05_第5話
その日の午後を適当に済ませ、結果的に久々に全授業に出席した影斗は、どことなく満ち足りたような表情でバイクを走らせていた。
そして今日泊まる友人宅から最寄り駅近くのコンビニに停め、夕飯と嗜好品を調達する。買い物を終えて出てきたところで、何かに気がつき足を止めた。
…なんだあいつ。
自分のバイクの横っ面にどっかりと胡坐をかき、じっと眺めている学生らしき男子。
その奇妙な姿に、コンビニを出入りする何人かも、その彼を横目にしながら通り過ぎていく。
その場に突っ立ち、影斗はしばらく思案した後、男子学生に気取られないように近付いていった。
「俺のバイクに何か用?」
後ろから声をかけられ、男子学生はパッと振り返る。驚いたのか目を丸くして、少し離れて立つ影斗を見上げた。
「おっ、おお…! これ、あんたのマシンか!?」
「あぁ、そうだよ」
すくっと立ち、興奮したような面持ちで影斗にずいっと近付く。
「すげー恰好いいなぁって思ってさ。これ、Z400だろ? もーさっきここ通り過ぎかけた時ブレーキガン踏みしてコケそうになっちゃったよ。いやぁ、やっぱ生で見ると惚れぼれするなー!」
近付いてきた彼は、頬を上気させながら一人でしゃべり続ける。
「ほらグリップとかビキニカウルとか、カスタマイズしてるだろ? 雑誌で見たやつと違うもん! あー、このマフラーいいなぁっ…あんたセンス最高だな!!」
みずからのバイクへの思いをオーバーアクションを交えつつまくし立て、影斗へ振り向いて満面の笑みを見せた。
影斗は目を点にして、男子学生の言動を黙ったまま眺めていた。何か適当に相槌でも打とうと思ったが、あまりの彼の興奮具合に圧倒されてしまっていた。
そんな影斗の様子に彼もはたと気付き、一転して恥ずかしげに頭に手をやった。
「あー…ごめん。つまり…あまりに恰好良かったもんで見学させてもらってました。怪しい者じゃないです!」
「…いいよいいよ。お前も持ってるの? マイマシン」
男子学生のその変わり様に影斗は思わず噴き出し、彼の話に合わせてやる。
「あ、いや…まだ免許持ってねぇんだ。金もねぇし…目下貯めてるとこ! これが俺の今のマシン」
彼は、影斗のバイク脇に無造作に停めたロードバイクのサドルをペンペン叩いてみせる。
「あぁ、そうなの? お前いくつ?」
「高一! 昨日入学したばっかっす。あんたも高校生?」
「高三。…お前、ガッコ入ったばっかで制服汚すなよー。ケツ見てみろよ」
「! っあー! やべぇ母ちゃんに叱られるっ」
指摘され慌ててズボンをはたく彼を、影斗は改めて観察する。
立ち上がった上背は影斗より少し低いくらいで、首が太く脚もしっかりしていて、かなり健康的な良い体格をしている。春だというのに少し日焼けしたような浅黒い肌に、目鼻立ちがはっきりした、いかにもやんちゃな男子高校生という感じだ。
学ランの襟に付いたエンブレムからこの近隣にあるK工業高校とは先ほどから気付いていたが、あそこに通っている連中は不良が多いが悪い奴はいない。
他校に顔が広く友人も数多い分、自衛のために人選も意外と慎重な影斗だったが、目の前の彼は完全に素を見せている風であり、なかなか話も合いそうだ。
影斗は密かに、彼を自分の友人リストに加えることにする。
「…つーか、すんません。歳上相手なのにフランク過ぎたな、俺」
「気にすんな、俺お前の先輩じゃねぇし。タメ口でいいよ」
「えー? いいの?」
「おう」
「そっか? じゃぁお言葉に甘えて! 俺、花房 烈」
「俺、エイト」
親しい、親しくないを問わず、影斗は他校生にフルネームを名乗らないことにしている。
お互い名乗ったところで、サイドバッグから取り出したバイクのメカニカル雑誌を烈に差し出す。
「バイク好きならさ、これやるよ。俺もう見終ったし」
「えっ? …これ、この前発売したばっかの最新号! 悪いよ…しかもこれ結構高いじゃん」
「いーって、これ見て貯金励めよ」
「…わかった、そうする。ありがとな、エイト! 歳近いヤツが実際持ってるの見たら、俄然やる気出てきた! まずは母ちゃんに賃上げ直談判だな…」
影斗がそこで、さらっと話題を変える。
「お前、なんでそんなにバイク乗りたいって思ったの?」
「あぁ、父ちゃんが昔からバイク乗りでさ。ツーリングクラブとかで遊びに行く時、一緒に乗っけて連れてってもらったりしてて。メンテナンスとかも自分でしてるの横で眺めてたりしてたら、興味湧いちゃうのは必然じゃん?」
「なるほどねー」
「つまりはウチにバイクあるんだけど、父ちゃん絶対使わせてくれねぇの! 欲しかったら自分で好きなの買えって。まぁ、そりゃそうなんだけどさぁ…」
烈は落ち込んだように肩を落とすが、すぐに顔を上げ、ニッと笑った。
「とりあえずモノは先として、今は整備士になれるように専門入るのが目標かな!」
影斗はうんうんと頷きながら、烈の人生設計を聞いてやっていた。
その屈託のない笑顔に、少し眩しさを感じながら。
コンビニ前で影斗としばらくしゃべった後分かれた烈は、自宅最寄り駅近くへ自転車を走らせていた。
と、差しかかった改札口から、真新しいブレザーに身を包んだ小柄な学生が出てくるのを見つけ、キキッとブレーキをかける。
「おーいっ、蒼矢!」
再び自転車のペダルに足をかけると、呼び止められた蒼矢の横に寄せた。
「…自分から来るなら、大声で呼ぶなよ…」
「あっ、わりぃ。家の前とかと同じ感覚になっちゃった。だって学校帰りに会うなんてそうそう無いじゃん?」
むすっとした表情を向ける蒼矢に、烈は笑ってとりなした。
そのまま二人は並んで家路へと歩きだす。烈は腕時計をチラ見する。
「今帰りなのか? 遅くね? もう授業みっちりなの?」
「委員会に入って…それで」
「いいんかいー? お前早速かよ、さすがだなぁ」
「…お前こそ、遅いんじゃないか」
「俺はただの寄り道!」
「…あ、そう」
いつものように賞賛の思いをにじませて顔を覗き込んでくる烈をごまかすように視線をそらした蒼矢だったが、彼の返答にじとっと一瞥すると、歩みを早める。
「あ、後ろ乗ってけよ。速達しちゃる!」
「二人乗りは交通違反」
「あー、…そっか」
スタスタと前を行く蒼矢を眺め、頭をかいていた烈は、パッと気がついてその後ろ姿に声をかけた。
「じゃあさ、ウチで飯食ってかね?」
烈を置いていこうとする勢いで歩いていた蒼矢の足がピタッと止まり、ゆっくり振り返った。
少し頬が紅潮した、嬉しさを隠せてない表情が浮かぶ。
「…いいのか?」
「もち!」
その幼馴染へ向けて、烈は満面の笑みでサムズアップしてみせた。
*裏話*
髙城家と花房家のお付き合いについて
家族ぐるみで仲が良い…というより、蒼矢が半分花房家の息子のように扱われています。
烈の両親共に蒼矢を大変可愛がっています。
蒼矢父との関係は薄いですが、両家の母親同士は仲が良いです。
(一応蒼矢父も、花房家への手土産を頻繁に蒼矢に持たせるなどし、気を遣っています)




