家族写真
お母さんが救急車で運ばれるのは初めてではない。これで二回目だ。
昨日の夜、食欲がないと言っていた。でも少しは食べて欲しいから、冷凍のたらこスパゲティを電子レンジでチンした。
「少しでもいいから食べてね」
とダイニングテーブルの前に、お母さんを座らせ、たらこスパゲティを置いた。
「うどんとかの方が良かったかな?」
「そんなことないよ。ありがとう」
その後、三分の一か四分の一は食べたけど、それから隣のリビングのソファに座ってぼんやりとしていた。
私はお母さんが残したスパゲティにラップをして、自分用に電子レンジでチンしたミートスパゲティを食べていた。
「最近の冷凍スパゲティってさぁ、たくさん種類があるんだね」
「……そうね……」
「でも、私はついミートとかナポリタン買っちゃうんだよね」
そう言いながら、フォークでクルクルとスパゲティを巻きながらお母さんの事を気にしていた。
「そのうち、効き冷凍スパゲティとかできたりして……あっ、ミート限定だけど」
「ごめんね、ごはん、今度は作るからね」
「いいよ。そういうつもりで言った訳じゃないし」
いつもより様子がおかしい……そんな雰囲気がした日は、何か話そう話そうとし過ぎてしまう。次何を話そうか、言葉をさがす。
ほんのちょっとの沈黙の後、急にお母さんが話し始めた。
「明日香、今日ね、箪笥の中を整理してたら、写真がでてきてね……ここに越して来たばかりの時、撮ったでしょ?」
「そうだっけ?」
「引越社の人がマンションの前で撮ってくれたの」
ハッキリ言って全く覚えていなかった。
「じゃあ見せてよ」
お母さんは、ソファの横の引き出しから一枚の写真を出した。私は席を立ち、口をモグモグさせながら、お母さんが差し出した写真を見た。
私を真ん中に、お父さんとお母さんが笑っていた。
「この時のお父さんの顔、ちょっと疲れてるような気がしない?」
「そう……かな」
お父さんは真顔が笑顔のような人だったから、この顔が疲れた笑顔なのか、私には分からない。
でもこの写真の私は、どこか不安な顔をして、口元だけ笑っている感じ? 転校先の中学校でちゃんとやっていけるのか、あれこれ悩んでいた頃だった。
「思い出したの。肩が凝るとか、頭痛がするとか、確か言ってたような……」
「えっ……そうだっけ?」
「何かね……お父さんに病院行ったら? とか、どうして言わなかったのかな……って」
「やめてよ。もうそんなふうに思っちゃ駄目だよ」
「……そうよね……もうお父さんは帰って来ないんだから……」
と無表情で呟いて、家族写真を見つめた。
その流れで、次は部屋の隅の仏壇へ目を向けた。お父さんの遺影。やっぱり笑顔。
きっと今日一日、あの家族写真を見ながら、自分を責め続けていたんだろうと思うと、辛くなる。
「ごめん、寝るね」
「うん……」
隣の寝室にぬぼーっと入って行くのを、私は目で追った。昔テレビで見た、映画の貞子みたいに、前髪が顔を半分覆っている。
引き戸が静かに閉まった時、何か嫌な予感がした。前もこんな感じだった。
前とは、三カ月前。お母さんが睡眠薬をたくさん飲んで意識が朦朧として、救命救急センターで処置を受けた日。
深夜、気になってお母さんの寝室を覗いたら、やっぱり嫌な予感は的中していた。
帰りのタクシーの中、もう次はやらないって言うけど、やっぱり不安なので、お母さんが飲んでいる睡眠薬や安定剤は私が持っていることにした。
明け方家に戻ると、お母さんと私はすぐに眠った。
いつもは自分の部屋で寝るけど、その日はもうクタクタで、お母さんの布団の横でタオルケットだけ持って来て、そのままバタンと気絶するみたいに眠りについた。
最近はめっきり夢を見なかったけど、その日はお父さんが出て来る夢を見た。一緒に朝ごはんを食べてて、お母さんが「早くしないと遅刻だよ」とか言ってて……。私は学校へ行くのが嫌で、ちょっと憂鬱な顔をしている。リアルだった。
西側のカーテンの隙間から日が差した頃、エアコンのタイマーが切れていたせいか、その夢から覚めた。
「暑っ……」
ようやく起きようとしたけど、隣のお母さんがまだ眠っていたので、そのまま目を閉じた。すると、お腹がぐーと鳴った。そういえば今日は何も口にしていない。眠っていたのだから当然だけど……。
どうしようか、何を食べようか……冷蔵庫にはきっと何もない。今からスーパーに行って、お母さんが起きた頃に食べれるような物を買って来なくてはいけない。着替えなくっちゃっ、と起きたけど、よく見たらパジャマに着替えていなくて、Tシャツとイージーパンツのままだった。まぁ、着替える手間が省けて丁度よかった。このまま行こう。




