姉の思い
ビルの屋上で、静かに空を見上げる。
そうしていたらなんだか、自分自身が主人公になれたようで嬉しかった。どこまでも脇役だというのに。
ーーーーーツイソウーーーーーー
私は自分の家の異常さに気がつくことができなかった。
あまりにもなれすぎたのだ。
父親は暴力を振るい、母親は精神を壊した。いつからだっただろう。父親が喧嘩に暴力を用いるようになったのは。私はまだ幼かったころは、口喧嘩だけだった。その口喧嘩の理由は些細なことで、父親にとって気にくわないことがあったとか、その程度だ。なのに弟が生まれ、物心ついた頃から、母親が暴力を振るわれるのは、当然の光景になっていた。
ある日、私はどうしても納得がいかなくて、父親に逆らった。その結果が、身体についた青痣と、弟に庇われてしまったという事実だった。弟は心優しくて、その上父親に愛されていたから、私と母をその後もよく庇ってくれていた。
甘えていたのだと思う。弟は優しいから、父親のようにならないのだと思っていた。小学校の高学年になると、私は弟とよく喧嘩をするようになった。弟が、あの父親のようになったら困るから。そんな理由で私はよく引き下がっていた。姉だから、などという意識もあったのだろう。それが悪影響を与えるとも知らずに。そして年々、喧嘩での弟の暴言は増して、暴力を振るうようになった。正確には「ふり」をしただけだったが。それは私に十分な恐怖を与えた。
ちなみにその頃、父親は異国に単身赴任をしていて、家内が平和で油断していたのだろう。
ーーーーーーーキリトリーーーーーーーー
それから、弟は女子を取っ替え引っ替えするようになった。苦言を呈しても、無視される。高校になってもそれは変わらず、むしろ悪化したようにも思える。その頃、私の生活に変化が起きた。弟の最初に交わりを持った彼女だという少女が、私の元に訪ねてきて、弟のことで相談をしてきたのだ。どうやら、被害者の会なるものもできているらしい。そこに私は招かれた。
そしてそこで知った事実に私は驚いた。弟は彼女たちにも暴力を振るっていたと言うのだ。それぞれ、様々な傷を負っていた。男性恐怖症、消えぬ傷、壊れた精神。とても痛ましくて…申し訳なかった。身内として恥ずかしくて、情けなかった。私が謝罪すると彼女らは苦笑して、別にいい、と言ってきた。
その代わりに、頼みがあると言ってきたのだ。弟を止めて欲しいと。もうこれ以上被害者を増やさないで欲しいと。私は誓った。
しかし、無意味だった。苦言を呈しても無視され、時には暴力も付いてくる。彼女になった少女に接触しようにも、手段がない。私の言葉は弟に届くことはない。父親も、その息子である彼も不幸製造機だと思った。彼氏もできて幸せだったはずの私は、いつのまにか追い詰められていた。
そんな過去のことを思い出していたら、背後から足音が聞こえる。弟が来たようだ。
私はこれから、命を賭して弟に伝えることがある。振り返り、弟を見据える。弟は父親によく似た声で
「俺だって暇じゃないんだけど?」
と言ってくる。苦笑いのような表情を浮かべ、
「そうだろうね、」
と返す。弟はその様子が気に食わなかったようで、顔をしかめる。なんだか悲しくなって笑いを漏らし、先ほどと同じように空を見上げる。この先は、強くなければならないから。
「ねぇ、最近彼女さんとどう?」
始まりの言葉はあまりにも滑らかに紡がれた。弟は不信感を声に漂わせながら、15人目と別れた、と言っている。
また被害者が出てしまったのだ。「そう。」
呆気にとられて、それ以外返せなかった。空を見上げた姿勢のままで、目をきつく閉じる。悲しくなりながら、言葉を押し出す。
「やっぱ、君も不幸製造機になっちゃったね。君の彼女さんたち、私のところに来て色々相談するんだよ。」
そこまで言うと、彼の方を振り返る。彼はその言葉に怒りを覚えたようで、私にずんずんと近づいてくる。何度も見た父親と同じように。
私は腰あたりまでしかないフェンスのところまで後ずさる。すると、まず、殴られた。
「お前…」
きっとその後にそれで何を言いたんだ、と続くであろう言葉とともに暴力を振るわれる、私が倒れても、それは止まらなかった。少しして、暴力が止む。
私はこれ幸いと立ち上がる。微笑みを浮かべ、唄うように告げる。
「彼女さんたちに対してと同じように、私にもするの?ある子は、消えない傷が付いていた。ある子は、痛々しい青あざがあった。ある子は、男性恐怖症になった。」
彼女ら一人一人について思い浮かべながら、言葉を休めずに続ける。弟はそれがいかに重要なことかまだわかっていないのか、特に変化はない。
「ねぇ、〇〇」
きっと最後になるであろう。彼の名前を呼ぶのは。
「君もあの男と同じになっちゃったね。1人さぁ、別れも告げずにいなくなった子、いたでしょ。あなたが一番手酷く暴力を振るった子。その子は壊れちゃったんだよ。」
淡々と事実を述べる。それだけで私は更に心が痛むのを感じた。
仕上げだとばかりに、私はフェンスに座ると微笑む。
「君も、あいつと同じようにいろんな人を不幸にしちゃったんだよ。」
弟は驚いたのか目を見開くが、私にとってはもう全てが遅かった。今頃気がついても仕方がないのだ。その程度では彼はすぐ忘れるだろう。彼の記憶に、確実に叩き込むために、私は最後の一撃を加える。
「じゃあね、不幸製造機。せいぜい、足掻くといいよ。幸せになれるわけないけどね。」
意地悪くそう言い残し、私は体を倒す。いつのまにか雪が降り始めた。空が、綺麗だ。
そして私の体は急降下を始めた。驚いた顔で弟が見下ろしている。微笑みを浮かべるが、心は浮かない。
最後に思い浮かべたのは、「彼」の顔。
そして私の世界は暗黒に支配され、もう2度と色が灯ることはなかった。
姉にはこんな思いがあったんですね…。
皆さんの予想どうりでしたでしょうか。
次回も読んでくださると幸いです。




