第36話 忍び寄る陰
微睡の中、部屋の隅に生じた気配に顔だけを向けると、白服の長い金色の髪を後ろで縛った一二、三歳ほどの少年が、凍結しそうなほど冷たい視線をアストレアに向けていた。
「ああ、これは御無沙汰しております」
「挨拶など無用だ。なぜ、動かない?」
普段冷静な彼らしくもない様相に眉を顰めて、
「期限は決められていなかったはずですが?」
当然の返答を口にする。
「誤魔化すな。僕は早急な処理を命じたはずだ」
少年の眼球が真っ赤に発色し、白色のオーラがユラユラと漂い建物が地鳴りを上げ始めた。
(まずいな)
彼の口調が変わっている。怒り心頭、暴発の一歩手前というところだろう。
「目立つ行為は慎んでいただきたいのですがね」
「今すぐ件の小僧を排除し、この帝国の全権を掌握しろ」
「我らが表立って動けぬ以上――」
突如視界が歪むと机に立つ白髪の少年に喉笛を掴まれ持ち上げられていた。
「いいか。もう一度しか言わん。この帝国の全権を掌握せよ。もしできぬなら、貴様を殺して帝国の支配を他のものに委ねるだけだ」
「わかりました」
少年が喉から手を放し、アストレアも重力に従い地面に落下した。
「期限は今年中。それ以上は待てぬ。努々忘れるな」
その言葉を最後に少年の姿が霞むとまるで何も存在しなかったかのようにその姿を消失させる。
「もう少し粘りたかったのですがね」
相手はあの隠者なのだ。念のため、あと一年は動かず様子を見たかったのだが、そうもいっていられない。彼が本気である以上、12月31日を一秒でもオーバーすれば、アストレアは処分される。彼はそういういう奴だ。
彼のあの怒髪天を衝く状態から察するに、アストレアのこの様子見が御方様の逆鱗にでも触れたのはまず間違いない。
「せっかちな方々だ。ですがこれで動かざるを得なくなった。まあいいでしょう。私もこの一年半黙って震えていたのではない。既に種は植えています。あとは種が芽吹くのをまつだけ」
アストレアは床から立ち上がり、倒れた椅子を起こすと、執務室を後にした。
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