その12 荒野にかかる虹
ポリス敷地内にある共同墓地。ロクはたくさんの十字架が並ぶ中心にいる。
「行ってくる・・・みんな・・・あとは任せるな・・・」
ロクはそれだけを言い残すと、足早にそこを後にした。だがある十字架の前で足が止まる。ロクの目線の先には、ある十字架と十字架の間に、コンクリートの破片が無造作に建てられている。その石片には良く見なければ分からない程の薄い字で「ヒデ」と彫られている。
「あのな・・・罪人は本当はここには埋められないんだからな・・・だが遺体がない以上、お前だけ今回は特別だからな・・・?お前だけな・・・」
ロクは誰かと話しているように、ひとりで石片に話し掛ける。よく見るとその右の十字架に「聖」、左の十字架に「死龍」と書かれてある。
「ああ、隣の二人もたまたま偶然だからな?・・・ほんとたまたまだよ!勘違いすんなよ!俺はほんとお前が嫌いだったからな・・・」
ひとり苦笑いのロク。
「あっ!ほんとって、前の二人の件は嘘って聞こえるか?そうじゃなくって・・・ああ、なんて言うか・・・」
ひとり石片に言い訳するロク。
「と、とにかく・・・な、なんだ・・・?二人を頼む・・・お前も四天王になりたかったんだろ?だから・・・」
そう言うと、ロクはある十字架の方を振り向く。その目線の先にはある十字架があった。それはロクが以前掘り起こしたなつみの墓の方だった。
「あぁー。あいつはいいか!?まだあそこじゃないし・・・じゃあな!みんな!」
ロクは空を見上げ、その墓地をあとにした。
復興中の第六ポリスをあとに、ロクが乗る塗装されない鈍い銀色のジャガーが荒野を走る。その先には陸に停泊したレヴィア1番艦が見えた。レヴィアはジャガーが近寄ると左舷の車庫の扉が自動で開く。ジャガーはレヴィアの車庫に入ると、ロクは車から颯爽と降り立った。その車庫内には街に居るはずのスミの姿があった。スミはロクが乗って来た新型のジャガーに驚いていた。
「し、新型のジャガータイプ・・・?あのおっちゃん、こんなもんいつの間に・・・?」スミは車体を舐めるようにぐるりと見渡す。
「そのおっちゃんが、何処ぞやで隠れて作っていたらしいな・・・?」
「そ、それでですが艦隊司令・・・私もロクさんたちと一緒に行きます・・・いえ、行かせて下さい!」スミが改まってロクの前に一歩出る。
「もう艦隊司令はよせやい!うん・・・技師長から聞いた。もう街には戻れないかもしれんぞ?覚悟の上だろうな?」ロクはスミに睨みをきかす。
「私がいないとメカニック音痴ばかりですよ。この船?」
「ふっ・・・脅しか?まあ好きにしろ。どうせ荷物は積み込んでるんだろ?」
「・・・はいっ!」緊張から笑顔に変わるスミ。
「早速だがこいつをいつもの俺のカラーに塗ってくれ。ヘッドライトは真っ赤にな!それとメンテだ!足回りは特にな!」ロクは銀のジャガーを指す。
「わ、わかりました!い、いつものですね?」何色か悟ったスミ。
「それと・・・この資料をそのおっちゃんに渡された。お前の方が役に立つだろ?」
あるファイルになった資料を、スミに投げ渡すロク。ファイルに二度三度、目を通すスミ。
「ロクさん・・・これは・・・?ま、まさか・・・?」
「ふふふ、機械音痴の俺にはよく分からないが・・・たぶんそのまさかだと思うよ。じゃあ頼むぞスミ・・・」
ロクは資料を見て驚くスミの肩を軽く叩くと、甲板に向け車庫のラッタルを掛け上がる。
「こ、このエアーブースターとこのジャガーがあれば・・・きっと・・・」ひとり資料を見て呟くスミ。
甲板に上がり、ひとり艦橋のタラップを上がるロク。艦橋には皆がロクを待っていた。そこには直美の姿もある。
「遅いですよ、かーんちょーう?」直美が待ちわびたように口を開く。
「お前・・・い、一緒に行くのかよ?遊びに行くんじゃないぞ!?この船はな・・・」ロクが直美に問う。
「あんたにはまだまだ聞きたい事がたくさんあるのよね!?」
「んっ!?まだなんかあったか?」
「私の知らない母親・・・ちゃんと教えてよ・・・?」
直美は少し照れていた。
「め、珍しく素直・・・?」驚くロク。
「な、なによ!?」剥きになる直美。
「チビらは?」
「もちろん連れていくに決まってるじゃない!もう私たちの部屋は確保したからね!降りろって言っても無理よ!それと・・・」
「それと?」
「弟に銃の扱い教えてよね!?」
「怖い怖い・・・時代って奴だな・・・?」とロク。
「ほら!また出た!父親の口癖!?」
「ふふふ・・・・・・さて・・・!」ロクは他のクルーを見渡す。
「艦長、進路は?」
桜井が問う。桜井だけではない、多聞、三島、国友、直美までもロクの顔を見つめている。
「いいのか?桜井?」とロク。
「どこまでもついて行きますよ!それがロク班の鉄則でしょ?みんなも一緒だよな!?」
「はい!」三島、国友、多聞が一斉に叫んだ。
「お前らなぁー・・・」皆笑顔でロクを見ている。ロクも少し照れていた。
「よし、進路P4!これより我が艦はP4のジプシャンの残存部隊を叩く!」ロクが吠える。
「了解!」全員が配置に付く。
ロクは窓の外を見ながらそう言うと、一人艦橋奥の手摺り階段で、艦橋の上に一人上がって行く。それを見ていた桜井が代わって指示を飛ばす。
「出航準備にかかれ!」
「艦内異常なし!進路クリアー!タラップ上げろ!車庫内ゲートクローズ確認!進路目標P4!」
三島や国友らがレヴィアの発進準備に入る。
「私はここの厨房に行くわ!これから忙しくなるんでしょ!?」
直美は腕を捲り、ひとりブリッチのタラップを降りて行った。
P6指令室。中央スクリーンにはレヴィア1番艦が写し出されている。それを見つめる弘士、曽根、柳沢、我妻、ルナ、松井。弘士は雛壇の上で立ち上がる。既に弘士に普段の力強さはない。
「四天王のロクは・・・ロクは死んだ!この街にはもういない!・・・そういう事にするんだ・・・新しいポリスを作って行こう・・・!四天王のいない街を・・・いいかみんな!?」
「はい!」皆が賛同した。
その中で陽だけが指令室の端で足や腕を組み、背中を壁に付け片足で寄りかかっている。スクリーンを見るわけでもなく床を見ている。
回想。とある戦場。激しい銃声の中、幼い少年少女兵たちが瓦礫に隠れて敵の様子を伺っている。そこに小さな両手でたくさんの銃弾を抱えた幼い少女兵が、身を低くして隊に合流する。
「こ、これを・・・補給です!」
震えながら待機している少年兵に渡したのは、ゼッケンが「4431」の幼い頃の陽の姿であった。
「4431!怖いか?」
苦笑いで銃弾を受けとる少年兵は、怯えた陽に声を掛ける。それは10歳頃のロクの少年姿だった。
「こ、怖くはないです!でも・・・」
強気に笑って見せる陽。しかし微かに肩が震えている。
「お前、いい笑顔だな?じゃあそこでそのまま太陽のように笑っててくれ!あとは・・・なんとかする!」
「はぁ・・・?」
ロクはひとり戦場に突っ込んで行く。
現在。
「あの時のあいつの言葉から、この名前を名乗ったんだけどな・・・流石に覚えてないかぁー?さらば・・・ろくでなしのロク・・・」
陽の目には一筋の涙が流れ落ちる。
レヴィアはエアーブースターのエンジンが掛かり、艦が静かに始動する。雨上がりか荒野に砂埃は上がらない。艦はゆっくりとP6の街を離れていく。荒野は先日の津波の影響か、地表がエグられてる所が多い。その所々からは、核戦争で亡くなったのか、無数の人骨が砂に埋もれているのが見え隠れする。レヴィアはその上を南に向かって動いていた。
ロクは住み慣れた街を艦橋の上から眺めていた。 たくさんの仲間たちの顔が街に重なる。プロジェクトソルジャーの三期生。そしてダブル、キーン、バズー、久弥、死龍。そしてなつみの顔。
ロクはふとなつみの拳銃“ワイルドマーガレット”を左脇から取り出してみる。すると二、三度手の上に乗せて重さを確認し、手で振ってみると何かカサカサと乾いた音が聞こえてきた。
『何か入っている・・・?』
ロクは拳銃の弾倉部分を抜き出してみる。その弾倉には銃弾は入っておらず、何か黒いものが弾倉部分奥にあるのを見つけた。ロクが手のひらでトントンと叩いてみると、手のひらの上に転げ落ちてくる黒い粒。それは昔、ロクがP4からなつみに頼まれて持ってきた何かの種であったのを思い出した。レヴィアが生み出す風が時折、ブリッチの上にも舞い込んでくる。ロクはその突風で種が落ちないよう、優しく手の平を丸くした。するとロクはゆっくりと種を手で包み込むと、胸の近くまで引き寄せて目を閉じた。
「なつみ・・・あいつ銃弾の代わりにこんな所に・・・こいつにはあいつの夢が・・・」
改めて街をもう一度見渡すロク。
「もう戻れないんだな・・・?」
街に別れを告げるロク。レヴィアはゆっくりと海岸線に進路を取る。その時だった・・・
その砂浜には女性と数名の子供たちが、浜辺で波に戯れているのが遠くに見える。空にはたくさんの海猫。砂浜の手前には緑が溢れ、所々花も咲き誇って海岸をどこまでも覆い尽くしている。
『これが草原って奴か・・・?』ロクはひとり目を細めた。
女性はその子供たちの母親らしく、自ら海に膝まで入り子供たちに海水を手ですくい浴びせている。子供たちも大声をあげその母親に応戦して海水をすくっていた。
ロクの目が波の反射光に慣れてくると、その女性が母親になったなつみの姿と気付く。なつみはレヴィアの走行音に気づいたのか、子供たちとの水遊びを止めレヴィアの方を向いた。するとなつみは艦橋上のロクに気付き、ロクに向かって笑顔で敬礼した。
『行ってらっしゃい・・・』
遠くて声など聞こえない。だがなつみの口元は確かにそう言っている。初めて見る母親のなつみの姿。懐かしくもあり新鮮だった。
ロクの目にしか入らないなつみたちの姿と緑の風景。レヴィアが舞い上げる強風が緑の砂浜に渡り、砂浜を咲き誇る花びらを踊らせ、なつみたちの頭上を雨のように降り注ぐ。
それはロクたちの足元で眠る、無数のドクロたちがこんな風景を見せたのかもしれない。
ロクはいつの間にか大粒の涙を流し、なつみたちを見つめ続ける。
「行ってくるよ・・・そしてこいつを蒔いてくる・・・そしていつもお前を想って生きる・・・」
種を胸ポケットに入れたロクは、ゆっくりとなつみに敬礼を返す。
ここにある記録やデータに、ロクとその仲間たちが
どこに行ったのかは、記録には残ってはいない・・・
ロクたちが大陸に渡ったという者もいれば
ロクたちが通った箇所は、草木が生えたという者もいた。
街にロクの姿が消え、幾年も月日が流れた・・・
しかし、街の者たちは語り続ける・・・
『暗雲が空を立ち込め、
強風が砂を舞い上げ街を走る時・・・
“疾風のロク”が街に戻っているのだと・・・』
ロクは艦橋の上で涙を拭うと、レヴィアの進行方向を見た。
雨があがり、南の空は雲の間から太陽の光がこぼれ落ちている。
その荒野には大きな虹が掛かっている。
ロクはその虹を見つめ涙を拭くと、再び天を見上げ微笑んだ。
「さぁーて・・・・・・・・・行きますか!?」
完
この作品を22才の若さで不慮の事故でこの世を去った
親友であり、天才ギタリストの津島実に・・・
そしてこの物語の舞台となり、3月11日の震災で
多賀城市内で亡くなられた、たくさんの知人、友人たちに捧げます。
頑張れ!宮城!福島!岩手!