ちゃぷたーⅤ 幼女、狩人さんと友達になる
「ワンくん、だいじょうぶ? もうちょっとでお家着くからね?」
ドッグランに行く前は元気いっぱいで憎まれ口をきいていたワンくんだったけど、帰り道はとぼとぼと歩いて覇気がまったく感じられなかった。あまりの変化に思わず不安になって千夏さんに診てもらったけど、どこも異常はないらしい。だけ、ど…。
「…」
やっぱり、おかしい。いつもはわたしの歩くスピードに合わせて隣を歩いてくれるのに。バスターくんとの件があってから、わたしとの距離が少し遠くなっている気がする。実際、今のワンくんはわたしの前を歩いていて、こちらの様子をうかがおうともしない。ひ、昼間のことが気まずいのかな。そりゃあ刺激の強い光景ではあったけど、もう気にしてないのに…。いや、本人の中で許せない何かがあるのかもしれない。一応年齢で考えると大人の男のひとだし…。
「ほんまゴメン」
「はう?」
「うちのバスターが迷惑かけて」
「へ!? い、いやいやいや! そんなこと、バスターくんも不可抗力だったと思うし。葵さんもバスターくんも悪くないです!!」
葵さんはバスターくんの興奮が治まってから連れて帰るということでドッグランにいる千夏さんに預かってもらっている。そんな葵さんが何でわたしのお家に一緒に向かっているかというと、
『バスターの調子が落ち着くまであんたヒマでしょうが。まーやちゃん送ってってあげなさいよ。もうすぐ暗くなるんだから』
という千夏さんのお言葉で、葵さんはわたしをお家まで送ってくれているのだ。もちろんひとりで大丈夫って気持ちだけ受け取って帰ろうと思ったんだけど、葵さんは首を振ってついて来てくれた。は、はうう。何から何までいたれりつくれりだ。
…い、いたれりつくせりついでに、ひとつ、お願い事してもいいかな。
「あ、あの、葵さん」
「? なに」
「わたし、実はわんちゃん飼うの初めてで、今日も色んな飼い主さんとお知り合いになれればいいなって思ってたんですけど!」
「うん」
「あ、葵さんもその、バスターくんっていうおっきなワンちゃん飼ってらっしゃいますし、ぜ、ぜひ、わたしの、そのぉ」
もじもじと煮え切らない態度のわたしにちょっと苛立ちを感じたのか、葵さんは少し不機嫌な顔になって、「はっきり言えや」とわたしに言った。強く言われることにあまり慣れていないわたしはびくっとして「は、はひっ」とよくわからない返事をしてしまい、そのまま勢い余って言ってしまった。
「わっわんちゃんともだちに、なってください!!」
その場に立ち止まって俯き、隣にいる葵さんに握手するための右手を差し出した。これで手を取ってくれたらイエス、取られなかったらノー、取ってくれなかったらノー…、あ、これすごく落ち込むやつだ…。ずっとその状態のまま待ち続けていたけれど、俯いた位置から見える葵さんの手が動く様子はなく、代わりに頭の上から声が降ってきた。
「オレのこと怖がっとる癖によう言うわ」
「は、はう」
「ホンマはこのピアスとか、目とか、自分めっちゃ怖いんやろ?」
「……ちょ、ちょっとこわいです」
「ちょっと?」
「すごくこわいです」
だめだ。葵さんが相手だと何でか全部見抜かれちゃうよう。や、やっぱり駄目かな。そうだよね、見た目で判断するひとは嫌いって、さっきハッキリ言ってたもんね。若干じこけんおに陥りながら、頭を上げると葵さんはわたしのことをじっと見ていたので、思わず体が固まってしまった。
「真綾」
「は、はひ」
「バスターのことは怖なかったん」
「はう?」
「ワンが駆け付ける前、じゃれつかれとったやろ」
「…ええと、くすぐったくて、ちょっと恥ずかしいって思っただけで別に怖いとは…」
そう答えると、葵さんは少し笑ってわたしの頭をぽんぽんと叩いた。あ、葵さん、はじめて笑っ……
「ええよ」
「はい?」
「友達なったる」
差し出したままだった右手が、あったかくなった。
「じゃあわたしのお家ここなので! わざわざありがとうございました」
「おん」
先を歩くワンくんに引っ張られながらも、葵さんと主にわんちゃんのお話しで夢中になっていたせいか、いつの間にかお家に着いていたことに気がつかなかった。まだまだたくさん聞きたいお話しがあったのでちょっと名残惜しいなあと思ったけど、葵さんをずっと引き止めるわけにはいかないのでがまんした。
「じゃーな」
「あの! 葵さん」
「?」
「よ、良かったら、また一緒にその、お散歩とか」
「真綾ちゃん」
お家の玄関から聞こえてきた声に、何故か背筋がぴんと凍った。
「セシルさん!」
「おかえり。その人は?」
玄関から出てきたセシルさんは、いつもの様に爽やかな笑顔でわたしを出迎えてくれたけど、何だろう。なにか、…へん。笑ってるけど、笑ってるん、だけど。
「こ、このひとはね、ドッグランで知り合ってお友だちになったの!」
「知らない人? 駄目じゃん。知らない人とお話ししちゃ」
「明石屋のおじさんの息子さんなんだって。千夏さんともお知り合いだったの」
「明石屋さんの?」
セシルさんはわたしの体を引き寄せて、ついでにワンくんのリードも取られてしまった。わたしの肩をつかむセシルさんの力が思ったより強くてちょっと痛かったけど、それを口に出すことは出来なかった。葵さんを見つめるセシルさんの目がすこし、怖い。
葵さんは表情を変えることなく、セシルさんに軽く頭を下げた。
「明石屋葵っす。セシル・ウェッジウッドさんですよね。千夏さんから話は聞いてます」
「千夏からオレのことを? へえ、何て言ってた?」
セシルさんは笑って葵さんに質問したけど、葵さんは何も言わずにわたしをちらりと見て少し黙ったあと、こう答えた。
「真綾の良い兄貴だって、そう言ってました」
わたしの肩を掴んでいたセシルさんの手に、一瞬すごい力が込められた。わたしは少し不安になってセシルさんを見上げると、それに気付いたセシルさんは笑ってわたしにお家の中に入るように言った。ぐいぐいと背中を押されて抵抗出来ずに、葵さんにちゃんとお礼を言ってからワンくんのリードを再びセシルさんから預かった。セシルさんも葵さんに挨拶とわたしを送ってくれたお礼を言ってわたしの背中を押して玄関に向かい、お家の中に入った。
扉が閉められたあとに、残された葵さんがつぶやいていたことを、わたしは知ることはない。
「……こっわ」




