その4 子供戦争
東の海が明るくなってきた。空は昨日に引き続き低い雲で覆われている。P6の街は所々煙が出ているが特に大きな動きはなかった。街を覆う外壁が所々壊れ、外から砂煙が街に押し寄せている。すると地下にいたジプシーたちは、次々に街に現れ始める。P6の全てが破壊された訳ではなかった。
ある北地区の非常階段からP6の指令室のメンバーが出てきた。弘士を中心に、曽根、柳沢、我妻、松井、ルナ、東海林などが出てくる。中には負傷した者までいた。
「街のジプシーたちの手当てが優先だ!街の被害のない所に野戦病院を設置!地下にいる者は全て地上に集めろ!近くにまだ敵の陸戦兵はいるぞ!!」弘士が各員に指示を飛ばした。
「はい!」動ける者は街の各箇所に散らばって行く。
「ふー!またゼロから始めるか・・・?」街の惨状を見ていた弘士は東の空を見つめた。
「良かったな!また始めれて!」
突然の声。弘士は声の方向に咄嗟に左手で拳銃を構えて振り返る。そこには瓦礫の建物に腰かける、ロクの姿があった。
「ロク!?生きていたのか!?」弘士は拳銃を降ろしロクに近寄った。
「ああ・・・なんとかな・・・こっちはどうなんだ?」ロクはなぜかよそよそしい。
「地下の者はなんとかみんな無事だった・・・ジプシーにたくさんの犠牲が出た・・・そっちは?」と弘士。
「そうか・・・バズー、陽、そして・・・ダブル・・・みんな死んだ・・・ジプシャンの総帥もな・・・」悲しみのロク。
「そうか・・・倒したか・・・?」
「あんたの妹だったんだろ!?」ロクが感情的に叫ぶ。
「だ、誰がそれを?」動揺する弘士。
「親父さんが最後教えてくれた・・・この世の全てをな・・・ミュウの事までな・・・」
「そうか・・・じいちゃんが・・・」弘士は空を見上げた。
無言が続く二人。よく見ると近くの瓦礫には、たくさんの少年兵の遺体が無惨にも横たわっている。歳は十歳にも満たない兵ばかりが、自分の身長と同じくらいのライフルを持ったまま死んでいるのをロクは目の当たりにする。中には仲間だったのか、動かなくなった遺体の前で泣き叫ぶ子供までいる。
「こんな子供たちまで・・・」
「ああ・・・ポリスやジプシーで編成された予備兵たちだ・・・」
「ここに来るまでたくさんの子供たちの遺体を見た・・・ジプシャン兵のな・・・」
回想。静かになった荒野の戦場。敵艦から辛うじて脱出したロクは朦朧となって街に向かって歩き出していた。そのロクの目に飛び込んできたものは、たくさんのジプシャンの幼い兵士ばかりだった。ある者は車内で撃たれたまま息絶えた者。ある者は荒野に投げ出され、両足が無くなり既にハエが取り付いている者。ある者は人の原型すらなく無惨に果てた者。
ロクはその中を涙を流しながら街を目指して歩いていた。
「そうか・・・」
「この戦争は子供同士が戦っていたのか・・・?」ロクは声を押し殺して問う。
「仕方ない・・・生き残る為だ。」
「俺たちが生き残ったって、子供たちが・・・あの子供たちが居なければ未来なんてないじゃないか・・・!?」
「ロク・・・」
「あんたは全て知っていたのか!?監視まで俺たちに付けて・・・仲間だと思っていた!?ずっと信じていたんだ!」
「そう言うな・・・俺も同じ一人だ・・・」弘士も瓦礫の中に腰を降ろし始める。
「どういう事だ!?」
「ジプシャン討伐・・・ミュウ討伐の指揮をしているポリスのトップがミュウであって、ジプシャンの総帥の兄・・・全く馬鹿げた話だな・・・父は俺を捨てたんだ!復讐して何が悪い!?」
「実の親子じゃないか?しかも総帥やタケシはあんたの兄弟だろ?」
「みんなコントロールされたんだよ!あの人にな・・・」
「親父さんにか!?」ロクは驚いた。
「ミュウは短命で死す・・・当時、街で被爆した者を除いて、2世
以降のミュウが30年生きた記録はない・・・俺は今年で28だ・・・ここに居なかったら既に死んでいただろう・・・俺は自分自身ミュウに覚醒しない為、あらゆるポリスの人体実験に協力した・・・」
「あんたが・・・自ら・・・?」
「ホルモンを操作し、毎日のように薬物を投与してきた・・・あの地下室でな・・・」
「そんな芸が出来るのか!?それで何人が救えたんだ?」
「誰も救えんよ・・・だがポリスが生きる為だ・・・しかしもう俺の体も限界のようだ・・・」
「限界?」
「ああ、自らモルモットとして、無理にミュウをコントロールしようとしたからな・・・その付けが体に回った・・・余命は半年・・・高田に宣告されていた。」弘士は寂しそうに空を見上げる。
「余命半年だと!?」ロクは唖然となる。
「だがこれで俺の役割は終わった・・・」と弘士。
「俺たちはどうするんだ!?生き残ったプロジェクトソルジャーは?他に地下にミュウはいるだろうが!?」
「もうプロジェクトソルジャーもお前しかいまい・・・今回の闘いでみんな死んだ・・・」
「俺も殺すのか・・・?なつみのように・・・?」ロクは立ち上がり拳銃を弘士に向けた。
「何だと!?」弘士も驚き立ち上がる。
「親父さんは死ぬ前に言った・・・自分がなつみを殺したと・・・だが俺は信じていない!あの優しかった親父さんが人を殺すとは思えん!」
「なぜ俺がなつみを・・・?」
「なつみの遺体を調べたんだ。銃弾は左背中から入り胸の中央を貫通している。心臓を狙ったが肺を貫通。貫通した高さはほぼ同じ。これは撃った犯人が左利きという事。そして高さはこの撃った者は拳銃の扱いに不馴れな事を示している。親父さんは右利きだ。しかも拳銃の扱いは慣れてる。親父さんではない。親父さんは誰かを庇った・・・?司令は左効きですよね?」
「馬鹿な!俺はあの時、指令室で指揮を・・・」弘士は弁明する。
「確かにあの時、司令は地下三階にはいなかった。居たのは親父さんと曽根参謀・・・しかも第一級戦闘配備・・・地下三階以下の核施設は隔離され誰も出れないし入れない・・・」
「そうだ!行き来は出来ん!」
「だが第一級戦闘配備でも、あんただけはマスターキーで出入り出来る。なんせここの司令官だからな・・・?」
「確かにそれは・・・」
「松井が一時だけ司令が席を外し、指揮系統が乱れた時間があったという・・・」
「確かに席は外れた・・・あの時は指令室の周りを警戒しただけだ!」
「ダブルが死ぬ間際に言った・・・あの時、地下三階から指令室に戻るあんたを見たと・・・拳銃を隠し慌て走ってたあんたをだ!」
「だ、だがなぜそれが俺がなつみを殺す理由になる?」
「それは流石に朝まで悩んださ・・・だが分かったんだ・・・俺を覚醒させたかった・・・だろ?」弘士の目を見つめるロク。
「な・・・?」言葉に詰まる弘士。
「これは俺の仮説だ・・・ミュウの遺伝子を持つ者が覚醒するのは何かきっかけがある。ミュウは何か窮地に追い込めば、進化しようとする力が働く。そして覚醒する・・・だから俺を追い込めば、俺の大事な者を奪えば・・・拳銃を撃てない戦場で役に立たない俺が覚醒すると思った・・・?違うかい?」
「ふふふ、信憑性に欠けるな・・・だが昔からお前に嘘は付けないようだ・・・しかも相変わらず勘が鋭い・・・俺の瞳孔を見て俺を試したな!?そうだなつみを撃ったのはこの俺だ!」
「な、なぜなつみを・・・?なぜだ・・・?」
「確かにお前が変わってくれると信じていた!最強のミュウにな!」
「なつみまで巻き込む必要があったのか!?」
「お前がなつみを抱いた。ミュウの子を身籠った女は、持ってどうせ2年だぞ!なつみもそれを知っていた・・・」
「2年あれば人の幸せなんて十分に与えられた!なのにそれを・・・」ロクは弘士に拳銃を向ける。
「もう人じゃないんだ!!」投げ捨てるような弘士の言葉。
「なっ・・・にっ・・・!?」唇を噛み締めるロク。
「人間はな・・・極限に追い込まれると、鬼にも化け物にも変わる!それがこの戦争さ!それがお前が守ろうとした人間の本当の姿さ!だがミュウは違う!純粋に防衛本能を発達させ生き残ろうと進化を続ける!他人を傷つける事なく、自分達だけが進化していくのだ!どちらが未来のこの星に生き残るのに相応しいか?」
「だからって過去を消し去るのか!?」ロクは憤慨した。
「死龍の最後を見たか?覚醒したミュウは従順でああまで変わるのだ!」
「確かに最後の死龍の働きは見違えたほど変わった・・・覚醒したミュウは人をも凌駕する・・・だからって人を犠牲にしていいのか・・・?」
「お前はプロジェクトソルジャー至上、特別なソルジャーなんだ!だからこそ覚醒させなければならなかった!」
「俺が特別だと!?どういう事だ!?」顔色が変わるロク。
「お前もあの研究室から産まれたんだ。しかも既に死んだ母親からな!」
「う、嘘だ!親父さんの話では俺は郊外で拾われたと・・・」
「違う!それはじいちゃんの作り話だ・・・お前はあのなつみと同じ水槽から産まれたんだ・・・いち細胞からな・・・」
「嘘だ・・・嘘だ・・・」動揺するロク。
「他の連中と違って、能力も知能も桁が違っていた・・・なんせ母親を犠牲にして産まれたのだからな・・・母親の肉体を蝕み産まれたんだぞ!ここの研究者たちが毎日胸踊っていたのをよく覚えているぞ。」
「嘘だ・・・そんなの嘘だ!」
「ちゃんと父親に許可を取ったさ・・・そうだよ!俺もお前も同じように父親に捨てられたんだ!」
「父親が・・・俺の父親がまだ生きているのか!?」
「ああ、まだこの街にいる・・・」
「俺は・・・俺は・・・何の為にこの世に生まれたんだ!!」
「意味なんてないさ・・・俺たちはすぐ滅びてしまうんだからな!次の世代の掛け渡しでしかないのだ・・・」
「こんな宿命なら・・・俺が終わらせてやる!」拳銃を弘士に構えるロク。
「俺を撃つのか?ロク!撃ちたきゃ撃てよ!」弘士もロクに拳銃を構えた。
「うおぉぉぉー!!」ロクが両手で拳銃を構えた。