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迷い船  作者: きんもぐら
12/13

ただいま停泊中です


 船を停める準備をしてくる。

 そう言ってタケさんは部屋から出て行った。俺が部屋から出ることは危険なんだと説明してもらった。ならば不用意に出歩くことはしないほうがいい。大きな座布団を借りてちょこんと座っていた。

 大きい部屋だ。天井も高いし、机も椅子もこの部屋にある調度品全てが一回り大きい。

 そういえば屋形船と比べてこの船は揺れをあまり感じない。窓の外の景色は流れているため動いているのは確かだ。

 ぼんやりと暗い外の景色を眺めながら、俺は今の状況を整理する。


 目覚めたら俺は屋形船に乗っていた。

 いつ乗ったのかも、どこから乗ったのかも記憶にない。それどころか、自分の名前と、自分のいた場所を思い出すことが出来ない。自分に関する記憶が曖昧なのだ。冷静になった今でもやはり思い出すことは出来ない。はて、自分はどこに向かうつもりで乗船したのか、あのじいさんは自分にとって何だったのか。

 じいさんを思い出すと顔を蹴った感触を思い出してしまい、身震いする。

 じいさんは、この船を遊覧船と言っていた。タケさん達の話を聞く限り、じいさんは元々この船の人間で、何かをきっかけに屋形船で大海原へと逃げた、ということだろう。だが海に出れば化け物だらけ。このままでは自分も死んでしまうと気付いたじいさんは、一緒にここから逃げ出したであろう人達を囮に、何度も舵を取ったのであろう。

 じいさんが屋形船で言っていた。私は何人もの人間の最期を見てきました、と。一緒に逃げてきた人達を犠牲に自分だけ助かろうとしていたのか。結果的には、彼自身も命を落としてしまった。

 俺がいたから。

 そもそも俺はどうしてあの船にいたのか。俺もこの遊覧船から逃げてきた人間かと思ったが、俺の顔を見ても誰も何の反応しない。タケさんもお偉いさんも知らないようだ。

 俺は、どうやってあの船に乗ったんだ?


 景色の流れが遅くなっていく。

 そして、止まった。

 船が止まったら窓を閉めてカーテンも閉めろと言われていたので、それに従った。

 今自分でわかるのは、これが限界のようだ。もしかしたら何かをきっかけに思い出すだろう。焦っても事態は好転しないし、俺は座布団を枕にして横になった。目を閉じてしばらくすると障子が開く音がした。タケさんが帰ってきたのだろうか。目を開けてそちらを見ると二人の小鬼が障子を開けている最中だった。おっと、誰かを入れて良いって言われたっけか。彼らは何かを持っていた。俺はそれが気になった。起き上がり見に行くと、それは眼鏡だった。丸い銀縁眼鏡だ。彼らは部屋に入ることはせず、障子の近くにそれを置いた。


「それ、どうしたんですか?」


 なにやら話しているようだが、俺には聴こえない。 

 

「これはタケさんのものですか?」


 首を横に振っている。そういえば、タケさんは俺の目が悪いんじゃないかと言っていた。言われてみれば確かに視界がはっきりしない。


「じゃあ、俺のですかね?」


 顔を見合わせている。あぁ、確信はないようだ。どこかで拾ってきて俺のかと尋ねにきたのか。

 

「一度かけてみてもいいですか?」


 小鬼は頷いた。俺は眼鏡をかける。すると視界がはっきりとし、辺りが見えるじゃないか。ぼんやりとした輪郭だった小鬼二人もしっかりと視認出来た。そうか、彼らがぼんやりしているのではなく、俺の視力の問題だったのか。


「ありがとうございます。恐らく俺のかと」


 彼らはハイタッチした。そして、俺を見る。

 じっと見ている。なんだろうか。

 俺は彼らの言葉を聞き取ることが出来ない。

 彼らは俺を指さし、それから両手を上げる。

 俺は、なんとなくお礼を寄越せと言われているような気がした。確かに、眼鏡が俺のであればこれを見つけてくれた彼らには感謝をしなくてはならない。何をあげればいいのだろう。俺は頭を悩ませる。

 彼らは、この部屋に入れないのか敷居を跨ごうとはしない。

 小鬼をまじまじと見る。

 船のガラクタを片づける時も、大部屋の掃除にもいなかったような見た目の鬼だ。自信はないが、どことなく辛気臭さがある。いや、愛嬌がないというか。表情がないというか。俺は、この小鬼二人を不気味に思った。

 他の小鬼より、粗末な作務衣。ぼさぼさの髪。感情が読み取れない目。

 俺が、二人に違和感を持ったのが伝わってしまったのか、二人は足を踏み鳴らした。

 どんどん。どんどん。

 右足だけを、一定のリズムで鳴らす。鳥肌が立った。俺は彼らから離れるように部屋の奥へ後退る。

 受け取ったらまずかったのかもしれない。

 眼鏡を外し、彼らに返そうとした。

 その時だ。


「お前らか。拾い物を勝手にくすねたのは」


 小鬼の近くに誰か来たようで、俺は頭をあげる。

 大部屋掃除のときに、タケさんを呼びに来た烏のような顔をしたあの人だった。


「兄さん、ダメじゃねぇか。坊に部屋から出るなって言われなかったかい」

「で、出てませんよ」

「じゃぁなんで障子が開いてるんだい」

「小鬼が開けてこれを。俺のかも知れないと思って持ってきてくれたんです」


 小鬼が障子を開けた。その一言で、烏の人は急に表情がなくなった。何かを察知したのか小鬼が踵を返して走りさろうとした。それを烏の人は、逃がすまいと思い切り足で踏んだ。それは足止めをするとか、動きを止めるための行動ではなく。思い切り踏んだ。何かが潰れた。柔らかい生き物が潰れた音が聴こえた。烏の人の足から目線が外せない。ゆっくりと足を上げる。だめだ、見たくない。だが俺の目は言うことを聞かない。

 足の下には自分が思い描いていた残酷な光景ではなかった。炭のような、なんだか黒いものがそこにあった。

 小鬼は、どうしたのだろう。


「あの、小鬼達は」

「あ?んなもん知ってどうすんだ。可哀想とでもいうかい。言っとくがお前を守るためだからな」

「えっと、事態がよく呑み込めていないんですが」

「お前、坊からなんも聞いてないのかい?」

「それは、えっと人間は捕食対象だということでしょうか?それでしたら教えていただきました」

「だったらなんで受け取った」

「あ、この眼鏡ですか?かけてみたら視界がはっきりしましたし、俺のかと思って」

「そうだろうな。その眼鏡は屋形船の中で見つかったんだ」



 起きた時に眼鏡に気付かなかったのか。それもそうか。自分を忘れていたし視力が悪いことも覚えていなかったのだから。一体どこに落ちていたのだろう。


「こいつら、どっからかお前の目の話を聴いてこそこそ拾い物を物色して持ってきたんだろ」

「どうしてわざわざ」

「お前に恩を売って礼をもらうためだろ」


 だからこちらをじっと見ていたのか。


「手持ちがなくてお礼をすることが出来ませんでした」

「どんだけ能天気なんだお前の頭は。いいか?あいつらが欲しがったのは、お前の目玉だ」

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