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目覚めたら記憶喪失でした  作者: じゅり
― 番外編2 ―
43/43

43.社長室の鬼門番、木津川晴子

【書籍発売記念SS:2】


36話後くらいのお話です。

 用事があって一度秘書室を退席し、再び戻って来ると、秘書室長がお茶の準備をしていた。

 今日は来客予定はないはずなのに……?

 そう考えながら室長に近付いて尋ねた。


「急なお客様ですか?」

「ああ、木津川さん。……ええ、そうなのよ」

「アポイントメントがある方ではないですよね」


 室長は少し苦笑いしながら肩をすくめた。


「平澤製菓のご令嬢で、顔パスで通ると思っている方なのよ。事実、社長も邪険に扱えないんだけどね。木津川さんは初めてだったかしら」

「はい。取引相手のお嬢様ですか?」

「いいえ。そうではなくて昔なじみの方というだけなんだけどね」

「そうですか。――あ、すみません。それでは私がお茶出し致しますね」

「ええ、お願いね。社長もお困りなっているのよ」


 何ですって! 社長がお困りに!?


「まあ、それは大変ですこと! 至急、社長様の元に駆けつけなければ。ほら、私って、困っている人を見逃せない質なので」

「木津川さん、表情が輝いているわよ。もしかして困っている社長を見逃したく・・・ない、の間違いでは?」

「室長酷い! わたくしのこの曇り無き瞳をご覧下さい!」

「うん。普通に好奇心に満ち溢れているわね」


 私の純粋無垢な瞳を見てもなお、室長は苦笑した。



 社長室をノックし、失礼しますと言って入室すると、目に入った光景は。

 ――ソファーに座ってお美しい女性が社長にべったりとしなだれかかっている姿だった。


 はぁ!? 何が困ってんの!? 仲睦まじいじゃないですか。え? 私が邪魔ですって!? こりゃあ、失礼致しました! っていうか。社長とは言え、何、職場で勤務中にいちゃついているんですか。何か腹立つわー。家でやれ家で!


 呪いを込めたお茶をテーブルに置いて社長をにっこりひと睨みすると、今更彼女から身を離し、眉根を寄せて何とかしろの表情を浮かべている……気がするけど知るもんか!

 女性はと言えば、私の入室でさすがに身を立て直したが、明らかに私を邪魔者扱いしているのが分かる。


 すみませんでしたね! お邪魔しました!


「では失礼致します」


 もう一度社長を睨み付けると、頭が痛そうな表情を浮かべるのが見えた。しかし構わず踵を返そうとした時、ふとテーブルに置かれた、お値段手頃な庶民派のチョコレート菓子に気を取られる。

 そうか、室長は彼女の事を平澤製菓のご令嬢様だと言っていたわね。……だけどこのお菓子は見た事がないな?


 私の視線を追ったらしい彼女が口を開く。


「うちの開発中の商品ですの。良ろしければ召し上がって」

「よろしいのですか? ありがとうございます。それではお言葉に甘えて早速」


 まさかこの場で食べるとは思っていなかったのだろう、彼女はぎょっとした。


 何を驚くことがありますか。一消費者の生の声をこうも間近で聞かせてあげるのですから感謝なさい。

 私は気にせず、ぱくりと一口。


「どう? 最高級の材料を使っているから、当然美味しいでしょう? あら、ごめんなさい。庶民の方のお口には合わないかしら。何しろ、このわたくしが監しゅ――」

「これ、おいくらの予定ですか?」

「え? ああ。6粒入りで698円よ」

「――喝っ!」


 私は人差し指を彼女に向けた。


「ひっ!?」

「今すぐ帰って商品開発部にお伝え下さい! いい素材を使って高い商品を作るのは誰にでもできる事です。それをいかに安く抑え、満足頂ける物を庶民に提供できるかがプロの仕事でしょう。出直して来なさい! 庶民代表の私が満足する物ができるまで社長室への入室はまかりなりませんからね!」


 私が余程鬼の形相をしていたのか、彼女は鞄を引っ掴むと慌てて出て行った。

 ふん、庶民とは言えど、スイーツ食べ専マイスターの私を舐めんな!


「……木津川君、助かった」


 背後から少しほっとしたような社長の声が聞こえてきて、ボルテージそのままに私は振り返った。

 はあ!? どこが助かったですか。悪い気はしてなかったくせに!

 私は再び睨み付けると、甘い物が苦手な社長に敢えて言った。


「このお菓子の残り、社長が責任持ってお食べ下さいね!」


 お菓子は惜しいが、なぜか私が頂く気分にもなれない。


「は? あ、おい。木津――」


 止めようとする社長の言葉を無視してツンと顔を背け、私は出て行った。



 その後、晴子に駄目出しされては肩を落として帰って行く平澤製菓のご令嬢の姿がしばらく見られたという。


(終)

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