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第17話 悪魔と悪人



 試合開始を告げる鐘と、銃声がほとんど同時に響いた。




「は?」



 ロンジが声を漏らした時には、乱子はすでに撃ち終えている。


 様子見もなければ、相手の出方を待つつもりもない。開幕と同時に<絶対銃>を持ち上げ、狙ったのは真正面――メフィストフェレスの眉間。


 殺せるなら、最初の一発で殺す。乱子にとっては、それだけの話らしかった。



「いや早い早い! 開始一秒で殺しにいく奴ある!?」


 ロンジのツッコミを置き去りに、弾丸は真っすぐメフィストへ迫る……迫(・)る(・)ほ(・)ど(・)の(・)猶(・)予(・)が(・)な(・)ぜ(・)か(・)存(・)在(・)し(・)て(・)い(・)た(・)。

顔面まであと数センチというところで、その速度が目に見えて落ちたのだ。


 回転が鈍り、勢いをなくし、まるで見えない手で摘ままれたように空中で止まる。



 カラん、と乾いた音を立てて床へ落ちた。




「……、」




 乱子は落ちた弾丸と手元の銃を見比べた。驚いてはいる。けれど、怖がってはいない。


 メフィストに至っては、瞬き一つしていなかった。



「随分とせっかちなお嬢さんですね」

「当たると思った」

「でしょうな。だからこそ、一つ約束を追加させていただきました」


 メフィストが杖の石突きを床へ落とす。


 コツ……と小さな音が鳴った直後、持ち手の下に並んでいた五つの輪のうち、一番上が砕け散った。


 黒い破片は宙へ舞い、そのまま文字へ変わる。




【第一条】

【我へ向けて放たれた物体は、その運動を失う】




 一瞬遅れて、悪魔側の観客席が沸いた。



「銃使いにこれは終わった!」


           「一発も届かねえぞ!」


「人間ちゃん、初手で詰みじゃねえかァ!」






 ロンジも頭上の条文を読んで、思わず顔をしかめた。


「……、あれがメフィストの権能……攻撃を、完全に封じられたってことか?」

「まだですよお」


 ディーゼが間髪入れずに返す。


「まだって、銃弾が相手に向かった時点で止められるんだろ?」


 ディーゼは、空中に浮かぶ条文を指でなぞるように眺めた。


「ロンジさんに分かりやすく言いますと。条文っていうのはですねえ、融通が利かないんですよ。〝書いてあることしかできない〟んです」


「……、ああ?」


 ロンジがもう一度文字を見る。

 我(・)へ(・)向(・)け(・)て(・)放(・)た(・)れ(・)た(・)物(・)体(・)。




:




 そして決戦場中央では、メフィストが帽子を取り、乱子へ優雅に一礼する。


「第一問です」


 いかにも教師が生徒へ問題を出すような声音だった。


「さて。銃弾が私へ届かないのなら、あなたはどうします?」


 乱子は答えなかった。

 <絶対銃>を一度見て、メフィストへ視線を戻す。それから目だけを動かし、あたりをゆっくりと……見渡した。

 赤い瞳の奥で、黒い射線が増えていく。


 真正面からでは届かない。

 なら、真正面から撃たなければいい。


「……、」


 乱子の口元が、少しだけ楽しそうに緩んだ。


「なるほどね」


 二発目。

 今度の銃口は、メフィストを向いていなかった。


「床!?」


 ロンジが身を乗り出す。


 弾丸は灰白色の地面へ叩き込まれ、鋭い角度で跳ね上がった。そのまま側壁へ飛び、さらにもう一度反射する。


 最初からメフィストへ向けて撃った弾ではない。

 床へ撃ち、壁へ運び、そこで初めて標的へ向かわせる。

 二度の跳弾を経た弾丸が、メフィストの死角から側頭部へ食らいついた。



 ここで初めて。


 メフィストの視線が、乱子から外れた。




「――ほう」


 ほんのわずかに顎を引く。

 次の瞬間、黒いシルクハットの縁が弾け飛んだ。一拍遅れて、闘技場全体から大きなどよめきが起こる。



「当たった……!!!」


 マヨイエルが思わず前のめりになる。


「帽子ですけどねえ」

「十分だろ! 今の条文、もう抜けられたじゃん!」


 ロンジは改めて第一条を見る。


【我へ向けて放たれた物体は、その運動を失う】


 ならば、最初から〝我へ向けて〟放たなければいい。


 理屈だけなら単純だ。床へ撃って、壁へ当てて、最後に標的へ飛ばす。


 ただし、そ(・)れ(・)を(・)銃(・)弾(・)で(・)や(・)れ(・)る(・)な(・)ら(・)、の話だった。


「……、こいつ、条文見てから何秒も経ってないよな?」


「乱子さんですからねえ」


 ディーゼはさも当然のように答える。


「角度、反動、空気の抵抗に跳弾後の軌道。乱子さんにとっては、全部計算出来るものなんですよお。床も壁も障害物じゃありません。弾を目的地まで運ぶための道です」

「世界を巨大なビリヤード台みたいに見るなよ……」



 ロンジにはそう言うしかなかった。

 だが、乱子本人は、自分がとんでもないことをしたという顔をしていない。


 むしろ新しい遊び方を見つけた時の子供みたいに、次の射線を探している。


 一方、メフィストは欠けた帽子の縁へ指を添えた。




「素晴らしい」



 乱子が首を傾げる。


「当たったのに?」

「だからこそですよ」


 メフィストは帽子を被り直し、杖を足先へ預けた。


「規則を聞き、その穴を探し自分に都合よく利用する。禁止されていないのなら、何をしても構わないと考える」



 楽しそうに笑う。


「……実に人間らしい」



「でも私、別にルール破ってないよ?」

「ええ。そこがいい」


 メフィストの声には、さっきまでより明らかな熱が混じっていた。


「私は規則を破る者より、規則を守りながら悪事を働く者の方が、ずっと好きなのですよ」


「うわ……」


 ロンジは思いきり嫌そうな顔をした。


「こいつ乱子のこと気に入り始めてねえか?」



 ディーゼは楽しそうに笑っている。

 けれど、観客席の空気はさっきまでとは確実に変わっていた。

 最初は、人間が悪魔に勝てるわけがないと笑っていた。


 次に<絶対銃>を見て驚き、神罰まで利用したことで騒ぎになった。




 そして今。

 大悪魔の『権能』が作った規則へ、人間が真正面からいきなり穴を開けた。


 悪魔がルールを作り。人間が、その隙間へ潜り込む。

 天使の身体を借りた悪人が、自分の罪を武器にして、悪魔へ食らいつこうとしている。


 冷静に考えれば、まともじゃない。どう考えても、正義の味方の戦い方ではない。


 それでも帽子が弾けた瞬間、ロンジは無意識に拳を握っていた。



「……、何なんだよ、この戦い」

正義の味方なんて、どこにもいない。


 それなのに乱子が一発返しただけで、普通に嬉しかった。



『さあァアアァ! 第一回戦、早くも大波乱だァ! 契約と規則を操る大悪魔メフィストフェレス! 対するは、己の罪を銃へ変え、神罰すら呑み込んだ人間・乱子!』



 歓声が決戦場を揺らす。

 その光景を眺めていたディーゼが、ふっと笑った。


「いいじゃないですかあ」

「……、何が?」

「ようやく、形になってきました」



 ロンジが横を見る。

 ディーゼのその凪のような瞳は、真っすぐリングへ向いていた。



「神を失った天使が、大悪魔に勝つために選んだもの」



 メフィストが杖を構える。


 その正面で、乱子も<絶対銃>を持ち上げる。



「正義でも、奇跡でもない」



 ディーゼが片手を上げた。


「悪魔――デビル」


 メフィストを指す。


 続いて、もう片方の手を乱子へ。


「対するは、悪人――エビル」



 ロンジは一瞬、何を言い出したのか分からなかった。

 ディーゼはその二本の人差し指を、目の前でゆっくり交差させる。




 出来上がったのは、十字架。


 そして――プラス。





「……、まさかお前」

「マイナスとマイナスを掛け合わせれば、答えはプラスになるじゃないですかあ」


 そこで初めて、ディーゼがロンジを見る。


 最高に得意げな顔だった。


「強大なる悪魔に対し、私が招集すべきは十五人の無比の悪辣」


 リングでは、悪魔と悪人が互いへ武器を向けている。


「善では勝てないなら、悪で勝つ」

 ディーゼは指で作った十字を掲げたまま、笑った。











「彼女たちは我々にとっての――『必(・)要(・)悪(・)』なのですっ!」







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