第一話:ダンジョンの恩恵(おんけい)
グローリー・ケイル魔法学院、ダンジョン。
激流の暗河が岩岸の縁を流れ、揺らめく火の光が周囲の石壁を暖かなオレンジ色に染めている。
【お前の自堕落な行いにより、家名を汚したため、この瞬間より、サス公爵家はお前を一族から追放する。よく悔い改めろ、役立たずが!】
「クソッ、たかが数日授業をサボったくらいで追放か? よほど嫌われてたんだな、俺は」
もしこれが以前のグレッグ・サスなら、この手紙を読み終えた後、最大の後ろ盾を失ったことで深い絶望に陥っていただろう。
だが今のグレッグは違う。彼は転生者だからだ。
手紙を読み終えると、グレッグはまるで気にした様子もなく封筒を丸めて、そばの暗河へ放り込み、ついでに先ほどキャンプ周辺の魔物を狩ってついた血糊を洗い流した。
「まあいいさ、どうせ中期にはこの家は滅びるんだ。お前らが俺を認めようが認めまいが、どうでもいい。それに……俺がそもそも中期まで生きられるかどうか、そっちのほうが大問題だっての!」
グレッグは内心で打ちひしがれる。
彼には理解できない。第81周目の『女の子同士でも楽しくマルチプレイできるこんな世界、君は好き?』という、女の子同士のイチャイチャがメインのゲームを遊んでいたはずが、なぜ突然転生してしまったのか。
しかもよりによって、原作で唯一立ち絵のある男性キャラクター、グレッグ・サスに転生してしまったのだ。
もちろん、誤解しないでほしい。制作陣が彼にだけ立ち絵を与えたのは、彼をひいきしているからではなく、むしろ悪意に満ちているのだ!
彼はこの上なくハンサムだが、制作陣の設定のせいか、原作の重要な女性キャラクターは皆、彼を一目見ただけで、その外見に惹かれるどころか、理屈抜きの心底からの嫌悪感を抱くのである。
ゆえに彼は原作で唯一立ち絵のある男性キャラでありながら、ヒロインたちの心を射止めることは絶対にありえないのだ。
そして制作陣の悪意はそれだけに留まらない。
この無数の可能性に満ちた世界の中で、ただ一人、グレッグ・サスだけが必ず死ぬ悪役キャラなのだ。
このゲームにおいて、彼は個人最多となる1386枚のCGを有しているが、そのうち1380枚は彼の様々な死亡CGであり、かつて全回収を目指したプレイヤーたちを大いに苦しめたものだ。
もしこれが転生初心者だったなら、今頃とうに訳もわからず退場していたことだろう。
だが幸い、今のグレッグはベテランだ。
81回も原作をプレイした彼は知っている。グレッグ・サスに死亡CGが存在しない唯一の場所があることを。
それはダンジョンだ。
なぜならこの世界では、いかなるダンジョンも極めて危険な場所であり、魔法を強化できる宝石やアイテムが存在するにもかかわらず、それを求めて自らダンジョンに足を踏み入れる者は依然としてほとんどいないからだ。
ましてや典型的な悪役貴族であるグレッグ・サスはなおさらで、どのルートでも、いつの時間軸でも、彼がダンジョンに入ったことは一度もない。だからダンジョンこそが、彼にとって唯一死亡CGの存在しない場所なのだ。
だから自分がグレッグ・サスに転生したと気づいた瞬間、彼はまだ授業中の教室から直接駆け出し、ダンジョンに入ってようやく足を止めたのだった。
「それにしても、転生者である俺にもチートがあってよかった。さもなければ、第一層に入った途端、1387枚目の死亡CGになっていたところだ」
食べられない魔物の死体を傍らの暗河に放り込むと、グレッグは自分の基礎ステータス画面を開いて眺めた。
【名前:グレッグ・サス】
【種族:人間】
【レベル:LV15】
【体力:23】
【敏捷:23】
【知力:1~7】
【魅力:10(?)】
【意志力:1~6】
【幸運:10(黒)】
「うん、やっぱり元の基礎ステータスは魅力以外、完全に雑魚ステータスだな。幸運に至っては雑魚以下だ」
グレッグが救いに思うのは、以下のこれらのタレントだ。
【ダンジョン探索者(進化可):ダンジョン内にいる時、あらゆる存在に与えるダメージが20%上昇する】
【ダンジョン賛美(進化可):ダンジョン内にいる時、実際の幸運値が0を下回らない】
【ダンジョンの施し(進化可):ダンジョン内にいる時、獲得経験値がわずかに上昇する】
【消化菌(固定):ダンジョン内で敵を倒した時、確率で敵のランダムなスキルまたはスキルのかけらを取得する】
【?(未起動)】
グレッグは思わずもう一度感嘆する。
一つのハテナを除き、すでに起動している四つのタレントは彼の目には、反則級なだけでなく、今の彼のニーズに完璧に合致していた!
特に四つ目のタレントは、このところダンジョンで生き延びながら魔物を狩る中で、ついでにいくつか中々のスキルを獲得させてくれた。
【取得スキル:ぴえん LV3、打撃耐性 LV2、地中移動 LV1、土魔法耐性 LV2、土魔力親和性 LV1、水中適応 LV3、水魔法耐性 LV2、水魔力親和性 LV1、耐凍性 LV1】
これらのスキルが、グレッグにダンジョンで生き抜く更なる自信を与えた。
もっとも、ここの生活環境は確かにあまりに過酷だが。
だが、ヒロインが大団円を迎えるまで持ちこたえさえすれば、その時地上に戻れば、もういかなる死亡CGも現れず、自由気ままに暮らせるのだ!
だから今の彼の最大の目標は、なんとかしてダンジョンで生き延び続けることだ。
「だが、今のストーリーがどこまで進んでいるのかはわからない」
彼は危険を避けるのに必死で、それまで自分がグレッグ・サスであると確認した以外、現在のストーリーの進行状況はほとんど把握していなかった。
ただ彼が唯一確信できるのは、今はもう原作のストーリーが始まっているということだ。なぜなら、教室を飛び出した時にちらりと見たのが二年生の教室だったからで、物語は間違いなくもう始まっている。
「よくもまあ、家族の連中は俺がダンジョンにいるのを知っていて、手紙を届けさせたものだ。さすがは中期まで生き残るラスボス、その手腕は大したものだな」
キャンプの片付けをひと通り終えると、グレッグは立ち上がって焚き火のそばへ行き、肉が焼けるのを待ちながら、自分の『学園ダンジョン・サバイバルガイド(日記)』を書き続けた。
視線が前の何行かをさっと流し見る。
視線が前の何行かをさっと流し見る。
1日目:腹ペコで真っ暗、体中がひどくつらい。チートの加護のおかげで、どうにかダンジョン第一層の浅いエリアで踏ん張れている。絶対に頑張って生き抜くぞ、えへへ。
2日目:今日、天然の洞窟を見つけた。まさに最高のキャンプ地だ!ここには魔物が沸かず、地面は硬く、ツノウサギが地中から奇襲してくる心配もない。唯一警戒すべきは、すぐ横の暗河に潜む魔物だけ。ここを常設キャンプに決めよう。
3日目:デビルフラワーの縄張りを試しに探索。原作の記述どおり、弱点を把握すれば、俺でも楽にこいつらを倒せる。しかも巣の中から塩の塊を見つけた。つぼみからは山椒に似た粉が分泌されるらしい。これで生存の自信がさらに湧いてきた!
4日目:キャンプ周辺の魔物を掃討中、三年生らしき三人組のパーティがメインルートを通るのを見かけた。何気なく聞こえた彼女たちの会話から、俺の突然の失踪がとっくに学院中に広まっているらしい。だが、その口ぶりでは、噂を流した者は決して善意ではないようだ。
「時間が経つのは本当に早い。もう五日目だ」
グレッグは小さくため息をつき、ペンを握る手を下ろして、今日の出来事を記し始めた。
5日目:今日、家族から除名された封書を受け取った。だが、俺にとっては別に悪いことじゃない。今日気をつけるべきは、浅層から中層へ通じる入り口付近でゴブリンの群れを発見したことだ。本来なら浅層に現れるはずがない連中だ。どう考えても異常事態。この前通りかかった上級生パーティと関係があるのかどうか……ともかく、不必要なリスクを避けるため、当分はこのエリアに近づかない方が賢明だ。
書き終えると、ちょうど焼きあがったツノウサギの串肉を手に取り、一口かじろうとしたその時、遠くない場所から突然、どこか聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「シルヴィア! 早く私の手を掴んで!」
「ぶっ?!」
グレッグはむせた。
勢いよく振り向くと、二つの美しい姿が視界に飛び込んできた。
狭い通路で、灰色の長い髪の少女が地面に這いつくばり、傍らの暗河に向かって必死に手を伸ばしている。
そして激流の暗河の中には、ピンク色の髪の女生徒がいた。彼女の足は何かに絡まれたようで、次第に岸から遠ざかり、沈み始めている。
「……はあっ?!」
グレッグの頭が一瞬、真っ白になる。
もし彼の記憶が正しければ、少し先にいるあの灰色の髪の少女は、ゲームの主人公ヴィクトリアだ。
そしてピンクの髪の少女は、ゲームの二番手ヒロイン、シルヴィアだ。
「なんでこんな所に?」
「しかも、シルヴィアが今にも死にそうなこの展開は一体何なんだ!?」
「ゲームにはこんなシーン、まったくなかったぞ!!」




