ちゃぷたーⅠ 幼女、怒られる
「…」
「は、はう…」
「オレ、待っててって言ったよね」
「はい…」
「真綾ちゃん、約束破った」
「めんぼくないです…」
「オレ、すごく傷ついた」
「まことにもうしわけないです…」
ウルフドッグさんとわたしは無事保護された。達也さんがいったんお店に戻ると、ちょうどセシルさんが迎えに来てくれていて、わたしが居ないということに大騒ぎになった。わたしの知らないところで一人と一匹の大そうさくになっていたらしく、本当に、本当に迷惑をかけて申し訳なくて情けなくて、いろんな人にいっぱいいっぱい謝った。
そして今も、わたしを一番必死になって探し回ってくれたらしいびしょ濡れのセシルさんに土下座して謝り続けているんだけど、上から聞こえるセシルさんの重い声が恐ろしすぎて顔をあげられない。更に、セシルさんは自分が着ていたパーカーを泥だらけだったわたしに着せてくれたので、まだ4月なのにタンクトップ一枚でいるから申し訳なさにはくしゃがかかる。は、はううう…。
「…すっごく心配した」
「ごめんなさい」
「…」
「ほっ、ほんとうに、ごめんなさいいい」
勇気を振り絞って顔をあげて、セシルさんの目を見てもう一度謝ると、セシルさんは真剣な顔をしてひとつ大きなため息をつくと、片手をゆっくりとあげた。ぶ、ぶたれるのかなあああ。そうだよねそうだよね。そうだよ覚悟の上だよさあ来いいい。
ぎゅっと目をつむってその時を待つけれど、セシルさんは手のひらをわたしの頬に軽くペチリと当て、ゆっくりと撫でた。予想と違ったので、おそらくまぬけな顔をしていただろうわたしは、セシルさんの優しさにどうしようもなくなって俯いてしまった。
「セシル―。それぐらいにしといてやれよ。まーやちゃんさっきから何百何千回と謝ってるだろ。土下座して平謝りする小学生はあんまり見たくねーよ。しつこい男は嫌われんぞ」
「元はと言えば、真綾ちゃんから目を離した先パイのせいでもあるんですけどね」
「お前は痛いとこ突くよな…。それは本当に悪かったよ。ホレ! 後は俺が謝罪を引き継ぐからまーやちゃんはもう許してやれ」
「…」
セシルさんはわたしをじっと見た後、わたしの腕を引っ張ってぎゅっと抱きしめると、わたしの耳元で「もう約束、破らないでね」とささやいた。セシルさんの息とくちびるが耳たぶに当たってこそばゆくて「ひゃ、ひゃぅい!!」と変な返事になってしまったけど、体を離した後、セシルさんは笑ってくれていたのでお許しは頂けたらしい。よ、よかった…。
そんなわたしたちを見ていた達也さんはなんだか難しい顔をして、セシルさんに自分の服を着るように手渡しながら「お前のソレさー。イギリスでは普通なん?」「さあ?」と会話していたけど、何のお話かはさっぱりわからなかった。
「ね、ねえねえ達也さん」
「んー?」
「お洋服、汚しちゃってごめんなさい。あの、おこづかいためてちゃんとべんしょうする…」
「ええ? いやいやいいよ。そんな、俺も悪かったんだし」
「そ、そうはいかないもん!! あと、その…ウルフドッグさんはだいじょうぶだった? いっぱいけがしてた…」
「本当にいいのに。あいつなら、まあやちゃんが寝てる間に手当も済ませといた。今はぐっすり眠ってる。安心しな」
「よ、よかったあ…よかったよお…」
本当に本当に、無事でよかった。わたしが起きてからどこにも姿が見えないから、怖い想像ばかりしていたので、やっと安心できた。
「俺達もビックリしたんだよ。まあやちゃんも居ないあの犬も探さないといけないってなって、森の方からあいつの遠吠えが聞こえたんだ。とりあえず行ってみると、一人と一匹がピッタリくっついて転がってんだから。ほんと血の気引いたんだよ。セシル(こいつ)なんか、もうこの世の終わりって顔してたんだぜ」
「は、はう……ん…?」
…あれ?
「わたしのほかに、誰かいなかった?」
「?」
「え、えっと。顔は見てないんだけど、でも、でも」
「俺達が駆け付けた時、まあやちゃんとあいつ以外誰も居なかったけど」
誰も居なかった。
…わたしの夢だったのかな。泣き疲れて寝ちゃいそうだったわたしを誰かがずっと抱きしめてくれていた気がしたんだけど…。ちゃんと腕も見えたし…。助けに来てくれた人達の中の誰かだったのかな。それとも寝ぼけてただけ?
考え込むわたしをセシルさんがじっと見ていたことに、このとき気付かなかった。




