第二話:悪役貴族の贖罪
「WTF、これって一体どういう状況だ!?」
グレッグには理解できなかった。なぜ二番手ヒロインが突然、生死をさまよう危機に陥っているのか。だが、一つだけ確かなことがある。シルヴィアをここで死なせるわけにはいかない。
さもなければ、この地獄のような場所を抜け出す前に、世界線そのものが崩壊してしまう可能性が高い。
そう判断した彼は、迷わず傍らの激流の暗河へと飛び込んだ。
冷たい河水が一瞬で全身を包み込む。だが、《水中適応LV3》の加護を受けた彼にとって、闇も激流も、すでに馴染み深い領域だった。
彼はまるで魚のように水をかき分け、沈みゆくピンク色の影を追って深みへと向かう。
水中およそ五メートル。彼は状況を把握した。
タコ型の魔物が触手でシルヴィアの足首を絡め取っている。彼女は明らかに限界を迎えており、意識は混濁し、ピンクの長い髪が水中に広がっていた。
「ブラックウォーターオクトパスか。さすがはダンジョン初心者必食ランキングの首位だな」
状況を把握したグレッグは素早く接近する。彼女の肩に触れた瞬間、シルヴィアは無意識にかすかに目を見開いた。しかし、瞳孔の焦点はすでに合っていない。
「仕方ない、まずは息を分けてやるか」
グレッグは彼女の顔を包み込むように支え、自分の唇をそっと重ねた。
なんて柔らかいんだ。
それが脳裏をよぎった最初の感想だった。
だが次の瞬間、彼は躊躇なく息を送り込む。
シルヴィアの身体が小さく震え、茫然と目を見開いた。今起こっていることを理解できていないようだ。
グレッグは彼女に反応する間を与えず、振り返ってタコの魔物を見据え、右手を掲げた。
《水鉄砲》
圧縮された水の柱が掌から勢いよく放たれ、狙い違わず魔物の頭部に命中し、それを仕留めた。
【経験値を獲得:70】
【追加経験値を獲得:7】
【レベルが上昇しました:LV16】
【スキルを獲得:《触手絡め LV1》】
触手絡めって何のスキルだ!?
しかも俺、触手なんて持ってないし!
パネルに表示された通知を一瞥し、すぐに意識を現実へと戻す。
触手がシルヴィアから解かれた瞬間、グレッグはすぐさま彼女を連れて……さらに深い川底へと潜った。
理由は、先ほどのブラックウォーターオクトパスが初級魔宝石をドロップしたのを目撃したからだ。ダンジョンで生き延びて数日、初めてのアイテムドロップだった。
その宝石を拾い上げた後、グレッグは途中で完全に意識を失ったシルヴィアを抱えて水面へと浮上した。
「ぷはっ!」
水面から顔を出すと、グレッグは新鮮な空気を大きく吸い込んだ。
視界がはっきりしてきたその時、強烈なインパクトの光景が飛び込んでくる。
ほんの数歩先の岸辺で、灰色の髪の少女が最後の上着を脱ぎ捨てているところだった。
純白の下着が、ほどよく引き締まった彼女の肢体にぴたりと沿い、薄暗い幽かな光の下で真珠のように柔らかく輝いている。
湿気と熱気が立ちのぼる淡い霧が、そのくびれた腰の衝撃的な曲線と、長く真っ直ぐに伸びた脚のシルエットを際立たせていた。
そして彼女こそ、原作の主人公にして、この世界で彼を最も多く殺した存在──ヴィクトリアだった。
水滴がグレッグの顎先から滴り落ち、水面に「タッ」という微かな音を立てる。
二人は顔を見合わせた。
グレッグ:「ナイスバディ……?」
ヴィクトリア:「……………………」
空気は極限まで気まずくなった。
だが、グレッグはすぐに思い至る。今の彼女は自分のことを見抜けていないかもしれない。濡れた自慢の金色の長髪が、顔を完全に覆い隠しているからだ。
自分を最も多く殺してきたこの主人公に、第千三百八十一番目の斬新な死に方を作らせないため、グレッグは声を作り変えて口を開いた。
「私はただの通りすがりの河の神です。どうかお構いなく」
そう言い放つと、昏睡状態のシルヴィアを岸に横たえ、すぐに水中に潜ってこの場を去ろうとした。
しかし、背後から聞こえてきた声に、彼の全身が凍りつく。
それは冷たく、恐ろしく澄んだ口調だった。
「ねえ、グレッグ」
ヴィクトリアは腕を組み、灰色の瞳は水中に一切の温度を映してはいなかった。
「いつまで茶番を続けるつもり?」
ヴィクトリアにはわからなかった。どうして自分をここまで嫌い、また自分もこれほど嫌っているはずのこの男が、自ら進んで仲間を救ったのか。
だが、これまでの彼の振る舞いから判断すれば、この男は必ず何かを企んでいる!
「ちっ、やっぱりバレてたか」
それを聞いたグレッグは、いっそ芝居をやめることにした。
彼は片手を岸辺の濡れた岩にかけて軽やかに岸へと上がり、もう一方の手で濡れそぼった金髪を後ろへとかき上げた。
水滴に濡れていてもなお隠しきれない、あの整いすぎた顔が露わになる。
「なあ、君。俺は君に何もしてないし、それどころか君の仲間の命を救ったんだぞ」
彼は髪の水滴を振り払いながら、呆れた口調で言った。「そんなにキツく当たらなくてもいいんじゃないか?」
もしこれが地上だったら、グレッグはもちろん、これほどストレートな物言いはしなかっただろう。しかし、ここはダンジョン。彼のホームグラウンドだ。
数々のバフが重なった状態で、もし二人が本当に戦うことになっても、今の彼が必ずしもヴィクトリアに劣るとは限らない。
何より重要なのは、ここでは理不尽で悪意に満ちた、訳のわからない脚本的な死に方をさせられる心配がないのだ。
「私に何もしてないですって?」
ヴィクトリアは冷ややかに笑った。
「入学試験の時、魔導器に細工して、私が魔法を暴走させて退学になるよう仕向けたのは誰?」
「新学期の初日、『平民ごときがグローリー・ケイル魔法学院に足を踏み入れる資格はない』と皆の前で言い放ったのは、一体誰?」
彼女は一歩前に踏み出し、声を潜めながらも、一言一言をはっきりと言い放った。
「家族に追放されて、ダンジョンに逃げ込んだからって、あなたのしてきたことが帳消しになると思わないことね」
どうやら俺が転生してくる前に、序章の出来事はやっぱり全部起こっていたらしいな。
グレッグは事を構えるのは怖くないが、できれば面倒事は避けたかった。
せっかくファンタジーの世界に転生したのだ。前の持ち主がやらかした愚かしい行いのせいで、本当に主人公と敵対関係になるのはごめんだ。
彼は考えた。ついさっき彼女の仲間を救ったばかりだ。ならば、彼女との関係を和らげることも、不可能ではないはずだ。
グレッグは思案を巡らせ、ヴィクトリアの、ごく少数しか知らない勇者としての正体と、自分自身が人間でありながら魔族に心を寄せる一族であること、その二つを切り口にしようと決めた。
「考えたことはあるか?」
グレッグは顔を上げ、まっすぐにヴィクトリアを見据える。声は驚くほど静かで、わざとらしい深みを帯びていた。
「俺が、全部わざとやってたとしたらどうだ? 勇者ヴィクトリア」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、グレッグの目の前にパネルが浮かび上がった。
【悪役貴族の贖罪(解放済み):物語第一幕終了までに、地下城第一層を攻略せよ。】
【成功:三つのタレントが全面的にアップグレードされる。】
【失敗:第1381枚目の全新たな死亡CGが贈呈される。】
グレッグ:「…………」
いや、俺、この前言ったじゃないか。
『ダンジョン様のご恩は本当に返しきれない』って。
…………それを、もう返さなくてもいい、なんてことにならないか?




