ちゃぷたーⅣ 幼女、オオカミ男に襲われる
鎖につながれた傷だらけのオオカミが、自分を強く引きずる大人たちを振り払おうと暴れながらお店に入ってきた。真っ黒で、大きなオオカミ。126cmのわたしなんかよりもずっとずっと大きかった。オオカミの体は傷だらけで、あちこちから血が流れていた。…こわい。
「ああ!! すんまへんな達也はん! この近くでこいつを見つけまして、ここらで保護出来るところいったらここしかなかったんですわ! …おわっこら、暴れんな!!」
「構いやしませんよ。というかよく捕まえられましたね明石屋さん。それにしてもでかい狼だな。ん…? いや、こいつは…」
暴れ続けるオオカミを見て達也さんはなんだか難しい顔をしていた。お昼寝していたペットショップの動物たちも突然の事態に目を覚ましておろおろしている。大人の人たちがオオカミを押さえつけているけど、それでもオオカミの力が強いのかたまに振り払われてしまいそうになっている。
「保健所に連絡する方がいいんですかねえ。でもほら、こいつ狼でしょう? 隣町の動物園の方がええんですかねえ! あいたたた痛い引っ掻くな引っ掻くな! わしらは何もせんで!! 安心しいや!」
「連絡するならそいつは保健所行きでしょうね。狼じゃありませんから」
「へ!? 狼ちゃいますのん!?」
え!? オオカミじゃないの!?
警戒心を丸出しにしたオオカミ(?)は自分の目の前に立つ達也さんにグルルルルと低く唸って今にも噛みつこうとしていた。そんなオオカミ(?)の前でも余裕を見せて達也さんはしゃがみこみオオカミ(?)と目線を合わせてニカッと笑った。ちょ、挑発してるううう。
「こいつはウルフドッグですよ。狼犬です」
「なんやそれは」
「簡単に言うと、狼と犬が混ざった犬種です。…こいつは狼の血が濃そうだ。ほとんど狼と思った方がいいっすね」
「あいったたたたた。はーこんなでっかい犬もおりますのん。で、どうしますん! わしらもずっと押さえつけておくことは出来ませんわ!!」
「あともうちょっと頑張って下さい! でっかい檻持ってきますんで!」
「アイアイサー!!」
あれ、犬なんだ…。
ずっと暴れていたせいか、大人の人たちもウルフドッグさんも疲れてきたみたい。諦めたのか、ちょっとずつ大人しくなってきた。それにしても、奮闘してた大人の人たちも怪我してるけど、ウルフドッグさんもひどい怪我してる。あの血の量、大丈夫なのかな…。
「まーやちゃん」
「は、はひい!!!」
「ごめんな慌ただしくなっちゃって。」
「ううんだいじょうぶ。ってうわあ…」
あの大人の人たちが全員入れるんじゃないかってぐらい大きい檻を軽々と一人で持ち上げてる達也さんたくましい! 力持ち!!
「檻持ってきましたんで、皆で協力して上手いこと檻に誘導しましょう」
「よっしゃ! 踏ん張りどころやなってうおおっ!!?」
「は、はうっ!!!?」
「!! まーやちゃん!!!」
達也さんが持ってきた檻を見た瞬間、大人しくなりつつあったウルフドッグさんはここ一番に暴れだして、大人たちを勢いよく振り払った。そしてその勢いのままわたしの方に目をぎらつかせながら突進してきた。突進…は、はううううう!!!?
「はううううう!!!? えええええ!!!」
興奮して目が血走ったウルフドッグさんは一直線にわたしに向かってきた。どこにそんな体力が残っていたのか。
達也さんがわたしに何か叫んでいるけど、気が動転してしまって聞き取れないし、足は竦んで動けないし。ああもう駄目だ。お父さんセシルさん、かなんちゃん、その他お世話になった大勢の方々。今まで色々迷惑かけてごめんなさい。真綾は天国に居るお母さんと皆の幸せを願い見守っていますううう。ああああ。
怖くて怖くて目をぎゅっとつむってその時が来るのを待つ。あの大きさだと、やっぱりわたしなんか達也さんの言ってた通り一呑みなのかなあ。痛いかな。痛いよね。もういっそのこと、ひ、ひとおもいにやってほしいなあ。
でも、次に来た衝撃はわたしが想像していたものとは違っていた。
「ぐぅえ!? …お、重!!?」
恐る恐る目を開けてみると、ウルフドッグさんはわたしに噛みつくことなく、勢いに任せてわたしに乗りかかっただけだった。結果的に押し倒された状態になり、わたしは潰れた蛙さんみたいになっている。
上を向くと、丁度ウルフドッグさんの顔が目の前にあった。ぜえぜえと牙をむいて息が荒く、傷だらけの顔は痛々しい。あの赤ずきんちゃんに出てくるように、耳も目も、口も大きかった。ああ、本当にわたしなんかあの赤ずきんちゃんみたいにペロリだ。
でもさっきはすごく怖かったのに。こんなに近くに居るのに今はちっとも怖くないのだ。それどころかわたし、安心してる?
ウルフドッグさんの灰色の瞳と目が合った瞬間、ウルフドッグさんはわたしから勢いよくどき、そのまま店の扉から逃げ出してしまった。それを2人の大人が慌てて追いかけて行った。わたしは茫然としてその様子を見守ることしか出来ない。駆け寄ってきた達也さんが急いでわたしに近寄って寝ころんだままのわたしを起き上らせてくれた。
「お、おい! まーやちゃん!!怪我は!? 大丈夫か!」
「ふ…ふえ!? だ、だいじょうぶ!! 何にもされてないよ」
「お嬢ちゃんほんまに怪我ないか!? おいちゃんらが油断したばっかりに…! あああお嬢ちゃんの可愛い服が血だらけや!!」
「はう?」
おじさんにそう言われて自分の姿を見下ろすと確かに血だらけだった。でもこれはわたしの血じゃなくて、あの子の…。頬が何かで湿っているのでこすってみると、手には赤い血がこびりついていた。
「まーやちゃん、俺の服貸してあげるから着替えてきな。その間に俺達はあいつを連れ戻してくるから」
「せやけんど、こんの血の量であの犬も大丈夫かいな。あんだけ暴れて血も吹き出て…しかも雨やし、傷に染みわたるで…」
「急がないと、命に関わりますね」
「ほな急ごか!!」
皆が出て行ったあと、わたしは達也さんに借りた服に着替えて、お礼にと思い、血や泥で汚れた店内の掃除をしていた。雷はさっきよりずっとひどくなって怖くて仕方なかったけど、雷以上にあのウルフドッグさんのことが気になってしょうがなかった。
命に関わるって達也さん言ってたな…。早く見つけてあげないと、あの子死んじゃうんじゃ…。
わたし、このままこうしてて、いいのかな。
ぎゅっとモップを握りしめた瞬間、店内がピカっと光ってこれまで以上に大きな雷の音が響いた。はっはうううう。怖い、怖い、怖いよう…。や、やっぱりわたしが行ってもしょうがないよね。だってわたしなんかまだ子どもだし、足手まといになるだけだもん。こういうことは大人の人たちに任せた方がいいんだもん。わたしが行ったら迷惑になるだけだもん。
でも、でも。
『でもまーやは傷だらけの狼を放っておかないでしょう?』
「は、はうううう!!! 怖くないもん怖くないもん!! 雷なんか怖くないもん!! あんなのただの放電だもん!! 怒ったセシルさんの方が怖いもん!!」
ぴしゃぴしゃと雨水を踏みながら、傘が折れた時用に持ってきておいたお気に入りの赤いレインコートを、借りた服が濡れないように着て、折り畳み傘を片手にわたしはウルフドッグさんをあちこち探し回った。わたしにペットショップに戻れと言わんばかりに雷が立て続けにわたしを怒るけど、もう関係ないもん。いいもん! わたし悪い子だもん! おへそとられてもしょうがないもん!!
「あ、あの子が、死んじゃう方が、嫌だもん!!!」




