餌側
あの時指を差してきたのは、俺の目を欲しがっていたからなのか。
「いいか、ここにいる連中を信用するな。親切心でお前に近寄る奴なんか一人もいやしねぇさ。さっきの小鬼どもみたいにお前に恩を売って、食おうとするやつらがうじゃうじゃいる」
あのまま部屋から出ていたら目玉を取られていたのか。タケさんに部屋から出るなと言われていなければ絶対に出ていた。
「こいつらは、坊の部屋の襖を勝手に開けた。本来なら中にいるやつが許可を出さない限り開けちゃならねぇ。だからけじめをつけたんだ。よかったな、こいつらが無礼者で。でなかったらお前から礼を受け取るまで動かなかったぞ」
ぞっとした。潰されたその黒い塊から目を離し、烏の人を見上げる。
「助けていただき、ありがとうございます」
「助けてねぇ。これはけじめだっつってんだろ」
「そういえば、どうしてこちらに?タケさんならいませんよ」
「知ってるよ、さっきまで坊と一緒にいたんだからな。これを届けにきたんだ」
ばさっと何かを投げつけられた。うまく反応することが出来ず、顔面で受け止めた。足元に落ちてきたものを見れば、その布の塊は俺の洋服だった。
「童子の部屋に置きっぱなしだった。ついでに眼鏡も持ってこようとしたら小鬼共がくすねてやがったんだ」
「あぁ洋服、忘れていました。ありがとうございます。でも、眼鏡が俺のだってよくわかりましたね」
「あ?そんな人間臭いもの、お前しかいないだろ」
つまりは、匂いで分かったということか。俺は正直匂いの違いがわからないが、彼らはそういうのに敏感なんだろう。
「俺自身、眼鏡をしていたなんて覚えていなかったので確信がなかったんですが。そういえばどこにあったんですか?」
「この眼鏡はな、こっからいなくなったじいさんの作務衣のポケットに入ってたんだ。船の中にじいさんの衣服が散らばっててな。本体は海に持ってかれちまったみたいだが、運よくそれは残ってたみたいだ」
俺が寝ている間に、じいさんは俺から眼鏡を取っていたということか。視界が不自由になるのを理解しての行動だろう。それをずっと持っていた。さも、初めからメガネなんてなかったように振る舞われていた。
途端に胸がむかむかとしてきて気持ち悪くなり、その場で蹲る。こんなの殺されるために乗せられたようなもんじゃないか。俺があの船にいたのは、じいさんに連れてこられたということなのか?憶測が頭の中をぐるぐると回る。だめだ、気分が悪い。
聞かなきゃ良かったと、後悔した。
背中に何か触れた。手、だろうか。俺の様子がおかしいことに気付いた烏の人は俺にかけより、背中を擦ってくれているようだ。幾分かはましにはなるが、それでも呼吸は徐々に浅くなり頭がぐらぐらし出しす。起きていられない。
「すいません、ちょっと横になってもいいですか」
ちょっと待っていろ。烏の人はそう言ってから、タケさんの部屋の中をバタバタと歩き回る。その後俺を横に倒してから持ち上げ、いつの間に敷いたのか布団の上に下ろされた。いいか、坊には緊急事態だったからと説明しろよ、とか、勝手に部屋に入ったわけじゃないからなと繰り返し俺に言う。確かに人の部屋に勝手に入るのはよくないが、今回くらいいいのではないか。俺は微かに頷きながら気持ち悪さと戦っていたが次第に眠気に襲われた。寝むれるのなら寝た方がいい。きっと疲れてしまったんだ。烏の人がまだなにか言っているが、だんだん耳から遠のいていく。
いつしか俺の体は脱力し、意識が落ちた。
これは、夢か。
視界が真っ暗だ。微かに何か聴こえる。でも何の音かわからない。
体がずしりと重くて、寝返りすら打てない。背中が地面にくっついてしまっているように動かない。
瞬きを試みるも、瞼が開かない。ならば指先を、と思ったが動かない。
なら今の俺は何が出来るのだ?声を出そうにも出ない。
夢だからか。夢だから何もかも自由が利かないのか。
どうせ夢ならもっと自由があってもいいのに。空を飛ぶ夢や、走り回る夢のように。だがそういう夢は意図してやろうとすると出来なくなってく。せっかく高く飛べたのに、地面にどんどん近づいて上昇したいのにもう上がれなくて。結局目が覚めるんだ。今回はどんな夢だろう。
ぴちゃっ。
この音は、何だろう。水の音、だろうか。
しばらくすると、俺の額がひんやりした。冷たさが心地いい。
目の前は真っ暗なのに、落ちる感覚がした。それは物理的ではなく意識的な落下だった。
びくっと体が動いた。息をしていなかったのか急に酸素を取り込み肩で息をする。心臓がバクバクしている。俺はそのまま起き上がった。手元にひんやりしたものが落ちてきた。手ぬぐい?
「目、覚めたかい」
少し離れたところにタケさんが座っていた。烏の人の上に。烏の人は情けない声をあげた。
「言ってくれ!俺はあんたを介抱するために入ったんだって!信じちゃくれねぇ」
「おめぇさんだって、人間食ったことがあるって自慢してたろ」
「えぇ、そうなんですか」
「おい!おい!お前の一言で俺は死んじまうんだ!おい!慎重に発言しろ!」
タケさんが戻って来た時、烏の人が部屋に入っていたから怒った、という流れだろうか。確かに意識が落ちる前に何か言っていた気がする。緊急事態だったから部屋に入った、と言ってなかったか?そうだ。俺の具合が悪くなってわざわざ布団をだして運んでくれたんだ。
「タケさん。その人は俺を介抱してくれたんだ。急に具合が悪くなって」
「坊!ほら!坊!」
「小鬼から助けてもらったってのも本当かい?」
「はい。その人が来てくれなかったら、俺は眼鏡と引き換えに目玉を取られるところでした」
タケさんは、そうかい。と言って烏の人の上から退いて俺の傍まで来た。
「やっぱりあんた、目が悪かったんだな」
「そうみたいです。ほら、これをするとはっきり見えます」
枕元に置かれていた眼鏡をかければ、ぼんやりとしていた視界がクリアになった。
そこにはタケさんが心配そうに俺を見下ろしていた顔が見えた。




