第26話 何の封筒だよ
風呂を出たあと、三人は街の外れにある展望路へ。
遥か高所から見下ろす辺獄は、中心には辺獄大決戦場が鎮座し、そして横へ横へどこまでも無限に街が広がってる、悪趣味な大都市のような構造をしている。
「……、改めて見るとでけえ。これ全部が辺獄?」
「地上部分は、ですねえ」
ロンジはディーゼを見る。
「昨日も言ってたな、その地上部分ってやつ」
「はい。辺獄の地下には巨大な迷宮が広がっていますので」
「どれくらいでかいの?」
「正確な大きさは誰も知りません」
「観光案内で一番聞きたくない答え来たな!」
ディーゼによれば、辺獄が作られる以前から存在していたという説もあれば、地獄側の構造が長い年月をかけて侵食してきたとも言われているらしい。昔の神殿や監獄、処刑場地下水路の他戦争で埋められた区画まで、何千年分もの構造が重なっている。
「階層によっては地図も役に立ちません。通路が繋がり変わる場所もありますし、長く放置された区域には何が住んでるか分からない。一種のダンジョンですねえ」
「いや待て待て。何でそんなのの真上に普通に街作ってんだよ!」
マヨイエルが苦笑する。
「地下は広すぎますから……迷ったら本当に帰ってこられない場所もあるって聞きます」
「観光地として急に殺意高くなったな」
「地下にも住人はいますよお」
ディーゼが指折り数える。
「迷宮探索を仕事にしてる者もいれば、地上へ出られない者とか、奴隷市場や処刑場に地下闘技場なんかもあります」
「治安が終わってる~♪」
ロンジは眼下の賑やかな街へ視線を戻した。
その真下に、全容すら分からない巨大迷宮が眠っている。
昨日までなら、たぶん「面白そうじゃん」で済ませていた。
けれど今は、自分だけが天使と悪魔の安全装置から外れていると知ったばかりだ。好奇心より先に、妙な警戒心が湧いてくる。
「……さっきの話、覚えておいてくださいね」
「……俺だけ普通に殺されるってやつ?」
「それもです。天使だから味方、とは限らないという話ですよお」
ロンジの表情がひくついた。
「……、何かあるの?」
「特には」
「絶対なんかある奴の返しだろ!」
「例えばの話です。天使上層部の中に、悪魔が勝った方が都合のいい方がいたとしても、不思議ではないでしょう?」
「何でだよ。悪魔が勝ったら世界の主導権取られるんだろ?」
「世界が変わるからですよ。神様が死んで、天界の権力構造も崩れかけてる。代理戦争の結果次第で、今まで持っていた地位を失う方もいれば、逆に得をする方もいる。全員が世界を救う、という考えだけで動いてると思わない方がいいです」
「……、裏切り者がいるってこと?」
「言ってませんよお」
「かなり近いとこまで言ったよね!?」
マヨイエルが慌てて会話へ入った。
「だ、大丈夫です! ロンジくんは私たちが守りますから!」
「気持ちは嬉しいけど、昨日メフィスト見た時かなり青かったぞ」
「でも頑張ります!」
「……、うん。そこは本当に頼む」
最後だけロンジが真面目に言うと、マヨイエルもきちんと頷いた。
その横でディーゼは軽く笑っていたが、時折、通路や背後へ注意を向けている。
誰かに聞かれていないか。
誰かがついてきていないか。
そんな確認をしているように見えて、ロンジはさっきの話を冗談だけでは聞けなくなった。
:
夕方、三人は宿へ戻る前に小さな食堂へ入った。入口には、
『本日休業予定でしたが世界が滅ぶかもしれないので営業します』
と書かれている。
「休むのか働くのか、どっちなんだよ」
「辺獄ではよくあることです」
「そんな日常あってたまるか」
料理はかなり美味かった。
マヨイエルは甘い菓子を気に入り、結局三つまで食べた。
「お前、意外と食うな」
「今日はいっぱい歩きましたから!」
「天使も太るの?」
ディーゼが横から口を挟んだ。
「先輩、昔ちょっと丸かった時期ありますよねえ」
「ディーゼちゃん!」
「写真ありますよ。ロンジさん見ます?」
「それは見たい」
「ロンジくんまで乗らないでください!」
三人で、久しぶりに普通に笑った。昨日、世界の命運を賭けて一人の人間が死んだ。
これからも誰かが戦って、死ぬ。
それでも腹は減るし、風呂にも入るし、くだらないことで笑う。ロンジはその時間を、自分でも意外なくらい心地よく感じていた。
「……、死にたくねえな」
気づけば、そんな言葉が漏れた。
「何か言いました?」
マヨイエルに聞き返され、ロンジは一瞬迷う。
「いや。この肉うまいなって」
「本当ですね。何のお肉でしょう?」
ディーゼが店員の方を見た。
「それ、聞かない方がいいと思いますよお」
ロンジの箸が止まる。
「……、何で?」
「知らない方が幸せなこともありますから」
「食ってる途中でその理論出すなよ!」
マヨイエルまで自分の皿を見始める。
「ディーゼちゃん、何のお肉なの?」
「私は知りませんよお」
「知らないのに怖がらせたの!?」
そんな調子で食事を終えた。
:
その夜三人が宿へ戻ると、受付に白い封筒が一通置かれていた。
「ディーゼ様宛です」
宿の者から受け取ったディーゼは、封蝋に刻まれた紋章を確認したところで口を閉じた。
「……、何それ」
「《《天界戒律院》》からですよお」
「さっき〝天使だから味方とは限らない〟って話した日に届く郵便として、嫌な予感しかしないんだけど」
「かなり上の組織からの正式な文書です」
「はい、さらに嫌になった」
ディーゼは封筒をすぐには開けず、差出人を確かめるように封蝋へ指を添えた。
「……何かやばいのか?」
「開けてみないと分かりません」
「今日それ系の答え多くない? 地下は何がいるか分かりません、天使も味方か分かりません、最後は手紙の中身も分かりませんって、ずっと不安だけ増えてるぞ俺」
「よく喋りますねえ」
「怖い時ほど口動くんだよ!」
マヨイエルが心配そうに二人を見る。
「何かあったら、私も一緒に行きますから」
「ありがたいけど、一緒に怒られに行く人数を増やす方向じゃなくて守ってくれ」
ディーゼは封筒を持ったまま階段へ向かった。
「部屋で読みます。内容次第では明日の予定、変わるかもしれませんねえ」
「辺獄観光の次が査問会とかやめろよ。前のムリエルがいた会議とかもやばかったんだからな俺。難易度の上がり方がおかしいだろ」
ディーゼは肩越しに軽く手を振り、そのまま二階へ上がっていった。




