ちゃぷたーⅡ 幼女、思い出の毛布を授ける
「ほ、ほあッ。ほお!?」
「真綾ちゃん。何してんの? 布団抱えて」
「セシルさん!」
お父さんに宣誓したその夜、わたしは自分のお部屋からお布団を持ちだして、せっせとワンくんのお部屋に運んでいた。そして視界がお布団だけになっていたために、目の前に居たセシルさんにぽすんと音を立ててぶつかってしまった。慌てて謝っていると、お布団が急にふんわりと軽くなって、わたしが抱えていたお布団をセシルさんが持ってくれた。は、はうう。たくましい…。
「ありがとうセシルさん」
「何処に運ぶの?」
「ワンくんのお部屋」
セシルさんは笑顔のまま固まってしまった。は、はう? 変なこと言ったかな…。
「何で?」
「は、はう?」
「何であいつのところに真綾ちゃんのお布団持ってくの?」
「えっと、達也さんに出来る限り一緒に居てあげてって言われたし…」
「だから一緒に寝てあげんの? そこまでしてあげる必要ある?」
お布団を持ったまま一歩も動かないセシルさんはまるで大きな壁だった。セシルさんがそこを動かないと、わたしも動くことは出来ない。ワンくんのお部屋はセシルさんの向こうにあるのだ。な、何だかこの前かなんちゃんと遊んだゲームのシチュエーションとすごく似てる。セシルさんがお布団という名の人質を抱えた魔王に見えてきた。
「それに危ないよ。まだあいつが来て2日しか経ってない。いつまた襲われるかわからない」
「う…っ。さ、柵の外だし…」
「軽く飛び越えるって先パイ言ってたよね」
「……ワンくんずっとお部屋の隅から動かないし」
「今はね」
「は、はううう…」
何もかも正論でした。反論出来ません。そ、そうだよね。普通に考えれば、だめに決まってるよね…。ワンくんにも、うっとうしいと思われるかもしれないし…。
反省して、ずっとお布団を抱えてくれていたセシルさんに手を伸ばし、お布団を受け取ろうとしたけど、わたしに手渡されることはなかった。それに戸惑っていると、セシルさんはお布団を抱えたまま後ろを向いて、顔だけわたしの方に振り向いた。
「オレも一緒に寝る」
それだけ言ってセシルさんはお布団を手にしたまま、ワンくんのお部屋のドアを器用に開けて入っていった。……はう?
「…」
「…」
「は、はうう…」
りんせんたいせい、っていうのはこのことを言うのかなあああ。
セシルさんがお部屋に入ったのを見届けてから、しばらくセシルさんが言った意味を棒立ちになって考えていたら、お部屋からワンくんの唸り声が絶え間なく聞こえてきた。それを聞いて慌ててワンくんのお部屋に入ると、お部屋の隅でセシルさんを睨んで唸り続けるワンくんと、そんなワンくんを気にも止めないという風にわたしのお布団を柵の外に敷いてくれるセシルさんがいた。セシルさんはワンくんを一度も見ることなく、お部屋に入ってきたわたしに「これ一つで十分だよね」と尋ねた。え。ひとつ? い、いやそれより。
「せ、セシルさん」
「ん? なに?」
「ワンくんが、その、すごく警戒して」
「気のせい気のせい」
襲われるとしたらセシルさんの方なんじゃ…と思った。
お風呂にも入ってパジャマに着替えたわたしは、セシルさんがお風呂に入っている間にワンくんが落ち着いたタイミングを見計らって、自分のお部屋からワンくんに渡しておきたいものを持ってワンくんの部屋に戻った。ワンくんはすっかり定位置になったお部屋の隅っこでのんびり、とは言えないけどぽつんと座りこんでいた。そしてその傍らにはやっぱりアレがあった。
「ワンくーん」
「…」
「ね、そっち行ってもいい? 渡したいものがあるんだぁ」
ワンくんの返事を黙ってずーっと待っていると、しばらくしてワンくんがフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。こ、これはイエスなのかな。ノーなのかな。お邪魔しますと柵を開いてワンくんの大きいけど背骨が浮き出た背中にそっと近付くと、特に唸る等の反応は無かったので、おそらく、いいよ、ということだったんだろう。そういうことにしておこう。
ある程度の距離まで近づいてしゃがみこむと、もうワンくんとセットになっているといってもいい赤のレインコートがワンくんの下に敷かれているのが見えた。
昨日の夜、こっそりお部屋の中を覗いて、ワンくんがちゃんと眠れているか確認していたら、ワンくんはケージの傍に置いてあった毛布を使わずに、このレインコートに軽く包まって隅っこでもぞもぞと横になっていた。よっぽど気に入ったのかなあ。でも、これだけだと寒いだろうし、何よりこのレインコートは泥だらけだから洗った方がいい。そう思ったわたしは小さいころから愛用している思い入れのある大事な毛布をワンくんにあげることにした。それに、気になることが…、
「…」
「ほい」
「!!?」
「はう! そ、そんなに驚かなくても…」
背中を向けたままのワンくんに毛布をかけたら、すごくびっくりした顔で振り向かれた。でも嫌がった様子はなくて、毛布を振り落とすことはなかった。そのことにほっとして、ぽかんとしたままのワンくんに少しだけお話しした。
「それね、わたしのお母さんからもらった毛布なの」
「…」
「わたしがほんとに小っちゃかったときにね、怖い夢見て眠れないときがたくさんたくさんあったんだぁ。そしたら、お母さんが『この毛布は魔法の毛布だから、これに包まっていると怖い夢を吹き飛ばしてくれるからよく眠れるのよー』って」
「…」
「それからわたし、怖い夢とか、目がさえて眠れないときはよくこの毛布に包まって寝てたの。魔法っていうのは冗談だと思うけど、ほんとに眠れるんだよ!」
そしてわたしはワンくんの背中からすこしずり落ちたお母さんの大切な毛布を直してあげた。
「でも、もうわたしには必要無いから」
「…?」
「だから、ワンくんにあげる!」
昨日、ワンくんがあれから眠るところを見ることはなかった。夜中にトイレに行ったときも、朝早くちょっと様子を見に来た時も、変わらずワンくんは横になったままで、ぐっすりとまぶたを閉じることはなかった。ワンくんにも効果があるかはわからないけど、きっとこの毛布を今必要としてるのはワンくんに違いない!
「あ、あとついでに、そのぉ」
「…」
「レインコート洗濯させてほしいかなぁ…なんて」
「…」
させてくれなかった。




