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第四話 トイレの花子さん 前編①

この辺りからホラー色が非常に強くなってまいります。

 最近、那由多町ではトイレの花子さんの噂が流れていた。それは従来の花子さんとはまったく違っていて、その性質が子供たちの間で語られていた。


1、花子さんが現れる時は、必ず美しい歌が聞こえる。

2、歌に誘われてトイレに入ると、勝手に扉が閉まって出られなくなる。

3、トイレに閉じ込められた人は必ず死ぬ。

4、花子さんは悪い事をする人の前に現れる。


 那由多町にある住宅街のとある家が閉鎖されていた。事件が起こっていたからだ。

「どうしたらこんな事になるんだ……」

 現場に駆けつけた刑事の荻野は、ドアの開け放たれたトイレに足を踏み入れると、あまりに悲惨な状況に顔を顰めた。死体は死後一週間ほど経っていると思われるので、臭いも酷かった。この悪臭により、近隣から苦情があって事件が発覚したのだ。

 荻野は白髪交じりの髪を短く借り上げた五十過ぎの渋い男だ。彼は薄いベージュのコートを脱いで現場の検証を始めた。他にも紺のスーツ姿の若い刑事がいたが、あまりに酷い状況に立ち竦んでしまっていた。

「伊藤、何をぼさっとしてるんだ! 刑事の癖に現場の検証もできんのか!」

「す、すみません荻野さん。しかし、これは一体……」

 被害者は洋式の便器の中に頭を突っ込んで死んでいた。便器の中の水は血で真っ赤に染まり、辺りの壁にも血が飛び散っている。

「狭い吸水口に頭を突っ込んでやがる。途轍もない力で引き込まれたとしか思えん」

「そんな馬鹿な!!? 幾らなんでもそれはないでしょう! 被害者はどこかで殺害されて、誰かがこういう状態に仕立て上げたのでは……」

「例えそうだったとしても、人間の力で狭い吸水口に頭部を破壊するような力で押し込む事なんてできるかな。それに、殺してから、わざわざこんな事をする理由もわからん。さらに言えば、被害者は確実にここで殺されている。そこにライターと吸いかけのタバコが落ちているだろう」

「あ、本当だ。何でこんなものが?」

「タバコを吸いながらトイレに入ってきたのだろう。何かに驚いてタバコとライターを落とした、そんなところだろうな」

「……何だか気味が悪くなってきましたよ」

「あの人を呼んでみるか、何か分かるかもしれん」

 荻野は携帯で電話を掛けた。

「もしもし、二葉さんかい。前に世話になった荻野だよ。ちょっと見てもらいたい現場があってね、不可解な点が多すぎるんだ。我々の手に負える事件ではないかもしれん」

 荻野は場所を説明してから電話を切った。

「荻野さん、我々の手に負えないとはどういう事ですか?」

「中にはそういう事件もあるって事だよ」

 荻野が外で待っていると、双葉杷月が白いマーチに乗ってやってきた。荻野はそれまでに新人の伊藤を遠ざける為に署に戻らせた。二葉杷月が関わる事件は、並みの人間には理解できないものが多いからだった。

「やあ、二葉さん」

「こんにちは、荻野警部」

「人は遠ざけておいたよ」

「まずは現場を見せて頂きます」

杷月が現場のトイレを見ると、壮絶な姿の遺体を見ても何の感情も示さずに、ただ淡々と現場の状況を見つめていた。この時、二匹の飯綱がトイレの周りを見たり、便器の縁に登って中を覗いたりしていたが、普通の人間にはその姿は見えなかった。

――かなり時間が経っているのに、強力な妖気が残っているわ。妖気の形跡からすると、化け物は吸水口から出てきているわね。

 杷月にはここで何が起こったのか、だいたいは分かった。

「どうだい二葉さん。やっぱりあれかい?」

「ええ、これは人間の仕業ではありませんわ」

「人間の仕業ではないか。あんたに最初に会ったときは、散々疑ったものだが、いまでは当たり前のように聞こえるようになったな」

「霊能力者なんて、最初は誰だって胡散臭いと思うものです」

「で、何か分かりそうかい?」

「ちゃんと調査してみないと、今の状況ではなんとも言えませんね」

「まあ、こっちはこっちで動く。二葉さんの方も、すぐに調査を始めてくれや」

「手に入れた情報は全てそちらに流します。それから破壊されている頭部に関して、特に入念な調査をお願いします。手がかりが掴めるかもしれませんわ。検死の結果が分かったらこちらに下さい」

「わかった。だが、ここまで損傷の激しい遺体では、時間がかかるよ」

「それは仕方がありませんわ」


 杷月が妖命社に帰ると、社員全員が集まってそれぞれ仕事をしていた。那々だけは暇らしく、数匹の飯綱と戯れて遊んでいた。杷月が戻ってくると、那々は待ち兼ねたように急いで立ち上がる。

「杷月さん、今日はお勉強するんですよね」

「そうだったわね。那々に悪霊と妖怪の講義をするから、あなたたちも手伝って」

 マリエットと霞は返事をしてから、ホワイトボードと椅子を用意した。那々がその椅子に座り、杷月は教鞭を持ってボードの前に立った。あとの二人は近くで椅子に座って様子を見た。

「まずは霊についての定義を教えるわ」

「わたし分かりますよ! 頭を下げたり、あとはこう言うのとか!」

 那々は右手を額につけて挙手の敬礼をする。

「違う!! 確かにそれも礼だけど、これから話すのは幽霊の事よ! だいたい、悪霊と妖怪の講義って言ったでしょう!」

「ふにゃ、そうでした、ごめんなさいです…」

「貴方は余計な口を挟まないで、黙って聞いていなさい」

「はいっ!」

「霊には大きく分けて幽霊と命霊(みょうれい)の二種類があるわ。現世にいる霊の殆どが幽霊の方よ」

「みょうれいって言うと、わたしくらいの年頃ですよね」

「それも妙齢だけど、それとは違う!! 命に霊と書いてみょうれいと読むのよ!」

「なるほど~」

「まったく貴方は…まず、命霊の方から理解しないと、幽霊が何なのかも分からないわ。わたしたちは肉体に命が宿った存在なのよ。肉体が活動を停止する、つまり死ぬって事だけど、そうなると命は肉体から切り離されて、宇宙へと帰り、また肉体を得て生まれ変わるの。このサイクルを輪廻と言って、命あるものは全てが輪廻によって死と再生を繰り返すわ。ここまではいいかしら?」

「はい!」

「で、稀に何らかの理由で宇宙に帰れなくなる命があるの。そういった命が霊となって現れる事があるわ。それが命霊よ。命霊は生前とまったく同じエネルギーを持っていて、肉体がない分、途轍もない霊力を発言するわ。命霊が悪霊になんてなったら、それこそ手が付けられない化け物になってしまう。その上、命そのものが霊になっているから、単に除霊してしまうと命を消してしまう事になる。その罪は殺人なんか比べ物にならないほど重いわ。もしそんな事をすれば、命を消した人は計り知れない罪業を背負う事になってしまう。だから、邪悪な命霊を相手する場合は、邪気を払って宇宙へ返してあげなければいけないの。霊能力者にとってこれほどやっかいな相手はいないわ。命霊については以上よ。那々、理解してる?」

「大丈夫ですよぉ」

「じゃあ次は幽霊について、幽霊は生き物が死ぬときに生まれるものよ。死ぬと魂が残る事があって、それが形を成したのが幽霊ね。魂っていうのは、命の欠片のことよ。命が大きな苦しみや悲しみ等の負の感情が強いと、その断片が魂となって残る。それが一般的に言う悪霊になるわ。それとは逆に、満足のうちに亡くなった生き物の命からも、良い魂が生まれるわ。それから生まれた幽霊が守護霊よ。幽霊は除霊すれば大元の命に返るわ。悪霊が悪さをすると、大元の命にも悪い影響を与えるから、早く除霊してあげた方がいいの。守護霊の場合は、除霊しなくても大元の命に返る事が出来るわ。だから守護霊は入れ替わる事があるのよ」

「ふむふむ、なるほどぉ」

「思ったよりも飲み込みが良いわね。じゃあ次は妖怪についてね。これは幽霊には属さない(あやかし)という言い方がいいかしらね。ただ、幽霊に限りなく近いものもあるから、単純には分けられないけれど、那々の場合は、鬼とか河童とか、一般的に言う妖怪の事だと理解しておけばいいわよ。大体こんなところだけれど、分かったかしら?」

「はい! 杷月さん、質問です!」

「どうぞ」

「結局、幽霊っていうのは何なのでしょう?」

 那々が言うと、痛々しい沈黙が社内を包み込む。杷月は火山の噴火のように、次第に怒気を強めて言った。

「……那々、あなたは今まで、何を聞いていたの!!?」

「あう、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」

 忙しなく頭を下げる那々を見ていた霞は呆れていた。

「予想していたとは言え、何て物覚えの悪い……」

「そんな事ありませんよ。那々はちゃんと分かっています」

 マリエットが言うと、そこに視線が集まる。特に助け舟を出してもらった那々の目は、嬉しさで輝きまくっていた。

「那々は知識としては理解していなくても、底の部分は分かっていると思うんです」

「どういう事なの?」

 杷月が聞くと、マリエットは微笑を浮かべて答えた。

「小さな子供はものを感覚で理解するんです。実は子供は、大人が思っているよりも遥かに多くのことを分かっています。ただ、それを表現する言葉を持たないだけなんです。那々もそれと同じだと思います」

 それを聞いた霞は腕を組んで言った。

「なるほどね。しかし、それはフォローになってるのか微妙なところだね…」

「那々は小さな子供と同レベルと言っているのに等しいわ」

 杷月が言うと、すかさずクーちゃんが喋った。

『細かい事は、気にするな~』

「…マリーってさ、自分で言いたくない事をクーに言わせてるよね」

「クーちゃんが勝手に言っているだけです」

「本当かよ、思考回路連結してるとしか思えないんだけど」

 霞の疑問はさて置き、那々への講義は終了した。杷月は溜息をつく以外になかった。

「今まで講義に費やした時間は何だったのかしら…」

 落胆する杷月に、那々が意気揚々と声をかける。

「杷月さん、そんなに落ち込まないで元気出して下さい!」

「那々のせいでこうなってるの!!」

 那々はまた杷月に頭を下げることになった。

「まあ、怒ってもしょうがないわね。それよりも仕事に取り掛かってもらうわ。みんなで那由多小に聞き込みに行ってもらいたいの。トイレの花子さんについて、少しでも気になる事があったら教えてちょうだい」

「トイレの花子さん? そんな都市伝説を調査してどうするのさ?」

 霞が言うと、杷月は那由多町の花子さんの噂が書いてある紙を突きつけた。

「その花子さんとは違うわ。最近この辺りで噂になっている、こっちの花子さんを調べてほしいの」

「なになに、トイレに閉じ込められたら必ず殺されるか。わたしこれ、ずっと前に聞いた事あるかも……」

「何ですって? それは何時頃の話?」

「多分、小学生の低学年だったと思うよ」

「霞が小学校の低学年というと、十年くらい前ということになるわ。でも、この噂は最近でてきたものなのよ」

「要は都市伝説が形を変えて広まってるってだけでしょ。そんなのをわざわざ調べるなんて、どんな依頼なのよ」

「トイレにまつわる霊だから花子さんとは言っているけれど、実際はまったく違うものよ。恐ろしく強力な悪霊の可能性が高いわ」

「なにそれ? どういうこと?」

「既に犠牲者が出ているのよ。さっき現場を見てきたんだけれど、被害者は吸水口から出て来た何者かに引きずり込まれてるわ」

「引きずり込まれてるって、トイレの中に?」

「そうよ、狭い吸水口に頭だけね」

「げっ、それってかなりやばい状態なんじゃ……」

「あわわわ、怖いですぅ……」

「……」

 少女達は三者三様に現場の状況を想像してしまい、嫌な顔をしていた。

「そういう事だから、しっかり聞き込みしてきてね」

 妖命社の少女三人は、新たなトイレの花子さんの正体を掴むべく、那由多小学校へと足を運んだ。学校の授業はもう終わっている時間だが、まだ明るいので沢山の生徒が校庭で遊んでいた。

「いるいる、じゃあ三人で手分けして聞き込み開始よ」

「了解です!」

「はい」

『おい、ガキ共、集まれ!』

 クーちゃんが言うと、子供たちは口々に可愛いといいながら、マリエットの周りに集まってきた。

「クーちゃんパワーはすごいですね!」

「那々、こっちはこっちで聞き込みするよ」

 三人が分かれて小学生への聞き込みを開始する。新たに出現した花子さんの噂はかなり浸透していて、多くの小学生が知っていたが、マリエットと霞はすぐに違和感を覚えた。

「綺麗な歌が聞こえてね、それでおトイレに入ると、閉じ込められちゃうの。その後すぐに出られるんだけどね」

 霞は低学年の女の子から話を聞いていた。

「それだけなの?」

「そうだよ~」

 誰に聞いても噂の内容はそう変わるものではなかった。

「閉じ込められたら死ぬってところと、悪人の前だけに現れるってところが抜けてるね」

 霞はマリエットと合流し、仕入れた情報を確認しあった。やはりどれもトイレに閉じ込められるところで終わっていた。

「あれ? 那々はどこいった?」

「あそこにいますよ」

 霞がマリエットの指差した方を見ると、那々は小学生の男子達に混じってドッジボールで白熱していた。

「こらーっ!! 那々ーっ!! 遊んでんじゃねぇーっ!!」

 那々は霞に怒鳴られると、慌てて走ってきた。

「ごめんなさい先輩、つい夢中になっちゃって」

「あんたは、仕事中に遊ぶなよ! 花子さんの事はちゃんと聞いたんでしょうね!」

「花子さんですかぁ、それくらい分かってますよ。三階のトイレのドアを三回叩くっていうやつですよね~」

「そっちの花子さんじゃない!! あんたは、ここに来た趣旨すら理解していないじゃないか!!」

「ご、ごめんなさい。三丁目の花子さんでしたか?」

「誰だよそれ!? こっちの花子さんだよ!!」

 霞は噂の書いてある紙を、那々の顔に突きつけた。

「へぇ~、こんな噂があるんですか~」

「今頃へぇとか言うな!」

「小学生とすぐにお友達になれるなんて、那々はすごいですね」

「マリー、関心するところじゃないから!」

 那々の大ボケに憤る霞とは逆に、マリエットは静かに言った。

「みんなに噂の事を聞いてみたんだけれど、トイレに閉じ込められるところで終わっているんです」

「それはそーですよ。だって、小学生はみんな良い子じゃないですか。花子さんは悪人しか襲わないって、書いてありますよ」

 那々に言われて、霞とマリエットは、はっとさせられた。二人は噂を噂としか捕えていなかった事に気付いた。

「そうか、これは噂なんかじゃなくて、学校で本当に起こってるのかもしれない。杷月さんは実際に現場を見て、悪霊がいるのは分かってるわけだし、悪霊が本当に悪人だけを狙っているのなら、今広まっている噂は辻褄が合うね」

「でも、閉じ込められると殺されるところと、花子さんが悪人の前にしか姿を現さないという二つの噂は、どこから出て来たのでしょう?」

「わたしが小学生の頃に流行ってたのは、こっちの噂だよ」

 その時に、霞の携帯が鳴った。杷月からの電話だった。

「もしもし、五樹です」

『さっき霞が言ってた事が気になったから調べていたのだけれど、やはり十年くらい前にも那由多町の花子さんの噂があったみたいね。学校の先生に当たってみてくれないかしら』

「あ、そうか! 学校の先生なら、古株もいるから知ってる人がいるかもね!」

『そういう事よ、お願いね』

 霞はこの小学校に通っていたので勝手知ったるもので、他の二人を連れて足早に職員室に向かった。

「おお、ここだここだ、懐かしいな」

 霞は職員室の扉をノックしてから堂々と中に入っていく。

「どうも!」

 霞が元気よく言うと、職員室で仕事をしていた教員たちの視線が集まった。その中の一人が、立ち上がって霞の姿をまじまじと見つめた。

「お前、五樹か?」

「おお、その角刈りにジャージ姿の厳ついいでたちは、まさしくゴリ先!」 

「担任に向かって何だその呼び方は!?」

「ごめんごめん、懐かしくてつい」

「何でこんな所に来たんだ?」

「ちょっと聞きたいことがあってさ」

「そうか、じゃあついでにお茶でも飲んでいけ」

 那々たちは隣の客間に案内され、三人がふかふかのソファーに座ると、その前にあるテーブルに、ジャージ姿の教師がお茶を出してくれた。彼は那々たちの対面に座った。そのタイミングで霞が言った。

「この人は五年と六年の時に担任だった小早川先生だよ。見ての通りだからゴリ先」

「その呼び名はやめんか!」

「那々です。よろしくお願いします、ゴリ先生」

 那々が言うと、小早川は苦笑いを浮かべる。純真無垢な少女の前に、反論など出来なかった。さらにマリエットの頭の上でクーちゃんがしきりに囀るので、気になって仕方がない。

「この子達は、わたしの後輩だよ」

「スイーパー五樹の後輩にしては、可愛らしいな」

「ちょ、ちょっと、今更そんな渾名を…」

「何ですか、スイーパー五樹って!?」

 すかさず那々が食いついてくると、小早川は遠い目をして語り始める。

「こいつは数々の伝説をこの学校に残しているんだ。小学三年生の頃は、いじめっ子十人と対決して、一瞬で全員の眉間を鉄砲で撃って泣かせたとかな」

「ええぇっ!? 鉄砲で!?」

 那々は覆わず立ち上がると、急に悲しげな顔になって言った。

「そんな、先輩が小学生の頃に、人を殺めていたなんて……」

「哀愁を漂わせて何を言ってる!? 殺めてないよ、このお馬鹿! エアガンに決まってるでしょ!」

「本当の鉄砲で頭を撃たれたら、泣くぐらいでは済みませんよ」

 マリエットの冷静な突っ込みで、那々はほっと胸をなでおろした。

「言われてみれば、そーですね。那々、びっくりしちゃいました」

「言われなくても分かれよ!!」

「はは、面白い冗談を言う子だね」

「先生、この子は本気で言ってますから」

 それを聞いて反応に困った小早川は、そう言えばと話題を変えた。

「俺に用があるんじゃなかったのか?」

「そうそう、最近噂になってるトイレの花子さんの事だよ」

「ああ、本当にトイレに閉じ込められた生徒がいるっていう話だな」

「やっぱりそうなのか。それでさ、随分前にも同じ様な噂が流れたことがあったじゃない」

「ああ、よく覚えているよ。俺が新任の頃の話だ。あの時は閉じ込められたら殺されるっていう噂だったよな」

「そう、そこだよ。何で殺されるとか、悪人の前にだけ現れるだとか、今にはない噂があったのか調べているんだ」

「そりゃ、多分あの事件のせいだろう」

「あの事件って?」

「世間で大騒ぎされた事件だぞ。五樹は小学生だったから、興味は無かっただろうがな。かなり奇妙な殺人事件でな、男が便器の中に頭突っ込んで死んでたって話だ」

「十年前にそんな事件があったんだね!?」

「ああ、あまりに酷い事件だったんで、ワイドショーなんかでは放送禁止になってな。まあ、そんな事件だったから、新しい花子さんなんてのが生まれたんだろう」

「先生ありがと! わたし急ぐから!」

「あ、待って下さい、せんぱーい!」

 少女達が忙しく出て行った後、小早川は首をかしげた。

「一体なんだっていうんだ?」


 三人が妖命社に戻ると、杷月は奥にある客間でソファーに座って何かの資料を見ていた。ここは普段は客を迎える為の部屋だが、あまり使われる事はなかった。

「杷月さん、ただいま!」

「おかえり、何か手がかりはあった?」

「それがさ、十年前にもトイレで殺された男がいたって話を聞いたよ」

「わたしも丁度その事件のファイルを見ているわ」

「なんだい、もう分かってたのか」

「いえ、これは警察から送ってきたものよ。当時この事件は謎が多すぎて、迷宮入りになっているわ」

「これも花子さんの仕業なの?」

「ええ、間違いないわね」

「噂の出所は分かったわけですね。後は事件との関連性です」

「マリエットの言う通りね。まず、十年前に殺された男の名は田村哲二(たむらてつじ)、殺人未遂と殺傷事件の前科があるわ」

「なるほど、それで悪人が狙われるっていう噂も付いてきたのか」

 霞が言うと、杷月は資料を見ながら、少しばかりずれた眼鏡をかけなおして言った。

「那由多町のトイレの花子さんに関する四つの噂は、ただの噂ではないわ。実体のある悪霊が関わっている以上は、噂にもそれなりの信憑性があると考えていいと思う。まずは一番目の噂について調べてみましょう」

「花子さんが現れる時は、必ず美しい歌が聞こえるってやつね」

「歌が好きなんて、陽気な幽霊さんですねぇ」

 那々が言うと、霞がその額を指で小突いて言った。

「あんたねぇ、実際に人が二人も殺されてるのよ。よくそんな暢気(のんき)な事が言えるわね」

 那々は拗ねたように右と左の人差し指を合わせ、控えめに言った。

「でもぉ、人を殺すような幽霊さんが、きれーな歌なんて歌えるんでしょうか?」

「那々の言う事にも一理あるわね。そこはわたしも引っかかっているの。霊は死んだときの状況を体現した姿で現れるわ。人を殺すほどの怨念と美しい歌、この二つはどうにも結びつかないのよね」

 杷月は警察から来た資料をテーブルの上に投げる。何度見ても得られる情報はなさそうだった。

「ともかく、歌についての調査を進めましょう」


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