年。


「ラーズが激怒していた理由って、そういうことかっ!」

「その子達にあれをするつもり!? ネロ、あんた絶対正気じゃないわ!」


 ネロは鼻歌を歌いながらも、銃口をミア達に向けると、


「これはある意味、生まれ変わりさ。起きたら君らは違うものとなっている。世界を救うためだけの奴隷となるか、それとも――」


 銃声が鳴り響き、ミア達の意識は急速で薄れていく。そんな中、音調のない女性の声が聞こえてきた。


『テレサ、プルート、クリフ、ミア、エイトに【英雄化】が発動しました。テレサ、プルート、クリフ、ミア、エイトは、『人間(一般人)』から『人間(英雄見習い)』へと進化いたします。

テレサ、プルート、クリフ、ミア、エイトに隠れ称号『――――の弟子(仮)』を確認。称号が進化に影響を与えます――』


「ば、馬鹿な‼ こんなことって――」

 

 ネロの興奮に満ちた驚愕の声。その声を最後にミア達の意識はぷっつりと切断される。



お読みいただきありがとうございます。

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