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第13話 神様を撃ったら銃が出た



 準備室を出た一行は、そのまま訓練区画へ移った。

 壁際には大きな的や用途の分からない器具が並び、見るからに「多少壊れても問題ありません」と主張している造りの大広場だった。


 もっとも、今日ここで試すのは、大量殺人犯を死んだ天使の身体へ入れた結果、何が出てくるのか……という実験だ。多少で済む保証はない。



「まず、乱子さんに何が出来るのか確認しましょお」



 ディーゼが取り出したのは、一冊の分厚い本だった。


「何だそれ」

「聖典ですう」

「……嫌な予感しかしないんだけど」

「勘がいいですねえ。乱子さん、これを破壊してください」

「えっ?」


 真っ先に声を上げたのはマヨイエルだった。


「待ってよディーゼちゃん! それ本物だよね!? 複製とか練習用とかじゃなくて!」

「本物ですよ。本物じゃないと意味が薄いでしょう?」

「どうして壊す前提なの!?」


 乱子は差し出された聖典を受け取り、表紙と背表紙を見比べる。


「じゃあ破るね」

「まだやめろって。お前、渡された瞬間から壊し方しか考えてないの?」

「じゃあ燃やす?」

「選択肢増やしたのに悪化してるんだよな~」



 乱子は聖典を閉じた。



 ディーゼはそんな三者を放って説明を始める。


「人間の罪は、本来なら死後に裁かれて終わります……でも今の乱子さんは、裁かれる側の魂を、本来なら裁く側に近い天使の身体へ入れている。この時点でかなり歪な存在なわけです」

「説明されるたびに、俺たちがやってることの罰当たり度が上がっていくな」

「そこへさらに、《《神への冒涜を重ねます》》」

「まだ盛るんかい!」

「盛ります。すると天罰が落ちる。その天罰を、《《乱子さん自身が抱えている罪へぶつける》》」



 ディーゼはそこで少しだけ声の温度をを落とした。


「ロンジさんにもご説明すると、この世界では、人間の罪も『重さ』を持ちます。ただ何人殺したか、何を壊したかだけじゃない。どうしてそうしたのか。その時、何を感じていた、《《本人が自分の行為をどう捉えているのか》》。そうした歪みまで含めて、その人間固有の形になる」



「それが……『能力』になる?」

「そういうわけですう」


 いまいちロンジには実感がないが、その能力を発現させることで、悪魔にも対抗できる力を手に入れる……というのが今回ディーゼから受けた説明だった。


「近いですね。ただ、もっと本人そのものです。罪の重さが武装になり、罪の性質が刃になる。それを――《罪具》と呼びます」


 ロンジは少し黙って乱子を見る。

 単なる特殊能力というには、ずいぶん趣味の悪い仕組みだった。


 これからリングへ上がる人間は、生前の罪を置いて戦えるわけではない。むしろ一番醜いところを引きずり出され、それを自分の手で握り直すことになる。



「つって、ザイグって……名前だけ渋くて妙に格好いいな」

「名前くらい格好よくないと気分が沈むでしょう?」

「発想が悪趣味なのに妙に前向きなんだよな、お前!」


 乱子は聖典をまたひっくり返した。

「……じゃあ、そのザイグ……のために、どう壊せばいいの?」

「出来れば神様が怒りそうな方法でお願いします。あるいは壊さなくても、強くイメージする事で罪具が顕現する可能性もありますが……今はやめておきましょう」

「ええ、そっちのほうがいいよディーゼちゃん!」

「ダメです」


 マヨイエルの言葉をぴしゃりとシャットアウトするディーゼ。マヨイエルと言えば半泣きだ。


「んー……神様ってどんな顔だった?」

「何で?」

「顔描いて破いた方が神様怒りそう」


 そしてマヨイエルが絶句した。


「乱子さん、それを思いついても実行しようとしないでください!!」

「でも怒らせるんでしょ?」

「そうなんですけど、積極的に工夫してほしいわけじゃないんですぅ!」



 ロンジは被りを振った。


「倫理観は壊れてるのに、課題に対する理解だけ妙に正確なんだよなあ」




 結局、ディーゼは本当に聖典の表紙へ神の似顔絵を描き始めた。


「いや、お前も描くのかよ。仮にも天使だろ」

「せっかくなので、なるべく似せようかと……神様ってどんな顔でしたっけ」

「神様に対して使う『せっかく』じゃないだろ。というか俺に聞くなよ。生で見たの一回だけだし、その時ほぼ首飛ぶところしか見てないから顔の印象薄いんだよ! ……っつうかなんでお前の方がうろ覚えなんだよ!!」

「ギャグですよ、ギャグ」

「分かりづれえよ…………!!!!」



 完成した似顔絵を乱子が覗き込む。


「普通の顔だね。絵上手い」

「もっと変な顔にします?」

「向上心出すなし!」


 そうして聖典が床へ置かれた。


 乱子は少し離れ、人差し指を銃口のように向ける。



「銃、ないけども。こういうのってイメージが大事なんでしょ?」

「そうですね……じゃあそこから始めましょうか。……例えば、『欲しい』と思ってみてください」

「……欲しい?」

「一番大事そうなところだけ急に感覚論だな」

「<罪具>は本人の感覚に依存する部分が大きいので。欲しいと言う気持ちが大事なのです」




 乱子は片目を軽く細めた。


「ばん」


 ――それだけだった。当然指からなにかが発射されるわけもない。


 が。


 次の瞬間、周囲が白く染まる。




「きっ来ます!!!?」


 マヨイエルの声と同時に、どこからか黒い雷――炎のようなものがらん子を包み込む。床が揺れ、視界が黒く塗り潰される。



「なっ、乱子…………!!!!??」


 ロンジは反射的に一歩踏み出した。

 怖いと思っている相手でも、目の前で雷に飲まれれば身体は勝手に動くらしい。


 ……だが炎の向こうから、小さく弾んだ声が聞こえた。




「……すっご」


 光が四散していく。

 乱子は無傷で立っていた。その身体の周囲には黒い光が集まり、煙のように揺れている。



「なにこれ。かっけー」


 乱子が手を伸ばす。その黒い靄の中へ、断片的な光景が浮かび上がった。



      銃口。

 割れたオブジェ。     死屍累々の人影。        散らばった窓ガラス。

            出口へ殺到する生徒たち。





 さっきまで軽口を叩いていたロンジの口が止まった。



「………………、」


 乱子はそれを見上げている。嫌そうでもなければ、懐かしそうでもない。ただ、自分の周囲に現れたものを興味深そうに観察している。



「……これ、全部乱子がやったこと?」

「はい」


 ディーゼの声も今度は軽くなかった。

「奪った命も、残した恐怖も引いた引き金も。全部……彼女が残したものです」


 黒い光が渦を巻き、乱子の両手へ集まっていく。

 何もなかった空間に部品が組み上がり、やがて左右の手に漆黒の拳銃が一丁ずつ現れた。




「乱子さんの場合、《罪具》の形は――やはり、撃つことそのものですね」

 乱子はしばらく黙って左右の銃を見比べていた。




「……いい」


 ロンジが軽く引く。


「何がだよ?」


「形。好き。二丁あるのもいい」

「ずいぶん気に入ったな」

「お揃いだし」

「左右に持ってる同じ銃をお揃い扱いする奴、初めて見たよ」



 乱子は新しいアクセサリーでも渡されたように、銃を光へ透かすように眺めた。


「これ、本物?」

「<罪具>です」

「撃っていい?」

「どうぞ」

「待て。せめて撃つ場所くらい――」


 パンッ……!!


 と、白い壁に穴が空いた。



「俺の意見、一秒で無効になったんですけども!?」

「ディーゼがいいって言ったから」

「じゃあ俺に聞かずに撃てばいいだろ!」

「ロンジは止めると思った」

「分かっててやってんのが一番腹立つわ!!!!」


 乱子はくすくす笑い、もう一度銃を向けた。


 パン、パパン、パン。


 三パツ。ロンジは反射的に頭を庇ったが、すぐに壁を見て……絶句した。


「……穴、一個しかない……?」

「全部同じところ」

「ほぼ同じ位置じゃなくて?」

「完全に同じ。弾の表面に線条痕……同じ傷があったら、その傷が同じ向きになるくらい」


「……ごめん。今、俺の理解が追いついてない」


 乱子は何でもないことのように言った。


「角度重力、空気と……反動、指と手首の動きとか銃身の揺れとか撃つ前に計算しただけ」

「それ全部、一瞬で?」

「うん……なんか、頭の調子がいい」


 ロンジは壁と乱子を見比べる。


「お前、銃を出せることより頭の方がヤバくない?」

「頭おかしい?」

「そっちじゃない。倫理観については前から色々あるけど、今は褒めてる方だわ」


 試しに別の銃を出させると、拳銃はサブマシンガン、ショットガン、ライフルへ次々と形を変えた。


「こっちは好き。これも悪くない」

「服選んでる時と銃選んでる時のテンション、ほとんど一緒だなおい」

「種類がいっぱいあるから」

「その理屈で服と銃を同列に置くなし!」


 ただし、乱子が構造を理解していない火器は形にならなかった。

「制限はそこですね。内部構造まで理解している火器だけ。それと大型になるほど生成負荷も大きいでしょう」

「じゃあ勉強したら増える?」

「増えると思いますよ」

 乱子の目が露骨にきらついた。

「いっぱい覚えたい」

「ディーゼ、こいつに兵器図鑑渡すなよ。趣味で収集始めるぞ」

「もう資料は用意してあります」

「仕事が早いんだよ!」


 乱子は結局、最初の二丁拳銃へ戻した。


「これが一番しっくりくる」

「二個あるから?」

「それもある。ロンジは?」

「銃の好みなんかないけど……見た目だけなら、それが一番まとまってるかな」


 乱子は嬉しそうに笑った。

 その顔だけなら、隣で歩いていたら自慢の彼女と言いたくなる笑顔だ。

 だからこそロンジには、さっき黒い光の中にあった悲鳴を、同じ顔で眺めていたことの方が不気味だった。


「ねえロンジ。これ持ってる私、どう?」



 乱子は満足そうに二丁の銃を構え直した。



 ロンジは少しだけ理解した。乱子は何も感じないわけではない。興味はある。好奇心もあるし可愛いものを好きとも言う。ただ、人間が普通、大きな意味を置く場所にだけ……何も置かれていない。

 命……死と罪と。

 そこだけが――空洞なのである。


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