千夜一夜の初夜から詰みそう
イーラ国の王子は、一夜を過ごしたのちに花嫁を殺すという。
ゆえに、王子の部屋から生きて出てきた花嫁はいない。
私は本日、王子の六人目の花嫁として嫁いできた。
以下、出発前に弟と交わした会話である。
「駄目です姉上! そんな悪鬼のような男に嫁ぐなど。僕が女装して身代わりになります。もはや女装の準備は万端です。見てくださいこのクオリティ」
「わあ私より可愛い。じゃなかった、心配する必要はないわ、弟よ。秘策があるから」
「秘策とは?」
「我が国にはこのような諺があるわ。『千夜と一夜をかければ、何かしらの結果は出る』。最初の夜が勝負。一夜目で王子が思いとどまるような面白小話を聞かせ、『続きは明日に!』を千夜くり返せば、いかに鬼畜だ邪神だ魔王だと噂される王子であれ、心境に変化があるはず」
「面白小話を聞かせる余裕があるとお思いですか? 嫁・即・斬の問答無用で殺しにかかってくる鬼畜野郎だったらどうするんですか!」
「一夜は過ごすとのことなので、殺害までに多少は時間の余裕があるかなって」
「抱いてから殺す派ではなく、殺してから抱く派だったらどうするんですか!」
「お、王子もそこまで特殊な性癖ではないんじゃないかな……? とにかく安心なさい弟よ。あなたの頼れる姉上が、簡単に死ぬように見える?」
「いつもの根拠なき自信に溢れた姉上に見えます……」
「さあ、きっと王子の心に優しさを芽生えさせてみせましょう――千夜一夜の物語で!」
回想終了。
というわけで、ただいま私はイーラ国の侍女たちに、せっせと着飾られている最中である。
結婚式も何もかもすっとばして初夜の準備だ。花嫁といえども献上品に近いものなので、そんなものである。
この国では私の白い肌も白い髪も大層珍しいらしく、待ち受けていた侍女の皆さんには大変驚かれた。
が、すぐに彼女たちは平静な様子に戻り、粛々と私の飾り付けを始めた。花嫁の支度も六人目ともなれば慣れているのだろう。
「雪のような肌」「似合う紅の色がないわ」「いっそお化粧はなしに」「素材の良さを生かす感じで」「せめて装飾は絢爛に」「王子の機嫌を損ねぬように」
粛々としつつも、最大限の努力で私を飾り立てようという意思はひしひしと伝わってくる真面目な侍女たちの手によって、私はあれよあれよという間に着ぶくれていった。
すべすべと肌触りのいい服の上に、きらきらと金糸が輝く服を着せられた上に、しゃらしゃらと鳴る細かな水晶が縫い付けられた服を被せられる。寒い国でもないのに重ね着過多である。重い。
頭は頭で、大きな宝石が嵌められた豪奢な髪飾りを装着された。気を抜くと生まれたての赤ちゃん並に首がぐらぐらする。重い。
最後に精緻な刺繍が凝らされた布の靴を履かされて(幸いこれは軽かった)、絢爛豪華な出で立ちとなったところで、いよいよ王子の部屋に案内された。
過剰梱包気味なので歩きにくいことこの上なく、もう台車でもいいから運搬して欲しいところだけれど、そんな我儘は言えない。引きずる程に長い裾を、後方の侍女が持ち上げてくれているだけでもありがたい。
なお、噂の王子(嫁・即・斬)への生贄めいた立場ということで、私を寝所へ送る侍女の皆さんから注がれる視線は同情一色である。
そんなに心配しなくても大丈夫だぞという思いを込めて、頼り甲斐のある微笑みを浮かべてみたら、なぜか増々同情の色が濃くなった。事情を知らずに嫁に来た奴と思われたのかもしれない。
さて、王子の部屋の前に着いた。
侍女たちは扉を開くと、速やかに下がっていく。部屋には花嫁しか入れないのだ。
深呼吸をする。
王子の部屋から生きて出てきた花嫁はいない。
でも大丈夫だ。私には秘策がある。
「千夜一夜の物語大作戦」が。
王子がいかなる理由で、花嫁を五人も殺しているのかは知らない。
悪鬼という噂通り、心ない人間なのかもしれない。
だが、続きが気になって気になって仕方ない話を聞かせて「うーむ今夜は生かしておいてやろう」的な延命を千夜も続ければ、心は悪鬼でも人間は人間である、千一夜目には流石に話し相手への情くらいは湧くだろう。
情を湧かせてしまえばこちらのもの。
さあ王子様、花嫁殺害なんて闇々しいことはやめにして、今後も私と明るく楽しく暮らしましょう――というのが、私が考案した完璧な筋書きである!
「我ながら策士過ぎて怖い……」
己の才覚に惚れそうだ。
さあ王子よ、私の面白小話で改心するがいい!
「よし!」
気合を入れて部屋に足を踏み入れた。
許しがあるまで王子の顔を見てはならない、と事前に侍女に教えられた通り、視線をやや落とし気味に歩く。
そしてこれも事前に教えられた通り、絨毯の花の模様のあたりで立ち止まった。
まだ視線を下げたままなので、たぶん椅子に腰掛けているだろう王子の姿は見えない。
ここで跪いて、絨毯に手をつき、挨拶。
「お初にお目に……」
言葉の最中で、ごとん、と音がした。
豪華で綺麗で最高に重い髪飾りが、頭を下げたことで落ちてしまったのである。たぶんこれ、本来は平身低頭するような場面を想定して作られた飾りではないのだろう。
慌てて立ち上がり、ごろりと転がった髪飾りを拾ったら、そのすぐ先に足があった。
「え?」
王子はいつのまにか、私の目前まで来ていたらしい。まだ面を上げろと言われていないのに、うっかり顔を見上げてしまって、固まった。
白い肌に白い髪をした私と正反対に、褐色の肌に黒い髪をした青年。
鬼畜だ邪神だ魔王だとの前評判を聞いていたから、百戦錬磨の老将軍のごとき迫力満点の壮年むきむき男性を想定していたのだけれど、意外にも普通に年若い青年だった。
いや、普通と言ったら怒られるだろう。
びっくりするくらいに綺麗な人だったから。
そして私が固まったのは、その色々と意外な容姿に対して――ではない。
王子が腰に佩いた剣の柄に、手をかけていたからである。
いや待って。
なぜ初夜に帯刀状態。
なぜすでに抜刀態勢。
まさか弟の危惧が当たったのだろうか。死体と一夜を過ごす派だったのだろうか。あと無表情なのが地味に怖い。
「おおおお王子様、まずは話し合いましょう!」
王子のことは「殿下」と呼ぶように、と侍女たちには教えられていたけれど、王子王子と胸中で呼んでいたため、うっかり王子様と言ってしまった。
否、もうそんなことを気にしている場合ではなかった。
もちろん面白小話を聞かせるどころではない。
抜刀秒読みの状況に思わず後退ったら、慣れない異国の服の裾を踏みつけてしまった。
無様にひっくり返ってなるものかと身体を捻って踏みとどまった先で、さらに裾を踏みつけてしまい、結果、盛大に転倒し――倒れた先には、たぶん何かの精霊を象ったと思われる木製の像。
木像に額をぶつける直前、王子が目を丸くしたのが一瞬見えた。
目が覚めた。額がじんじんする。
やけに寝心地がいいから、どうやら寝台の上に寝かされているらしい。
痛む額をさすろうとして、腕が自由に動かないことに気が付いた。両手を頭の上にまとめて、帯のようなもので括られている。
ついでに耳飾りも腕輪も足輪も過剰梱包気味の衣装もほとんど取り払われていて、一番下に着ていた薄絹の服一枚の姿になっていた。
なにゆえ私は、肌着同然の姿で寝台に拘束されているのだろうか……。
「起きたか」
「ひっ」
声のした方を向く。寝台のそばに置いた椅子に、王子が腰掛けていた。
「武器は隠し持っていないようだが……」
王子は私が意識のないうちに外したらしい腕輪を仔細に点検してから、卓上に置いた。
「あの身のこなしの鈍重さでは、体術が得意という訳でもあるまい」
「一体何の話でしょう……?」
おずおずと発したこちらの問いに王子は答えず、椅子から身を乗り出し、無言のまま私の髪に触れた。
すわ頭部を握りつぶされるのではと身構えたけれど、そんなに強くもない力でこしゃこしゃと掻き回されただけだった。
「髪にも仕込みはないか……」
「いや、あの……」
「武器はなし、身のこなしは並以下、気絶した演技をしているのかと思ったがアレで起きないのだから、本当に気絶していたようだし……。お前、何がしたいんだ?」
「何がしたいんだはこちらの台詞なのですが」
あと気絶かどうかを確かめるために私に何をしたのかが大変気になるけれど、怖くて聞けない。
震えて黙っていると、王子はぐしゃぐしゃになった私の髪を手櫛で整えてから(謎の優しさ)、椅子に座り直した。
「お前の名は?」
「……シエラと申します」
「シエラ。お前も暗殺者なんだろう?」
「あ、あんさつしゃ?」
「これまでに花嫁だと言ってやってきた女は、ことごとく暗殺者だった。『蝕みのドルコ』とかいう毒使いとか、『夜霧のズイカ』とかいう短剣使いとか……」
暗殺者各位の無駄にカッコいい二つ名が気になるけれど、そこは置いておき。
「……えっと、王子はその暗殺花嫁を、ことごとく返り討ちにしたわけで?」
私の質問に、王子は当然といわんばかりに軽く頷き、胡乱気な眼差しでこちらを見下ろした。
「だからお前もそうだろう。どうせ『右目が疼くシエラ』とか何とか言い出すんだ」
「人の右目を勝手に疼かせないでいただけますかね……?」
なんという言いがかりだ。なんで私の二つ名だけそんなのなんだ。
「なら何のシエラだ」
「まず二つ名がある前提をどうにかしましょう。そもそも私は暗殺者ではありませんよ」
「……本当に?」
疑わし気にこちらを見る王子に、全力で頷きを返す。
暗殺者だと疑われるのは心外だけれど、事情を知ると責める気にはならない。
これまでに来た花嫁が全て暗殺者だったのなら、六人目もそうだと決めつけるのも無理のない話だろう。
それに、これで謎が解けた。
王子が花嫁を殺してきた理由も(正当防衛)。
帯刀して私を迎えた理由も(迎撃準備)。
「一人目のように耳飾りに毒針を仕込んでいるかと思ったが、そうではなかったし……」
「それで私の装飾品を全て外されたのですね」
「二人目のように服の下に鎖鎌を隠しているかと思ったが、そうでもなかったし……」
「それで私の服をあらかた脱がされたのですね」
「三人目のように髪に絞殺用の鋼糸を編み込んでいるのかと思ったが、そうでもなかったし……」
「それで私の頭を撫でまわされていたのですね」
私に暗殺要素がなさそうなことを、自ら口に出して一つずつ確かめていく王子。
多彩な暗殺花嫁レパートリーを聞かされていく内に、拘束されている身でありながら拘束してきた側に哀れみの心が生まれてきた。
そうこうしているうちに、猜疑心に満ちた王子の眼差しから、徐々に険が取れていく。
「……では、お前は本当に、ただの一般人なのか?」
「はい。ただの一国の姫です。あなたの国から圧が掛かってきたので従順な姿勢を見せるための貢ぎ物の一環としてやってきた、ただの嫁です」
ついでに言うと、私は義理の母親である王妃から随分と疎まれていて、体よく放り出せる機会とばかりにイーラ国への貢ぎ物に選ばれ、急に軟禁生活から解放されて送り出された、正直に言って王族の教養は皆無の姫である。
だけど、そこは口にしなかった。いまさら「姫もどきはちょっと……」なんて言われて返品されても困る。
「毒使いでも、鎖鎌使いでも、短剣使いでも、暗器使いでも、邪酔拳使いでもない、ただのシエラ?」
「はい。両目ともに疼く心配のない、健やかなシエラです」
王子はきょとんとした顔で黙った。
険しくない表情の王子は、険しい表情をしていた時よりも幼く見えて、まだ二十歳にも満たない少年に見えた。のちに、王子は私より一つだけ年上、十九歳であることが分かったから、きっとこれが年相応な姿なのだろう。
「……。……。……」
王子は無言のまま、目を丸くして私を見つめ続ける。
やがて完全に敵意の消えた王子の視線が、しっかりと拘束されている私の腕に移り、きょとん顔が一瞬で焦り顔に変わった。無言で手早く拘束が解かれる。
「えーと、王子様……?」
暗殺者ではないと完全に分かってもらえたのだろうか。ひとまず自由になったので、ゆっくりと身を起こす。
と、王子は寝台に座る私に向かって、ちょっと風圧を感じる程の勢いで頭を下げた。
「悪かった……!」
謝罪の言葉、そして再び風圧を感じる速度で顔を上げる王子。
彼は困惑と後悔と申し訳なさが混在した、とても複雑な表情をしていた。
ともすれば今にも泣きそうである。いやすでに少し涙が滲んでいるかもしれない。
「あ、いや、あの」
「疑って悪かった。無実のお前の服を剝ぎ、腕を縛り、身体中をまさぐり、顔面にカブトムシを置き……俺はなんて酷いことを……」
「おっと気絶の真偽を確かめる方法が分かってしまった」
個人的には顔面カブトムシ案件を深く掘り下げたい気持ちもあったが(気絶の真偽を確かめるならもっと他に方法があっただろう絶対)、そんな雰囲気ではなかったのでひとまず看過、王子を宥めることを優先した。
「いや、まあ、今までの花嫁が花嫁でしたし、仕方がないと思います。一匹見たら三十匹と言いますし、花嫁が五連続で暗殺者だったなら六人目もそうだと思うのが普通というか、武器を仕込んでいないかを確かめる気持ちも頷けるというか、ね? 私は何ら気にしておりませんので、どうか顔を上げて、いやもう上げてた、そう、泣かないでください」
「ふざけるな、泣いてなどいない……っ」
くっと息を吞み、腕を顔に押し当てる王子。絶対に泣いているやつである。
転んだ直後に「痛くない……っ」と痛そうに呻いていた幼い頃の弟を思い出し、私はこの国に来て初めて、ほわほわと和んだ気持ちになった。
「ほーら王子様、大丈夫、大丈夫。殺られる前に殺る精神の発露で失敗なんて、王族あるあるでしょう? さあさあ、元気出して、よーしよしよし」
弟気分で慰めにかかったら、頭を撫でた手を素早く掴まれて、速やかに組み敷かれた。
王子は冷え冷えと据わった目で私を見下ろし、直後に「はっ」と我に返った様子になり、慌てて手を放し、気まずそうに「つい」と言った。
「頭部を狙われたから、つい反射で制圧してしまった……」
「反射で」
「花嫁・すなわち・敵という認識が、どうしても抜けなくて……」
「ただただ不憫」
不用意に触れて怯えさせてしまい申し訳ない。
王子のことは警戒心の強い野良猫だと思って接するようにしよう。
私は身を起こして寝台の端に腰掛け、なるべく穏やかに「王子様」と呼びかけた。
ぺしぺしと隣を叩くと、意を汲んだ王子は遠慮がちに近づいてきて、私から三人分くらいの距離を開けて、そっと寝台に腰を下ろした。やはり野良猫である。
「安心してください。私は決して王子様に危害を加えませんよ。見てください、このスプーンより重たいものも持てない細腕を。人生で一度も割れたことのない腹筋を。この国では標準装備かもしれない髪飾りの重さ程度で傾ぐ首を。こんなにも弱く儚く繊細で守るべき私のような存在が、どうしてあなたを傷付けられましょう?」
両手を広げて戦闘力のなさを存分にアピールする私を、王子はまじまじと見つめる。
そして、ばつの悪そうな顔で言った。
「……そんなこと、言われずとも分かっている。見れば分かる。お前が敵意を持っていないことくらい……。さっきは、その、乱暴にして、悪かっ」
「あ、私の腹筋、直に見たんですか? そういえばさっき身体中をまさぐったって言ぶぉっ」
手近なクッションを顔面に投げられた。
すべすべ手触りのふわふわ高級クッションなので痛くはない。
「ま、まさぐってなどいない!」
「前言撤回が早い」
「断じていやらしいことはしていないからな。意識がない間に服を脱がせて身体を触って暗殺道具の有無を確認しただけだからな。勘違いするな」
「分かってます、分かってますから、すけべ心を発揮したわけじゃないことくらい分かってますから」
泣いてないと言い張った件と言い、今と言い、王子は王子だけあって誇り高いらしい。王族はプライドが高くてなんぼだ、良きことである。
拗ねた弟の姿を思い出しつつ、頼れるお姉さん感溢れる微笑みで泰然と構えてみる。
すると王子は再び、ばつの悪そうな顔になり、そっぽを向いて。
「クッション投げて悪かった」
と、言った。
王子は王子だけあって誇り高いけれど、ちゃんと謝れる王子らしい。
「いえ気にしてませんよ。顔面に柔らかなクッションくらい。私が気にしたいのは顔面にカブトむ」
「お前にだけ名乗らせて、俺はまだだったな」
何かを決意したらしく人の話を聞いちゃいなさそうな王子は、そっぽを向いたまま、それまで私と間に空けていた三人分の距離を、ゆっくりと遠慮がちに詰めた。
「イーラ国第一王子、ザリハルだ」
そして、まるで仲直りの握手みたいに、否、きっと仲直りの握手として、そーっ……と手を差し出してきた。
は、花嫁不信の彼が、私に心を開こうとしている……!
野良猫が警戒を解いて近づいてくれたような感動を覚えつつ、笑顔でぎゅっと手を握り返した。
「ザリハル様! 改めまして、シエラでがふぅっ」
手が触れ合った途端、腕を引かれ寝台に押さえつけられ華麗に関節を固められた。
「はっ。手首の動脈を狙われたと思い、つい反射で……すまない……」
触れてきた花嫁を速やかに制圧する癖がついてしまったらしい不憫な彼に、私はふかふかの寝台に顔面を埋めたまま、「お気になさらず……」と言った。
「じゃあ今までも今回も、ザリハル様が『お嫁さん欲しい』って望んだわけじゃなくて、ほいほいと勝手に花嫁が送り込まれてきたってことですか?」
「ああ。この国では目上の者から贈られた女を断ることができない。そういうしきたりなんだ。俺は兄である第一王子から、花嫁の名目で刺客を向けられてきた」
「えっ、実のお兄ちゃんが可愛い弟に対し、暗殺花嫁を五連続で……?」
「そういう国だ。兄は俺が邪魔だったんだろう」
「ひぇ」
弟と手を取り合って仲良く生きてきた身としては、なかなかカルチャーショックが激しい話である。
「ん、あれ? 『兄である第一王子』? さっき、ザリハル様が第一王子だって」
「兄は先月に亡くなった」
「あら」
「第一王子派もろとも俺が始末した」
「おっふ」
「だから今は俺が第一王子だ」
「わあ……」
「これで俺に刺客を送る者はいまいと安堵していたら、今度はお前が来たんだ。父……国王から贈られた花嫁なので、断れなかった」
「なるほどー……」
「父曰く、『地図の端っこにある超辺境の小国に貢ぎ物を求めたら、まさかの姫を献上されて驚いた。てっきり名産品でも献上されると思っていたのに。そういや息子よ、お前まだ嫁ひとりもおらんかったし、お前にやろうぞ』とのことで」
「あー……」
「何も王女を寄越せなどと言ってないのに進んで嫁に出してきたから、お前の国は何を企んでいるのだろうと思って。……。……。何を企んでいる?」
「待って! 警戒心を取り戻すのが早い! 枕元の刀に手を掛けないで! 事情が! 家庭の事情がありまして!」
秒で剣呑さを帯びたザリハルをどうどうと宥め、どうにかこうにか説明をする。
「国がって言うか、家庭の事情がっていうか。我が家はちょっと家庭内に不和がありまして。王妃様が私をものすごく追い出したがっていて、大国からの貢ぎ物打診に便乗して私を献上したものと思われます。ほんとそれだけです」
お兄ちゃんに命を狙われていたザリハルにとって、「家庭の事情」は腑に落ちる理由だったらしい。
彼の目からすぐに警戒の色が消え、同情というか、同病相憐れむというか、ともかく労りの色が浮かんだ。
「そうか……シエラも家族で苦労しているのか」
「いやまあ、刺客を送ってこられないだけ平和な家庭だったんだな~と今は思いますけど。あはは」
「はは、それはそうだな」
ザリハルは笑った。家庭内刺客送り込まれジョークで受けてくれる、世にも珍しい人である。
「つまりザリハル様は、今までも今も、別にお嫁さんが欲しいわけじゃないんですよね。でしたら私、どうすればいいでしょうか? 押しかけ嫁状態なんですが、不要品として外に放り出されたり……?」
「そんな酷い扱いするわけないだろうが……」
ちょっと不安になって訊ねたら、呆れ半分、心外さ半分の顔を返された。
「そもそも王からの贈り物だし、刺客でもない限り無下にはできない。こうして遠い国からわざわざ来てくれたんだ、シエラのことはちゃんと花嫁として扱おう。今後の生活は俺が保障する」
「ああ、安心しました。野生の姫として生きていかずにすんで。放逐されたら二日で死ぬ自信がありましたから」
「二日で……そうだな……お前はひとりで勝手に転んで頭打って気絶するような生き物だからな……」
純粋な哀れみの視線をひしひしと感じる。暗殺者を五人連続で返り討ちにできる彼にとって、私のような人間は相当に愚鈍に映るのだろう。転んだのは偶然だと弁明したい。
「花嫁として扱うと言っても、シエラにその役割を無理強いするつもりはない。もちろん今夜も何もしない。だからその点も安心し……」
「えっ、初夜しないんですか?」
きょとんとして訊ねたら、きょとんとした顔を返された。
「えっ」
「え?」
「……お、お前」
「私、今日は抱かれる気満々で来たんですけれど」
「抱っ」
さあどうぞと両手を広げたら、ザリハルは赤面して仰け反り、ざざざと私から距離を取った。せっかく縮まったはずの警戒の距離が、初期の倍くらい広がってしまった。なぜ。
「おま、お前、望んで俺のところにやってきたわけじゃないだろうに、なんっ、なぜそんなに積極的なんだ……?」
しどろもどろに訊ねられるが、なぜそんなに狼狽されているのか分からない。
「え? だって初夜って、そういうものなんでしょう? 腐っても一国の姫です、嫁ぎ先での花嫁の役割くらいきっちり果たしますけど。はいどうぞ、好きに抱いてください」
「覚悟が決まりすぎじゃないか……?」
こちとら推定・連続花嫁殺人鬼のもとに、抱かれながら面白小話を聞かせる前提でやってきた、覚悟ばち決めの花嫁である。夫が殺人鬼ではないと分かった今、何を恐れろというのか。
「覚悟も何も、ぎゅーってするだけでしょう?」
「えっ……。……。……」
ザリハルは黙ってしまった。
私は何か変なことを言っただろうか。
「ぎゅーって抱っこし合うだけで子どもができるなんて、人類の神秘ですよね」
「……」
「いやまあ一晩中抱き締められるのは、まあまあ寝苦しいとは思いますけども。別に覚悟がいるってほどではないでしょう?」
私の出立前、可愛い弟は「姉上がどこの馬の骨ともしれない男に身を任せるなど」と嘆いてくれたが、ぎゅっと抱き締められるくらい別になんてことはないんだけどな。
うーん。世の男性陣は、女性とは三秒以上ぎゅっと抱擁しただけで死ぬくらい繊細だと思っているのだろうか。
「ザリハル様がせっかくの重ね着をほぼ脱がせてしまったので、ふかふかの抱き心地ではなくなってしまいましたが……あ、今から再着用しましょうか?」
広い寝台の隅のほうに打ち捨てられている豪華な衣装たちを指しながら訊ねたら、本当に本当に、微妙な顔をされた。
なんと言っていいか分からない表情だが、大別するなら哀れみの類で、私が彼から本日最も多く向けられている視線が憐憫とは一体どういうことだろう。
「……シエラ、お前、王族の子女なのに、ろくな閨教育も受けていないのか……?」
「うっ」
教育のことを言われると心苦しい。王妃の意向で王族に必要な高等教育など受けさせてもらえなかったので、教養らしい教養など身についていない我が身なのだ。
「すみません、家庭の事情で無学の姫でして……。ほ、放逐します……?」
とんだお荷物姫が来たと呆れて放り出されてしまうだろうかと、不安な気持ちで訊ねてみたら、「そんなことするか!」と、ものすごい勢いで首を横に振られた。
「むしろ野に放てるか。お前を外に放り出すような真似は絶対にしないし、しっかり保護して、生きていく上で必要なことを色々と教えなければならないと思ったところだ……切実に……」
「は、はい。ありがとうございます」
再び生活の保障を明言してくれたどころか、教育の機会まで示唆されてしまった。
押しかけ嫁にこんなに良くしてくれて、めちゃくちゃいい人だな。
そして私は受けた恩にしっかり報いたい人間なので、ぜひともザリハルの幸せに貢献したい気持ちが湧いてきた。
……のだが、なぜ現在、彼は片手で顔を覆って沈痛な空気を醸しているのだろうか。悩みがあるのなら徹夜でだって聞くのだが。
「シエラ」
「は、はい」
「とりあえず今日は寝よう。もう。普通に。いいな。普通に。分かったな」
「承知しました」
有無を言わせない感じだったので、というかものすごく疲れ切った顔で言われたので、私は唯々諾々と従い、大人しく寝台に横たわった。その隣、二人分くらいの距離を空けて、ザリハルも寝転ぶ。
「おやすみなさい、ザリハル様。ふつつかな嫁ですが、これからよろしくお願いしますね」
「……ああ。おやすみ、シエラ」
「あっ。今日のために面白小話を千個ほど仕入れてきたんですけど、聞きます? 昔々あるところに、肝臓ちゃんと腎臓ちゃんが」
「寝ろ」
「はい」
ふかふかの寝台は心地好く、千夜一夜の初夜で詰むかと思われた我が身も結局は無事だった安堵もあって、目を閉じればすぐに眠気が襲ってきた。
よし、明日は弟に手紙を出そう。
あなたの頼れる姉は、その優れた頭脳と機転で以て、異国の地でも楽しくやっていけそうですよ。
私の夫は噂と違って、めちゃくちゃ親切な王子様でしたよ。
翌朝、爽やかに目覚めて元気に寝室を出た私をザリハルが慌てて追いかけてきて「そんな薄着で! 外を! うろつくな!」と叱りながら上着を被せて寝室に引っ張り戻す姿を目撃した侍女たちにより、「花嫁が無事だった」「ザリハル殿下が異国の姫を気に入られた」「なんかめっちゃ仲良しそうだった」という噂が瞬く間に宮殿中に広がるわけだけれど、そんなことはまだ知らない私たちは。
「なんでお前はこう、何もない場所で転ぶんだ……頼むから目を離す隙を与えてくれ……」
「だってこの国の服、裾がずるずるで」
朝日の差す寝室で、叱ったり叱られたりしているのだった。
おしまい!
~おまけ・登場人物紹介~
シエラ
小さな雪国の王女。
正当防衛とはいえ五人を殺した男の隣で、即座に安眠できる強メンタルの持ち主。
黙って突っ立っていれば神秘的な白い髪の可憐な少女なので、嫁ぎ先では「雪国の妖精姫」なる儚げな二つ名が付いた。
ザリハル
砂漠の大国の王子。
あのまま成長すれば猜疑心の塊として粛正を繰り返す殺戮王への道を歩んだはずが、元気で無謀なシエラとの出会いにより、世話焼きオカン系ツンデレの道に軌道修正されつつある。
シエラの弟
とても心優しい弟なので、愛しの姉上を暴君の魔の手から救うべく、クオリティの高い女装(仕込みトンファー付き)で七人目の花嫁として乗り込んでくるかもしれない。
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以上、一夜目で打ち解けるタイプの千夜一夜物語でした。
明るく元気なぽんこつヒロインの次は、打算したたかヒロインが読みたいわと言う方は、ただいま連載中の『翻訳破棄 ~腹黒姫とお人好し魔王~』をぜひ……!
こちらは己の可愛さを分かっているお姫様が、婚約した魔王を籠絡しようとして籠絡され返される、言語の壁高めラブコメです。




