第10話 渡り鳥の便りと、南国の紅い種
冬の朝、広場の方から「おおおっ!」という石工の親方の地鳴りのような叫び声が響いた。
オーラムとねずみが顔を見合わせ、嫌な予感を抱きながら広場へ向かうと、そこには除幕式を待つばかりの新しい王の石像が立っていた。
「……おい、ねずみ。あれ、どう見ても……」
「……ああ。お前のその、頑固そうな顎のラインにそっくりだ。で、隣の近衛兵のレリーフは、俺の鼻筋じゃねえか」
親方は頭を抱えて座り込んでいた。
「すまねえ、旦那がた……。毎日あんたらの酒場で、あんたらの顔を見ながらポタージュを啜ってたせいだ。無意識に手が動いちまって、彫り上げたら、この街で一番馴染みのある顔になっちまったんだよ!」
「すまねえじゃないよ、冗談じゃねえ! 」
ねずみが頭を抱えて動き回る。
「王様の顔が酒場のオヤジなんて、不敬罪で吊るされちまうぞ」
ねずみが慌てて周囲を見渡す。
幸い、まだ朝もやの中で見物人はいない。
「俺の顔が王様かぁ」
オーラムは自分の顔をさすりながら、感慨深く石像を見つめている。
「なんか、いいもんだなぁ」
「おい、何言ってんだ、かぼちゃ」
ねずみがオーラムの背中を叩く。
「ふざけたこと、いってんじゃねーぞ。とにかく直せ」
親方を含めた3人は、周囲に人がいないことを確認する。
「親方、今すぐだ! 何でもいい、もっと……こう、威厳があって、どこにでもありそうな王様らしい顔、探せよ!」
「分かった、やってみる!」
「どっかに、初代王の、あっただろう、英雄だったんだから、あるだろ」
「ある、城の前にある」
「それだ」
「その顔、うつせ」
ねずみは矢継ぎ早に指示を出す。
「よし、それに寄せてみるさ!」
それから三日間、広場からは不眠不休で石を叩く「カン、カン、カン!」という音が鳴り響いた。
そして収穫祭の終わりの冷たい空気の中、ついに石像が完成した。
披露されたその顔は、切れ上がった目元に、どこか遠くを見つめるような気高さ、そして少しだけ寂しげな微笑を湛えていた。
「……ふぅ。今度こそ完璧だ」
親方が満足げに汗を拭う。
「初代王をまねたんだ、英雄らしく仕立てたぜ。どうだい、これなら文句ねえだろ?」
完成した像を見上げたねずみは、隣に立つオーラムと視線を交わし、同時に奇妙な既視感に襲われた。
鋭い鼻筋、そしてどこか見覚えのある口元。
「……なあ、オーラム。これ……」
「……ああ。どっかで見た顔だな」
二人の脳裏に浮かんだのは、かつて自分たちが仕えていた、あの「砂になったといわれる城」の王子の顔だった。
けれど、オーラムはわざと大きな声で笑い飛ばした。
「ははっ! まあ、英雄なんてのは、どこの国でもみんな似たような顔になるもんだろ」
「違いない。勇敢そうで、ちょっとばかり世間知らずそうな、綺麗なツラしやがってな」
ねずみも肩の力を抜き、親方の背中を叩いた。
「上出来だ、親方! これで首がつながったな。今夜は祝杯だ、オーラムの特製シチューを奢ってやるよ」
広場に立つ「英雄」の石像は、冬の陽光を浴びて静かに微笑んでいる。
そのモデルが、かつての主に似ているのか、それとも今の友人たちに似ているのか、真実を知る者はこの街には誰もいない。
ただ、その足元を、今日もいつものようにアルに手を引かれた令嬢が、何も知らずに通り過ぎていくだけだ。
「……アル、新しい石像ができたのね。なんだか、とても懐かしい風の音がするわ」
「……ただの石ですよ、お嬢様。……さあ、冷えないうちにオーラムさんの店へ行きましょう」
石に刻まれた過去は、やがてこの街の風景の一部となり、誰にも暴かれることのない「伝説」へと変わっていく。




