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リリーナは、王宮へ行く為に外出届を出し、学園を後にした。そのことでリチャードの心は、アイリスに向けられているようだった。
ところ構わず睦みあう二人には、悪い噂が多い。それに対し、リリーナを擁護する声も、同じくらいあって、不思議なものだなと思った。そんな時だアイリスへの苛めが始まったのは、足をひっかけるのはまだ甘い方で、階段から突き飛ばされたりと多々ある。アイリスはそれをリチャードに逐一報告し、リリーナの仕業だとした。リチャードの心はリリーナからアイリスに傾きつつある。
これは望んでもいない好機で、オレはアイリスが、もっと喚いてくれないかとさえ思っていた。そうすればリチャードはアイリスに、どんどんのめり込んでいくからだ。
彼女との恋愛は障害があればあるほど盛り上がる。そして気付かぬうちに彼女に夢中になってしまうのだ。それはまるで病気のようで、今リチャードはその病気にかかっている。傾国の乙女に夢中な取り巻き達と競い合いながら、彼女の気を引こうとしている。その姿はあまりに滑稽で、こんな時に彼女が居なくて良かったと思った。きっと優しい彼女は傷ついていただろうからだ。
リリーナ以外に優しくないオレは、彼女の無実である証拠を逐一集めては、管理を始めた。実際のところ、今ここに居ない彼女が、アイリスを苛めるのは不可能だ。だから、リリーナに命令されてやった。と言う輩を家の力を使って黙らせた。
王宮主催のパーティが近いことに気が付いた。ことが起こる日はここに違いない。リチャードは一体どんな弁明をするつもりなのだろうか。今のところアイリスが好きだという彼の頭には彼女は居ない。リチャードはきっとまた彼女ではなくアイリスをパートナーにして参加する可能性がある。なら今度はオレから彼女にドレスを送ろう。そして彼女のパートナーとして出席しようと決めた。
数日して戻ってきた彼女は満面の笑みを浮かべていて、王妃様との話し合いが上手くいったのだと気付いた。早速生徒会室で彼女の為にお茶を入れる。
「どうだった?」
「王妃様は私の味方よ。好きな殿方ができたと言ったら喜んでくれたわ。それから殿下の悪評は、どうやら王妃様どころか陛下の耳にも入っているみたいで、お二人とも、私を愛娘のように思ってくれていたからか、今回の話は破談が決まったわ」
嬉しい半面少し彼女の顔に陰りが見えた。
「この婚約が破棄されたら私、公爵家に泥を塗ることになる。それに私をめとる人はきっと居ない。でも何故か嬉しいのよ。不思議なくらいに、そしてスッキリしたわ。それもこれもイルーゼのおかげね」
そう言った彼女は息を呑むほど美しかった。
「リリーナ、もし良かったらだけど、王国主催のパーティ、君のエスコートをオレにさせてくれないかい?」
「勿論、貴方ならそう言ってくれると思っていたわ」
二人でクスリと笑いあう。
パーティまでに諸々の書類を片付けなくてはと、生徒会の活動にせいを出した。
リチャードを避けて行動しているおかげで、リリーナにリチャードが靡くことはなかった。
そしてダンスパーティ当日オレは女子寮のエントランスで待っていた。彼女は落ち着いた純白のドレスに、瞳の色のリボンを絡ませた編み上げの髪をしていて、花をさしており、まるで女神のような美しさだった。
「どうかしら?」
「とても似合っているよ」
彼女はオレの腕に手を絡ませると深呼吸する。さあ夢の世界へ。彼女とオレはホールに踏み出した。
するとダンスが始まり、オレと彼女の優雅なダンスに、女の子達はほうっと息をつき見つめる。誰もが二人は恋人なのではと伺いたくなるくらいに、二人の呼吸はあっている。
隣で踊るリチャードとアイリスが霞むくらいに、ダンスを楽しむオレ達は幸せで満たされていて、一曲踊り会釈をする。すると嫉妬にかられた。リチャードから声が上がる。
「リリーナ、なぜオレを愛さない」
「私、貴方のそういった傲慢なところが嫌いなのよ」
「傲慢? それは君のような人に使う言葉だ。アイリスを苛めていたお前は最低の人間だ。今ここで君との婚約を破棄する」
その言葉にイルーゼは顔には出さないが、心の底から歓喜した。これでもう彼女を縛るものは何もない。後は彼等を追い詰めるだけ、彼女を泣かせた分だけ彼等を痛めつける為に口を開いた。
「殿下は先程アイリス嬢を苛めていたと申しましたが、彼女の側に居ないリリーナ嬢にはたしてそれは可能でしょうか?」
「リリーナが誰かに頼んでそうさせたのだ」
「その証拠は?」
すると途端に口をつぐむリチャードに、イルーゼは内心でほくそ笑んだ。本当に下らない茶番だ。すると陛下が立ち上がり、リリーナに視線を向けたので彼女は礼をした。
「リリーナよ。こたびは我が愚息がそなたを辱しめ、勝手に婚約破棄を口にしたこと、真にすまない。
その代わりと言ってはなんだ。そなたの望む者との婚約を認めよう」
「陛下、私の望む方はただ一人、このイルーゼとの婚約を望みます」
「イルーゼそなたは構わないか?」
「はい! 私は彼女を望みます」
その言葉を口にした瞬間リチャードは激昂した。
「この尻軽女め! 私を欺きその男と浮気していたのだな!」
「そうよイルーゼは私のものなのに返してよ!」
「口を慎め! そして我が子といえど、余の言葉を遮る事は許さん! お前には心底呆れた。お前は廃嫡とする」
強引に連れ出されたリチャードとアイリス。アイリスは最後まで叫び続けた。
「なんで私がこんな目にあわされるのよ。それもこれもリリーナあんたのせいよ!」
退場させられた二人にため息をつき、彼女に向き合う。そして二人は幸せそうに笑った。
これにて完結となりました。皆さまこれまでお読み頂きありがとうございました。