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第16話 神様を撃ってからが本番です




 <絶対銃>の銃口がメフィストへ向けられると、闘技場を包んでいたざわめきが少しだけ引いた。

 人間の罪が武器となり、それを握っているのは死んだ天使の肉体。



「……悪辣だ」



 どこかの天使が呟いた。


「最高じゃねえか!」


 悪魔席からは、ゲハハ……と逆に楽しげな笑い声が飛んでくる。

 そんな両陣営の反応をよそに、ディーゼだけがまだ満足していないようだった。



「まだですよお」



 ロンジが横を見る。


「……、何が?」

「《《仕上げです》》」

「仕上げ?」


 その時、乱子も何かを思い出したように「あ」と声を漏らした。


「そうだった」

「……、何がそうだった?」



 ふと。

 乱子は左手の拳銃を下ろすと、腰に提げていた小さな鞄を探り、一冊の本を取り出した。


 白革の表紙に黄金にあつらえられた縁取り。中央には神を象徴する印が刻まれている。



「……、おい。あれ」


 ロンジとほぼ同時に、マヨイエルも目をかっ開いた。


「乱子さん、どうしてあんなもの持ってるんですか!?」

「私が差し上げましたあ」


 二人の視線が一斉にディーゼへ向く。


「ちゃんと持ってきましたねえ」

「待て待て。お前、知ってたの?」

「ディーゼちゃん、何させる気なの!?」

 マヨイエルまで詰め寄るが、ディーゼは涼しい顔のままだった。


「まあまあ。見てれば分かりますよお」



『おおっと!? 天使側闘技者、ここで聖典を取り出したァ! これは試合前の祈り……でしょうか!?』



「いや、絶対違う」


 ロンジにはもう分かった。乱子は祈る顔をしていない。


 聖書をしばらく眺めたあと、何の躊躇もなく上空へ放り投げた。


「……、え?」


 マヨイエルの声が裏返る。


 宙を舞う聖書へ、乱子が<絶対銃>を向けた。





「乱子さん? ちょっと待ってください、まさか――」





 パゥンッ


 乾いた銃声が響き、聖書の中央へ穴が空いた。


 天使席が、一瞬で静まり返った。





「……、撃った」





 マヨイエルが呆然と呟く。


「撃ったな……」


 ロンジもそれしか言えなかった。

 乱子は二人の反応など気にも留めず、続けて二発撃った。金文字が弾け、背表紙が裂ける。


 そこでようやく、天使席が我に返った。




「何をしている貴様ァアアァッ!?」


         「聖典だぞォオオォ!?」


                 「やめろ! やめさせろ!!!!!」


   「神のお言葉を撃つなァアァ!」


           「冒涜にも限度というものがあるでしょうがぁああぁっ!!!」




 怒号が一斉に降ってくる。乱子はそちらを一度見ただけで、また聖典へ銃口を戻した。


 立て続けに三発。


 パンッパンンッっと頁が千切れ、白い紙片となって宙へ舞う。


「乱子さん、もうやめてくださいぃいいぃ!」

 マヨイエルも半泣きだった。


 乱子は聞く気がないらしく、最後にもう一度引き金を引いた。同時に銃声が響き、表紙の中央まで綺麗に撃ち抜かれる。

 聖典だったものは完全に崩れ、細かな紙片となって闘技場へ降り注いだ。



 乱子はその光景を見上げる。



「……、紙吹雪」

「何がだよ!」


 悪魔席は大爆笑だった。



「ぎゃはははははっ!」

        

        「天使どもの顔見ろよ!」


             「もっとやれェエ!」

    「やるなァアアァッあのアマ!!!」



『こ、これは……これはァ!? 前代未聞! 天使側闘技者が神聖なる聖典を銃撃! しかも一発ではない! 念入りに執拗に! 粉々にしているゥゥゥ――!!!!!』


「実況まで盛るな!」


 ロンジがドン引きの横で、ディーゼだけが楽しそうだった。


「いいですねえ十分な冒涜です」

「十分すぎる!」

「これくらい強い方が、よく燃えますよお」

「何が!?」


 その瞬間、空が白く染まった。

 さっきまで怒号を飛ばしていた天使たちが、一斉に黙る。

 マヨイエルの顔色も変わった。


「……、来る」

「何が」

「神罰です!」




 次の瞬間、轟音とともに巨大な白炎が天から落ち、闘技場中央の乱子を丸ごと呑み込んだ。



「乱子ォ……!?」


 ロンジが反射的に立ち上がる。

 地面が揺れ、観客席まで圧倒的な熱波が届く。思わず腕で顔を庇いながら、ロンジはディーゼへ怒鳴った。


「なつぁ……な何だよあれぇ!!?」

「<神の炎>です」

「かみの!?」

「熾天使ウリエル様の『職能』<神の炎>。特定条件下で、神への重大な冒涜を感知すると、自動で対象へ神罰を落とします」


「自動!?」


 そこまで聞いて、ロンジの頭の中で全部が繋がった。


「……、お前、最初からこれ狙いかよ!」

「そうですよお?」

「俺たちにも説明しろ!」

「説明したら止めるじゃないですかあ」


 マヨイエルも青ざめたままディーゼへ振り返る。

「ディーゼちゃん、ウリエル様の『職能』をこんな使い方するなんて聞いてないよ!!」

「聞かれませんでしたからねえ」

「そういう問題じゃないっ!」


 ディーゼは白き炎を眺めながら、さらりと言った。


「でも、ウリエル様があの戦争で生き残っていて本当に助かりました。この『職能』、だいぶ使えるので」

「大天使を設備みたいに言うな!」

「ディーゼちゃん、それ絶対本人には言わないでよ……」

「会った事ないですし」

「その顔、機会があったら絶対言う顔!」


 ロンジはすぐに炎へ視線を戻した。


「でも、これ乱子死なないのか!?」

「そのための冒涜ですよお」

「どういう意味だよ!」

「<罪具>を出すためではありません」


 ディーゼの目が決戦場を睥睨する。


「ダメ押しです」


 白炎の中心で、黒いものが蠢いた。

「人間の罪そのものは、もう<罪具>として形になっています。ですが、そこへさらに神罰を叩きつけたらどうなると思います?」


「……、」

「神に否定された罪が、その否定すら受け入れなかったら?」


 白い炎が不自然に歪んだ。


『な……、』


 実況の声まで震える。




 炎の中で、乱子は立っていた。




 焼かれていない。




 それどころか、彼女の周囲に渦巻く黒い光が、<神の炎>を少しずつ呑み込んでいる。


「……、嘘だろ」


 ロンジが呟く。


 白い炎が触れるたび、黒い光が膨らむ。


「神罰は罪を焼くためのものです」


 ディーゼが言う。


「ですが、焼いてなお残るなら――それだけ、《《その罪は重い》》」


 天使席から、怯えた声が漏れ始めた。


「神の炎を……吸ってる?」


         「ありえない……」


   「人間の罪が、神罰に耐えてるのか……?」


 別の天使が、青ざめたまま呟いた。



「食ってる……」



 反対に、悪魔席は大盛り上がりだった。


   「神罰まで利用しやがった!」


              「やっぱ人間ってイカれてんなァア!」




 黒い光が<絶対銃>へ流れ込み、銃身に赤黒い線が走る。


 同時に、戦場を走っていた黒い射線も一気に増えた。床で折れ、壁へ伸び、柱を経由しながら、何重もの軌道を描いていく。


「<罪具>を生むためじゃない……」


 ロンジが呟く。


「《《強くするため》》?」

「そうです」


 ディーゼが頷いた。


「神へ唾を吐いて、神罰を貰う。その神罰すら罪へ変える」

「とんでもねえ……!」


 やがて白炎が完全に消えた。



 乱子は手の中の<絶対銃>を眺め、少し嬉しそうに笑う。



「……、これ、さっきよりいいね」

「命懸けで強化された感想がそれ!?」


 乱子が銃口をメフィストへ向ける。


 メフィストは小さく拍手した。



「これは美しい」

「かっこいいでしょ?」

「ええ。実に」

「撃たれても同じこと言える?」

「是非とも試していただきたい」


 そこでメフィストは杖を地面へつき、軽く一礼した。



「ただ、その前に。《《私のゲームへ参加していただけますかな》》?」



 乱子が首を傾げる。


「それ、返事したら何かある?」


「ええ。契約が成立します」

「危ない?」

「無論」



 ロンジが固まった。


「いやいやいや。今ので『やめとく』以外ある!?」



 乱子は少し考える。


「それって何か面白い?」

「保証しましょう」

「じゃあ、いいよ」



「何でだよ……!!」


 ロンジが叫んだ。


「神罰食った直後に悪魔と契約すんな! 危険物を順番に踏破するゲームじゃねえんだぞ!!」


 マヨイエルもおどめく。

「乱子さん、もう少し危機感持ってくださいよぉ!」


 マヨイエルまで声を裏返す。ディーゼも珍しく呆れたように息を吐いた。

そしてメフィストは――しばらく乱子を見つめていた。


「……危険だと分かっていて?」

「うん」

「理由を伺っても?」

「面白そうだから」


 その答えを聞いた瞬間、メフィストの笑みから営業めいたものが少しだけ抜けた気がした。

 本当に興味を持ったらしい。



「……、素晴らしい」



 杖に嵌められた五つの輪が赤く輝く。






「契約成立」







『両者、位置へ!』


 乱子とメフィストが互いに距離を取る。およそ三十メートル。


 乱子は二丁の銃を下げたまま自然に立ち、対するメフィストは杖を両手に地面についていた。


 観客席を埋めていたさざめきが、試合開始を察して次第に静まっていく。


『ハルマゲドン、ラストバトル――第一回戦!』


 張り詰めた静寂の中。





『開始ィィイイイイイイイイイイイィィッ!!!!!!!!!!!』





 ゴウガン、と鐘が鳴った。







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