第35話 気になる噂話
グレイが部屋を去った後、アリアは自室を出て食堂へ向かうと血相変えて探し回っているメイド姿の赤髪の少女と遭遇した。
「アリア、今、グ――あの人が来てるってっ!」
「シラベ教授なら今年入学するS1クラスの生徒たちの寮の見学にきていたみたいだけど、さっき帰ったみたいね」
口から出たのは偽りの言葉。
「そう……」
この世の終わりのようなサテラの姿を網膜が写し取り、アリアの心がまた、チクリと痛んだ。
(まただ。なんで私……)
「さ、さあ、もう夕食よ。皆も待っているし、一緒に食べよう」
「う……ん」
胸の痛みをごまかすように、サテラの右手を取り、食堂に向けて階段を下りていく。
魔導学院第一寮の食堂へ入る。だだっ広い空間に無数の木製のテーブルと椅子が置かれている。
そして一面のガラス張りの中庭の風景が、紅色の夕焼けと混じり合い何とも言えない趣を醸し出していた。
夕食どきであり、既に数十人の学生で食堂はごった返している。
人の多さと多彩で無数の料理のメニューに戸惑っている学生たちは、今年入学の生徒達だろう。魔導学院は入学一か月前から寮生活を送ることが可能となっているし、まず間違いないと思う。
そして――。
「美味しい……こんな美味しい料理、初めて食べたっ!」
プルプルと手を震わせてフォークを動かす女生徒に、
「うま、うま、うま」
下町商会特製ハンバーガーを口に入れ、もぐもぐと口を動かす男子生徒。
一年前まではライゼ一の商会であったウエィスト所属の高級シェフがこの第一寮で料理を作っていたが、あまりに高額で一般の生徒にとってかなりの負担となっていた。
そんなとき、ライゼ下町協会の料理屋の噂が学生たちの間で広まる。
金銭的な余裕がない生徒達にとってもお手ごろの値段で、しかも頬がとろけそうなほど美味かったことから、たちまち生徒達のハートをがっちり鷲掴みにし、毎朝毎晩、学生たちはこぞってライゼの下町に降りて料理を食べることになる。
皇太子であったロナルドもそちらで料理を食べている。そのことを知った門閥貴族の子息子女たちも第一寮大食堂を利用しなくなる。結果、第一寮食堂は閑古鳥が鳴くことになり、遂にウエィスト商会は撤退。その後釜に押されたのが、ライゼ下町協会の料理店であった。
この第一食堂の大規模な改築業まで請負ったライゼ下町協会は、この第一寮大食堂の風景すらも一新してしまう。
さらに、伝統的に学生食堂は政府が半額支出することになっていた。つまり、学生たちはこの大食堂では普段の半額で食べられるということだ。こうして、この大食堂は、学生たちのパラダイスへとなったのである。
「おーい!」
窓際のテーブルで右手を上げるアランが視界に入る。正面の席で食べているのはプルートか。
あの二人はあの一年半前の決勝戦以降、特に仲が良く、いつも共に行動している。性格的に似ていることももちろんあるんだろう。まあ、気まずいのか、プルートはサテラに対しては若干避け気味ではあるわけだが。
「よう、まあ座れよ」
アランがアリアたちに席を促してくる。まあ、彼が真に誘いたいのは隣のこの赤髪の少女だけなんだろうけど。気を利かせてあげよう。サテラが隣に座るのを確認すると、
「じゃあ、私が料理を頼んでくるよ。サテラは何を食べたい?」
「別に何も――」
消え入りそうな声で口にするサテラに、
「なら私と同じでいいよね。直ぐに持ってくるから待ってて」
座ったばかりの椅子から腰を上げると、注文カウンタへと向かう。
「今学院で一番ホットな噂、知ってるかよ?」
アランが肉を美味そうに頬張りながら、口にした。
「ホットな噂ね。はいはい、いつものいつもの」
サテラの気を引きたいためか、アランの奴は最近この手の噂話をよく口にする。そして、大抵、大した価値のない世間話なことが多い。
半眼で左手をフラフラさせるアリアに、
「そんな台詞も今のうちだ。聞いて驚くな、実はな――」
アランはある噂を口にした。多分この時だと思う。アリアたちの運命の歯車が、ゆっくりとそして残酷に動き出したのは。
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