その11 時代の夜明け
街ではある噂が流れていた。最後の四天王のロクが街を去ると言う噂だった。ある者は守護神が居なくなると嘆き。ある者はミュウと噂されるロクが出ていくと安心した者。ロクを悪魔と罵り、新しいジプシャンの誕生と騒ぐ者まで出てきた。不安が不安を呼び、遂にその日はやって来る。
自分の個室で荷物をまとめるロク。個人の持ち物はP7と共に沈んでしまい、荷物らしい荷物はなかった。そこにロクの部屋をノックする音が聞こえる。
「どうぞ!」ロクは荷物をまとめながらドアの方に叫ぶ。入ってきたのは顔に包帯をしたボブの姿だった。
「どうしたボブ?怪我はもういいのか?」ドアに黙って立ち尽くすボブを察するロク。
「高橋技師長が呼んでます!」と不機嫌そうなボブ。
「そうか・・・後で顔出すと伝えてくれ!」坦々と答えるロク。
「どうしても行くんですか!?ロクさん!?」
「俺を連れてけっ!なんて言うなよ!お前はここには必要だ・・・」と荷物をまとめながらボブに釘を差すロク。
「兄だと思ってました・・・本当の・・・」
「俺もだよ・・・ボブ・・・だから連れて行けねぇ・・・陽を頼むぞ!?」とロク。
「俺もロクさんと行きたいです!」
「ああ・・・司令には宜しくと伝えてくれ・・・最後に顔を合わすと辛くなりそうだ・・・」ボブの言葉を無視するロク。
「ロクさん人の話を・・・!」
「陽にはお前みたいに賢い戦略家が必要だ・・・それと・・・」何か言いかけるロク。
「それと・・・?」
「まあいいや・・・陽を頼むぞ!ああ見えてカヨワイ女というのを忘れんなよ!」
「ロクさん・・・」
「さて・・・この部屋ともおさらばか・・・10年はここ使ってたな・・・?思い出の品々も海に沈んじまったしな・・・」何もない部屋の隅々まで見渡すロク。暫くドアに立ち尽くすロク。
「みんな・・・行ってくるな・・・」
ボブの肩に手を掛けると、ロクは早々に部屋を後にする。
ロクがSC整備室入ってくる。薄暗くなった整備室の一角に高橋の姿があった。
「街を出て行くのか?」
挨拶を飛ばし、高橋はいきなりロクに問う。高橋はシートの掛かった車輌のボンネットに寄り掛かり、腕を組んでロクを待っていた。
「は、はい・・・何か私に用でしたか?」ロクは恐る恐る高橋に近寄ってみる。
高橋は薄笑みを浮かべながら寄り掛かった車輌を離れ、そのシートを外し始めた。足も悪く、不器用な高橋に見兼ねロクも手伝う。
そこに現れたのはまだ塗装前のジャガーの姿だった。形こそやや違えど、また新たなジャガータイプだった。ロクは口を開け驚く。
「ぎ、技師長・・・?これは?」ロクは高橋の顔を見つめる。
「ジャガーアーカイブス・・・まあ塗装と名前はお前の好きなようにしろよ。」
「ジャガー・・・アー・・・?えっ?」聞き慣れない言葉に戸惑うロク。
「歴代のジャガーの良いとこを集結させたまだ試作車輌だ・・・スピードもパワーも歴代のジャガーを凌駕する。ストームに次ぐ俺様の最高傑作だぞ!SC乗りがSCがないじゃ困るだろ?俺の手土産だ持っていけ!ああ、エンジンの慣らしはちゃんとしろよ!それと足回りとな!」
「技師長・・・」
「設計図は中に入れておいた。当然エアーブースターやガトリングバルカン、まだまだたくさんカスタマイズ出来るタイプだ・・・既にパーツ等はレヴィアには積むようにスミに指示した・・・まあ、お前もなつみもいなくなって、叱る奴がいなくなるのはちょっと寂しいがな・・・」ふと見せる高橋の寂しげな表情。
「一緒には行ってくれないんですかね~?」ロクは惚けた振りで高橋に語る。
「あっ?ああ、俺か?・・・そうだな。まだこの街には俺みたいなおっさんでもまだ居るとこがあるんだよ。もう若い連中と冒険する歳じゃねぇしな・・・」
「技師長・・・」
「それに、なんだ・・・お前にはお前の仲間がいるじゃねえか?そいつらと行くんだな・・・」
「高橋技師長・・・」
「そうだ!スミを連れて行ってはくれないか?あいつはここしか知らんしな。メカニックの腕はなつみ以上だ!これからは必ずお前の役に立つだろう!本人もお前が言う未来って言うのを見たいそうだ!」
「は、はい・・・」
「ほら!早く乗って行きな!みんな上で待ってるんだろ?」
「は、はい・・・」
ロクは新型のジャガーに乗り込むと、荷物を助手席に置き、機器類を暫く眺めた。すると恐る恐るエンジンキーを回す。野獣の雄叫びのような爆音が整備室に響き渡った。
「す、凄い・・・本物の獣が吠えてるようだ・・・」
エンジン音がロクの好奇心を揺さぶる。ロクはまた子供の顔に戻っていた。ロクは運転席側の窓ガラスを開けると、上半身を外に乗り出した。
「技師長!?こいつきっと良い子だね?」
「ふふっ、だろっ?」苦笑いする高橋。高橋はロクが機械類に話し掛けるロクの奇妙な言動には慣れなかった。
「問題は足回りですね?これだけはちょっと走ってみないとわからないですから・・・」ロクは頬をかいて照れてみせた。
「お前・・・俺をおちょくってのか?」珍しく凄む高橋。
「へっ・・・」
「俺の作品にケチ付けるんじゃないよ!こいつはな・・・完全で完璧なんだ!」
「へいへい・・・」
こういう高橋はタチが悪い・・・自分の作ったマシーンを語り始めると長くなる。そう思ったロクはこれ以上、高橋を刺激しなかった。そうこうしているうちに、エレベーターシャフトの扉が開く。高橋が気を効かせて呼んでいたようだ。ロクはなんだかここを早く追い出されるようで、ちょっとムッとしている。だが上でみんなが自分を待っているのは確かだった。
ロクは渋々とジャガーを進めると、シャフト内に入る。
「技師長!?あの・・・」
ロクは運転席から後ろの高橋に何か伝えようとするが、高橋はジャガーが入るのを確認すると、シャフトの扉を閉め始めた。すると高橋はロクに向かって敬礼する。
「さらばだロク・・・」
ロクも後ろ向きに敬礼をするがぎこちない格好となる。そうこうしているとシャフトの扉が降りてきて、互いの姿が見えなくなって行く。
「おやじ!ありがとな・・・」
ロクは最後、いつもの親しい仲の呼び名で車中から高橋に挨拶した。しかしエレベーターシャフトの音で掻き消され高橋の耳には届かない。
『第六ポリスの拳銃を六個持つ男、ロク・・・6・6・6か・・・ふふふ!新約聖書のヨハネの黙示録では、獣の数字と恐れられ、ラテン語では神の子の代理・・・悪魔の再来か・・・?それとも・・・?』
バックミラー越しに目が合う二人。
『2013年・・・マヤの予言では、2012年に一度滅んだ人類はこの年、新しいスタートを切ると言う・・・新人類が生まれ、新しい太陽の時代が来ると言われている。地上の神、ジャガーを率いてな・・・太陽と獣・・・この予言はひょっとしたらお前ら、ロクと陽の事かもしれないな?先日の金環日蝕も偶然とは思えん・・・』
目には涙が溢れる高橋。
『新しい時代が来る・・・新しい時代が・・・さらば・・・ロク・・・さらばだ・・・息子よ・・・』
高橋はエレベーターシャフト内に消えて行くロクの姿に心で語る。すると高橋は首に掛かったペンダントを胸元から取り出すと、ハート形のペンダントの中を割って開いた。そこには若き頃の高橋と、笑顔の女性の姿の写真が組み込まれている。その女性の面影はロクが高田から渡された、女性の生きていた頃の写真だった。
『そう言えば、あの日も金環日蝕だったか・・・?そうだったよな?太陽の子か・・・?マヤ文明も皆既日食があった年に滅んだとい言う・・・まさかな・・・?』
高橋はその写真を見て涙を拭った。