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三話

 夜会は滞りなく進んでいく。

 両陛下への挨拶を済ませ、レオンハルトの挨拶回りに同行したあとは彼と別れローズマリーにとって馴染みのある令嬢と話すのだ。


 婚約者が違っただけでこの流れは特に変わりは無い。ローズマリーは背後から声を掛けてきた令嬢に笑顔で振り返った。


「こんばんは、ルシアーナ」


 声を掛けてきたのはルシアーナ・ヴィクトリアス伯爵令嬢である。彼女は昔からローズマリーと付き合いのあるかご令嬢だった。

 彼女はいわゆるお友達である。


 その絹糸のような銀髪と黄水晶のような美しい瞳に儚さを覚えるものは多いが、その性格は実に破天荒なものである。淑女の顔の裏に見え隠れしている無邪気な一面は、ローズマリーにとって貴族社会の息の詰まるような面倒なしがらみから解放してくれるようで、とても心地が良かった。


 それと同時に彼女はいつも最後まで自分を信じてくれていた唯一の心の支えとなる味方でもあった。


 そんな彼女はにこにこと愛嬌のある笑みを浮かべながら口を開く。


「相変わらず婚約者様とは仲良さそうね!」

「……ええ、まあ」


 その言葉に気まずくなるローズマリー。なにせ今日この瞬間からの出来事しか覚えていないのだから、それより前からの婚約者との関係性がいまいち把握出来ていないのだ。しかし彼女の言葉を聞く限り、関係は良好だったのであろう。


 曖昧に笑ってみせるローズマリーにルシアーナは頬をふくらませる。


「何よその他人行儀な返事は!当事者なのにちっとも嬉しくなさそうなんだから」

「そういう訳じゃないのよ。ただ今でも殿下が私の婚約者なのが実感できてなくて」

「今更すぎない?」

「そんなことないと思うけれど……」

「まあでもわかるよ。あんな素敵な人が婚約者だったら私もきっといつまでたっても夢見心地で実感なんて持てないと思うし」


 うんうんと理解したように頷くルシアーナ。


「でもルシアーナだって素敵な婚約者がいるじゃない」


 仲良かったわよね?と聞くローズマリーにまあね、と彼女は肩を竦めてみせる。


 ローズマリーも何度かルシアーナの婚約者に会って話したことはあるが、とても印象の良い好青年だったはずだ。爵位も古くからある侯爵家と歴史も地位もきちんとしている、結婚相手には申し分ない相手である。


「でもそれとこれとは別よ。王子様のお嫁さんなんて誰もが一度は夢見るものでしょう?」


 そういうものなのか、とローズマリーは思った。

 幼い頃から王族の婚約者であった為にあまりそういう夢を見ずに育ってきたのだ。毎日の王族の婚約者としての教育は楽しいと思うこともあるけれど辛いことも多いのだ。基本的に学ぶのは好きな方であるローズマリーだが、詰め込まれていくその教育は幼い頃の自分には相当な重荷でもあった。


 これが王妃教育であったのなら尚更大変なことであっただろう。遠い(本当に遠い)昔の記憶に思いを馳せて、内心でげんなりする。


 好きでエドガーの婚約者になった訳では無いのだ。家同士の決めたことなのだから、幼い頃のローズマリーにとってその学習の日々は辛いものだったのである。


 だから王子様のお嫁さんとかいうものに夢もへったくれもないのだが、まあルシアーナの夢まで壊す必要は無いだろうと微笑んでみせるだけにとどまった。


 しかしそこでふと視界の端に見慣れた桃色の髪が写りこんだ。

 視線だけでそれの後を追う。桃色の髪に橄欖石を彷彿させる薄緑色のまあるい瞳、白い肌にほんのり薄づいた頬、柔和に笑う優しげな口元。そして淡いクリーム色の華美では無いが洗練されたドレス。どれもよく見慣れていた。


 エミリア・リリーベルその人である。


 ローズマリーは僅かに目を見開く。少しだけ喉の奥が張り付いたような感覚があった。


 彼女の周りにはたくさんの人が集まっていた。その様子を遠くから眺めていれば、黙ったままのローズマリーを訝しげに見つめていたルシアーナがその存在に気付く。


「あの子がどうかしたの?」

「……いえ、なんでもないわ」


 不思議そうに問うルシアーナに首を振ってみせる。

 なんにせよ、今のローズマリーの婚約者はエドガーでは無いので関わりを持つことなんて無いはずだ。


 そう考えてローズマリーは彼女から視線を外した。


 今日ここで彼女はエドガーと出会うはずである。それも、エミリアがよろけた所をエドガーが助けるという見る人が見たらなんともロマンチックに映るであろう出会い方をするのだ。


 まあ、けれどもそれもローズマリーには関係の無い話だ。いくら彼女と彼が出会ったところでローズマリーに被害が被ることはもうないのだから。


 と、そこまで考えてふと彼女は気が付いた。そしてそのことに驚愕し、内心で困惑する。


 なにせ今日この会場内においてエドガー・フォン・ルシアンナを見ていないのだから。

 レオンハルトの婚約者として王族への挨拶を済ませた際、その場に彼はいなかったのだ。それからあとのことを思い出しつつ彼の姿を探してみたがどこにも見当たらない。多分、恐らくこの夜会に彼は来ていないのだろう。


 どういうことだとローズマリーは混乱する。五度目のループは初っ端から様々なことが変わっているのだ。何かがおかしい、とようやくこの頃になって思い始める。


 なら、彼女が今日出会うのは誰?それとも今回は何も無いの?


 そうしてエミリアの方へとおもむろに視線をあげた先で、彼女は見た。


「……ぁ」


 よろけるエミリアを支えるレオンハルトの姿を。


「うそ、でしょう?」


 婚約者が変わっただけで、やはり自分の死ぬ運命は変えられないのだろうか。


 五度目の未来のその結末をこの瞬間に見てしまった気がして、ローズマリーは()()絶望した。

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