その9 誰かが待つ未来
ロクがある地下の暗い廊下に座り込んでいる。散々泣いた後なのか目が赤く充血している。ロクは一点を見つめ動こうとはしない。そこへ廊下を歩いてくる足音だけが響いて来る。足音の主は高田だった。高田はロクのすぐそばに立つと、自分もしゃがんでみせた。
「ロク・・・どうするの・・・?」
唐突な高田の質問にもロクは微動だにせず、下を向いたままだった。
「ど、どうするって・・・?」
「気にしなくいいわ・・・あれはなつみじゃないもの・・・」
高田の放った“なつみ”の言葉に、ロクは下から高田を睨み付けた。
「俺にとってはどんな形であれ、なつみはなつみなんです!!なつみそのモノなんです!!俺には・・・俺の手であいつを葬るなんて・・・あのままなつみを生かして下さい!!」
「生かすのはあなたたちの子供よ!?なつみじゃない!それでもいいのロク!?」
「産まれてくる子供の命を奪う権利は俺にはないです・・・親が子供を殺すなんてもうたくさんなんです・・・」髪の毛に両手入れ頭を抱えるロク。
「ロク・・・それがあなたの宿命なのね?そしてそれがあなたの答えなのね?」
「俺には分からないです・・・ミュウを放置することが、この世にどんな影響があるか・・・今の世界がどうなってしまうのか・・・?未来の世界がどう変わってしまうのか?でもミュウを否定する事は自分を否定する事です!今の俺には判断出来ません!でも俺の前でなつみは俺に話し掛けてくれた・・・俺の目を見て待ってると言ってくれた・・・だから俺はその先で待ってみたいんです・・・なつみがいる未来で・・・」再び涙を溢すロク。
「うん・・・分かったわ!なら私が責任を持ってこの子を育てるわ・・・そしてその先の未来とやらに連れて行く・・・それでいいのね?」
「頼みます先生・・・」
「初めてじゃない?先生って呼んでくれたの?」高田は笑顔でロクに答えた。
「そうでしたっけ??」
「やっとあんたの本音を聞けたような気がするわ・・・四天王のロクの本音をね・・・」
「先生・・・」
夜のポリスの共同墓地。誰も人気のない墓地の片隅に1メートル程のある石碑が建てられてる。薄暗い中、ロクがその石碑の前に一人立ち尽くしていた。石碑には『プロジェクトソルジャー慰霊碑』と刻まれている。ロクはその石碑にひとり語り始める。
「俺はどうしたらいいんだ?この街にいていいのか?」
そのロクの奇妙な光景は、暫く続いたという。
そしてある日の夕方。今日も石碑に語るロクの姿があった。
「どうしていつも石とお話してるの・・・?」ロクの背中に問いかける少女がいた。ロクがおもむろに振り返ると、そこには直美の妹の雨音が心配そうに立っている。
「お、お前は・・・?直美の・・・?」
「その石はお話が出来るの・・・?」不思議そうに石を見つめる雨音。
「こ、これかい?ああ、死んだ人とね・・・」苦し紛れのロク。涙を必死に拭いさる。
「そうか・・・じゃあ雨音はお父さんとお話する!!」
雨音はそう言うと石碑の前に近寄り手を合わせてお祈りをする。
「な、何をお祈りするんだい?」ロクが雨音に近寄る。
「うん!早く戦争が終わるようにってお父さんに話したよ!」
「戦争か・・・そうだな・・・」
「ロクはこの戦いが終わったらどうするの?」雨音はロクに向かって問い掛けた。
「終わったらって・・・?前も誰かに同じ事聞かれたけど・・・考えてないんだよ・・・」雨音の唐突なセリフに答えが見つからないロク。
「だって、この戦争が終わったら兵隊さんはいらなくなるでしょ?」
「うーん・・・そうだな・・・」
「なら、もうロクが拳銃を持たなくなったっていいんだよ!」
「そうか・・・そんな時代が来るんだなぁ・・・あいつが願っていたそんな時代が・・・」
純真無垢な雨音の瞳に何か心を見透かされたロクは、照れたように明日の高い空を見つめた。
ある夜、ポリスの塀の上。ロクはやはりひとりで海を見つめていた。塀は所々崩れ、爆撃や津波の傷跡が生々しく月明かりに照らされている。
「この間から比べたら顔つきが全然違うわね!?」
「先生・・・」
そんなロクに背後から声を掛けたのは高田だった。
「ロクはこの街では終わらない・・・行くんでしょ?どこか知らないけど・・・?」
「ここには辛い思い出だけが残りました・・・少し距離を取りたいんです・・・」
「餞別よ!」
高田は大きな箱形のボックスをロクに手渡す。
「これは・・・?」ロクは恐る恐るそのボックスを受けとる。
「ミュウの覚醒を押さえるワクチン。前司令が投与してた物よ。」
「司令が・・・?」
「打たなければミュウ覚醒はする。でも体にも影響する・・・矛盾してるわね。まだまだ未完成品だけどね・・・」
「ふっ・・・そんな欠陥品を・・・俺にですか・・?」ロクは苦笑いしてみせた。
「少なくとも前司令は29までは生きたわ・・・行くんでしょ!?なつみが待つ未来へ・・・?」
「はい・・・」
「自分の未来は、自分で決めなさい・・・ロク!」
ロクの背中を叩いてみせる高田。ロクの顔にこないだまでの迷いはなかった。