2:決行の日 その3
塔の上はなかなかいい景色だった。これより高いのは王城くらいか。まあ、あっちは高台にあるから、高さはその分底上げされてるけど。
真下にはなぜか干し草の積まれた馬車があるが、さすがにそこに飛び込むつもりはないぞ。
さっそく久しぶりの一言。
「装着!」
どこからともなく甲冑が出現し、俺を包み込む。
それから持ってきた荷物から真っ黒なマントを取り出す。
「ああ、面倒だな。これも一言で身につけられりゃ楽なんだけど」
甲冑で動きにくい上に兜で視界が限られている状態でマントを背中に回し、首でヒモをくくるのは想像したよりも面倒だった。まさに猫の手でも借りたい。
「呼びましたかにゃ、ダンニャ様?」
「うおう!? いきなり現れるな!」
ニャオウの声がして探すが、視界には見えない。
手伝ってもらってなんとか準備を終えると、教会の状態を確認する。そろそろ式が始まる頃だ。
「で、どうだ?」
「問題にゃく進んでるにゃ」
「まあ、なにかあったらサポート頼むわ」
「任せるにゃ」
ニャオウの気配はいきなり消えた。
俺が描いた物語はこうだ。
式が始まった頃に貴族の坊ちゃんが乱入してくる。もちろん、ローネを望まぬ結婚から救い出しに来る勇者のつもりで。当然混乱する。そこにさらに俺が魔王になって乱入してローネを生け贄にすると宣言。最後に冒険者が魔王を討伐に来て無茶苦茶になったところで、魔法でローネを殺し、姿を消す。混乱しているうちに街から脱出。ファミには魔王として魔法で補助してもらって、セイルには勇者として冒険者が余計なことをしないか注意してもらう。
こんな感じだ。最後に魔法で教会をぶっ潰してもいいかな。
「お、来た来た」
まずは貴族の坊ちゃん。名前はデレクだっけ。
「……え?」
ひとりじゃないのは想定内だった。どうせひとりじゃ何もできないんだろうから、お友達とか護衛の兵士とかを連れてくるはずだと思っていた。
が、これは想定外だ。
「なんで一緒に来るの?」
思わず声に出た。《炎の鷹》の連中だった。偶然一緒に来た訳じゃないのは、様子でわかった。酒場で出会って意気投合した感じ?
そのまま真っ直ぐ教会に向かっていく。入り口でもめたが、一応招待客の貴族だ。すぐに入ってしまうだろう。
「しょうがない。出たとこ勝負だ」
俺はマントを広げると、思いっきり床を蹴って飛び出した。
「んぐっ」
玉がすくみ上がるってのはこう言う感じか。体重がなくなったかと思うと、急に全身が重くなり、そしてフワッと浮き上がった。
魔王の魔法アイテムで姿を隠して、しかも飛べるという便利な代物だ。教会の正面上にあるステンドグラスを目指して方向を調整しながら飛び、充分近くなったところでマントを縮める。
トンッと庇に着地。が、円筒形だったせいで足が滑った。
「うおっ!?」
危うく落ちそうになって、慌てて壁の出っ張りを掴む。幸い初代勇者の甲冑のおかげで力も強くなっていたからつまむだけで全体重を支えられる。
そのついでに身を乗り出して下を見ると、まだデレクたちはもめているようだ。
「よしよし、まだ踏み込んでないな」
と、その時、ステンドグラスの向こう側で声が響いた。神官の声だろう。教会の音響効果でよく響く。
「お? 始まったな」
神官の言葉は女神メディアを讃えるとか女神の加護によりここにふたりが云々。眠くなるような言葉が長々と続く。いかん。本当に眠くなってきたぞ。
眠気に負けて一瞬だけ意識が飛ぶ。
やべ……。
掴んでいた出っ張りから手が滑りそうになって慌てて掴み直す。その時、踏ん張っていた足に体重をかけたせいで庇がゴリッと音を立てた。
「ん? なんだ?」
デレクと押し問答をしていた教会兵が俺の方を見上げた。マントのおかげで姿は見えないはずだよな。
教会兵は確かに俺の方を見上げたが、視線をさまよわせている。見えていないのは確かだ。
その隙にデレクは教会兵をすり抜けて扉に向かった。
デレクは突進するようにバンッと激しい音を立てて、教会の正面扉を押し開ける。そのまま通路を早足で突っ切って祭壇の手前で片膝をついた。
「ローネ様、お助けに参りました!」
大仰なお芝居じみたい仕草とセリフに思わず吹き出しそうになってかろうじて我慢する。下の教会兵にバレる。
「デレク・アイオーン? なんのつもりですか?」
ローネは訳がわからないという声で尋ねる。そりゃそうだろう。
「私への隠された愛、わかっております! 私に対するつれない態度も、すべて周囲を欺くためだったとは、察することが出来すに恨んでいた自分が情けない!」
「あの……」
「いいえ、わかっております。しかし、今となってはお隠しにならずともいいのです」
「これはいったいどういうことだ!?」
不機嫌極まりない声を上げたのは新郎の方だった。まあ、そりゃそうだろう。自分の結婚式に乱入されたらそうなる。
「黙れ、金で麗しき王女を買おうとする好色ジジイめ!」
「な、なんだと!?」
「我が国の至宝を金で奪わんとするなど賊も同じと心得よ!」
「殿下、失礼を致しました。衛兵、この者を捕らえよ!」
「ローネ様!? 私の想いをどうか――」
わらわらと近衛兵がデレクに駆け寄ってくる。
そろそろ主役の登場かな?
よし、行くぞ!
俺はステンドグラスを叩き割って中に飛び込もうと拳を振り上げた。




