第11話 始まりの紅い実と、終わらないスローライフ
長い冬が明け、城壁町『ルミエール』に柔らかな春の陽光が降り注いだ。
広場の石像の足元には名もなき野花が咲き乱れ、市場には冬を越した野菜たちが誇らしげに並んでいる。
「……おい、オーラム! 本当に実ったのか?」
ねずみが、裏庭の温室へ転がるように駆け込んできた。
そこには、オーラムが冬の間中、寝る間を惜しんで薪をくべ、白馬たちの体温で温め続けてきた「太陽のトマト」が、たわわに枝を撓ませていた。
「ああ。……今朝、一番乗りで赤くなった。……見てみろ、この輝きを」
オーラムが指差す先には、魔法で作られた宝石よりもずっと鮮やかで、生命力に満ちた、拳ほどの大きさの紅い実があった。
二人は顔を見合わせ、言葉少なに頷き合った。それは、かつての物語の誰にも、そしてあの道化師にさえも成し得なかった、彼らだけの「収穫」だった。
その日の夜、酒場『オーラム』の扉には『本日貸切』の札が掲げられた。
集まったのは、アルと令嬢、そしてパレードで大活躍した白馬たち(彼らには特別に、新鮮なトマトのヘタと極上の飼葉が振る舞われた)。
「……さて、今夜のメインディッシュだ」
オーラムが静かに皿を置く。
真っ白な皿の上で、スライスされた「太陽のトマト」が、瑞々しい湯気を立てて並んでいる。味付けは、この街で採れた塩と、オーラムが育てたハーブ、そして最高級のオリーブオイルだけ。
「……いただきます」
令嬢が、アルに導かれて最初の一口を口に運んだ。
「……! 凄いわ、オーラムさん。……お日様の匂いがする。……とっても甘くて、少しだけ切なくて、なんだか元気が湧いてくる味」
「……本当だ。……あいつの言ったことは、嘘じゃなかったようですね」
アルも、その紅い実を噛み締め、冷たいはずの頬を少しだけ緩めた。
「ケッ、あいつの贈り物にしちゃあ上出来すぎるぜ」
ねずみはワインを煽り、笑い声を上げた。
「なあ、オーラム。……俺たちの魔法も、捨てたもんじゃねえだろ?」
「魔法じゃない。……これは手間と時間だ。……俺たちが、この街で生きてきた時間そのものだ」
オーラムは、満足げに自分の分厚い掌を見つめた。かつての「かぼちゃ」だった頃にはなかった、土で汚れ、火で焼けた、本物の人間の手だ。
12時の鐘が、遠くの時計塔から響き渡る。
かつては「終わり」を告げる恐怖の音だった。
けれど今、この酒場にいる誰もが、その音を「明日の始まり」を告げる心地よい合図として聞き流している。
「……ねずみ。明日は、トマトの種を市場に持っていくぞ。……この街中に、この赤を広めてやるんだ」
「へいへい。……お前の黄金のトマト、今度は俺が子ねずみ達とで隣町まで売り歩いてやるよ」
窓の外では、春の夜風が優しく吹き抜けていく。
魔法が解けても、物語は終わらない。
自分たちの足で歩き、自分たちの手で耕し、誰かと食卓を囲む。
元かぼちゃの馬車たちが手に入れたスローライフは、これからもずっと、この琥珀色の光の中で続いていくのだ。




