第7話 大仏君、告白される
私、大和撫子は、奈良市にあるごく普通の高校に通う一年生。
だけど、一つだけ普通じゃないことがあります。
「廬舎那、お前って好きな女子とかおるん?」
「ええ。皆様のことを、等しく大切に思っております」
「いや、そういう意味の好きちゃうねん!」
「……と、おっしゃいますと?」
「恋愛や! 恋愛!」
「なるほど。恋とは、煩悩の一つでございますね」
「お前に恋愛相談した俺がアホやったわ!」
私のクラスには、大仏がいます。
名前は廬舎那仏像君。私と同じ高校一年生。
体は普通の高校生。でも、顔だけは完全に奈良の大仏なんです。
◇ ◇ ◇
期末テストも終わり、今日は待ちに待った終業式。
これが終われば、いよいよ夏休みです!
いろいろ予定もあって、今から楽しみで仕方ありません!
そんな終業式も無事に終わり、私たちは教室へ戻っていました。
「本日の校長先生のお話は、なかなか興味深くありました」
「校長先生の話、ちゃんと聞いてたんや!?」
「そんな奴おらんやろ……」
クラスメイトも呆れています。
いや、聞いてる方が正しいんですけどね。
そんなことを話しながら、教室へ戻っていたときのことです。
「あ、あの……廬舎那君!」
突然、声を掛けられました。
振り向くと、そこには他のクラスの女の子が立っていました。
頬を赤く染め、両手をぎゅっと握りしめています。
「はい。いかがされましたか?」
「あ、あのね……今日、学校が終わったら用事ある?」
「本日は特にありませんが」
「じゃ、じゃあ! 今日、学校が終わったら、校舎裏の中庭に来てほしいの!」
「かしこまりました。では、終わりましたら伺います」
「う、うん! ありがとう!」
そう言うと、女の子は駆け足で去っていきました。
……。
「お、おい……今のって……」
「こ、これは……まさか……」
私たちは顔を見合わせました。
「初めてお会いする方でしたが、どのようなご相談でしょうか」
……。
……相談?
「お前……いや、お前はそのままでいいよ」
「私も今の私が好きです」
「まあ、なんでもいいや……」
廬舎那君、まさかの告白フラグです!
……本人だけ、まったく気づいていませんけど。
◇ ◇ ◇
帰りのホームルームが終わり、廬舎那君は中庭へ向かいます。
そして、私たちもこっそり後をつけていました。
……いや、何してるんでしょうね、私たち。
「……付いて来てよかったんかな」
「俺らの前で声掛けてるんやで! 来てくださいって言ってるようなもんやろ」
「そういうことではないと思うけど……」
クラスメイトは、なぜか自信満々です。
私たちは少し離れた物陰から、廬舎那君の様子を見守ることにしました。
夏の陽射しが差し込む中庭。
そこへ、さっきの女の子がやって来ました。
「廬舎那君、ありがとう。来てくれて」
「いえ、とんでもございません。お話とは何でしょうか」
「あ、あの……廬舎那君は、好きな人とかいるの?」
「好きな人ですか……」
廬舎那君は少し間を置いて、答えました。
「大切に思っている方は、たくさんおります」
「そ、そういう感じじゃなくて……恋愛として好きな女の子がいるの?」
「恋愛……ですか……」
廬舎那君は、少し考え込んでいるようでした。
いつもなら、ここで「恋は煩悩でございます」とでも言いそうなのに、今日は何も言いません。
……何でしょう。
告白するのは私じゃないのに、こっちまでドキドキしてきました。
それと同時に、胸の奥が少しだけざわつきます。
もし廬舎那君に彼女ができたら、今までみたいに気軽に話せなくなるのでしょうか。
……別に、悪いことじゃありません。
むしろ、友達として喜ぶべきことです。
それなのに、ほんの少しだけ寂しく感じてしまいました。
……自分でも、よく分かりません。
「廬舎那君!」
「はい」
女の子は、ぎゅっと拳を握りしめました。
「私、廬舎那君のことが好きです!」
……!
「いつも冷静で、困っている人がいれば助けてくれる……そんな優しいところが大好きです!」
女の子は大きく息を吸い込みました。
「私と付き合ってください!」
――ついに言った!
私たちは思わず口を手で押さえ、顔を見合わせました。
……。
廬舎那君は、しばらく黙っていました。
そして、ゆっくりと口を開きます。
「……そうですか。お気持ちを伝えてくださり、ありがとうございます」
いつもの穏やかな声でした。
「ですが、申し訳ございません。私はまだ、あなたのお気持ちに同じ形でお応えすることができません」
「……そっか」
「せっかく勇気を出してくださったのに、申し訳ございません」
「ううん。ちゃんと答えてくれて、ありがとう」
女の子は少し寂しそうに笑いました。
「ですが、何かお困りのことがございましたら、いつでもご相談ください」
「廬舎那君……ありがとう」
「どうぞ、お気軽にお参りください」
……。
……お参りください?
何言ってるの、廬舎那君。
ここ、学校ですよ?
「あははっ! ありがとう!」
女の子は思わず笑ってしまったようです。
……よかった。
少しだけ、いつもの廬舎那君に戻りました。
「ねえ、一つだけ聞いてもいい?」
「ええ、もちろんですよ」
「校外学習でも一緒だった、大和さんとはどういう関係なん?」
……え?
……ええっ!?
思わず、息をのんでしまいました。
えっ? 廬舎那君、なんて答えるんだろう……。
なんだか、私まで試されているような気がします。
……いや、待って。
なんで私の話になってるん!?
慌ててその場から逃げようとすると、クラスメイトが私の肩を押さえました。
「大和さんですか」
……!
「そうですね。私の一番の理解者でしょうか」
……。
「……そっか」
女の子は、小さく頷きました。
そして、少しだけ笑います。
「ありがとう! これからもよろしくね!」
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
そう言って、女の子はその場から駆け出しました。
……。
……一番の理解者。
廬舎那君、私のこと、そんなふうに思ってくれてたんだ。
なんだか、少しくすぐったい気持ちです。
……って!
それより、早くここから離れないと!
◇ ◇ ◇
「……見つからんうちに早く戻ろう」
「せやな」
私たちも帰ろうとした、そのときでした。
「……皆さん?」
「ひゃっ!?」
……。
恐る恐る振り向きます。
そこには、いつもの穏やかな表情を浮かべた廬舎那君が立っていました。
「どうかなさいましたか?」
「い、いや! なんでもない!」
「そうですか。ところで、皆さん」
「な、何?」
「先ほど、私のことを見守ってくださっていたようですね」
……。
「……バレてたん!?」
「お前のことが心配でさ、大和が」
「なんで私だけ!?」
ちょっと待って!?
言い出したの、あなたでしょ!?
「そうでしたか。大和さんが見守ってくださったので、大変心強く思いました」
「いや、そこは怒ってええところやで!?」
……。
なんで怒られないんでしょう。
いや、怒られたいわけじゃないんですけど!
あとでクラスメイトには、お灸を据えてあげたいです。
◇ ◇ ◇
その日の帰り道。
「なあ、廬舎那」
「はい」
「お前、告白されてどうやった?」
「大変ありがたいことでございました」
「で、恋愛には興味ないんか?」
「いえ。恋愛もまた、人が人を大切に思う一つの形でございましょう」
「おお……なんかまともなこと言うやん」
「廬舎那君が言うと、なんか深いね」
やっぱり廬舎那君は、私たちとは少し違った考え方をしているみたいです。
でも、こういうところは素敵だなと思います。
「ですが、私にはまだ百八つほど課題が残っております」
……。
「煩悩全部残っとるやないか!」
……台無しです。
せっかく、いいこと言ってたのに!
◇ ◇ ◇
……こうして、廬舎那君の人生初の告白は幕を閉じました。
私のクラスには、大仏がいます。
恋愛のことは、まだよく分からないみたいです。
でも、誰かの気持ちを大切にできるところは、やっぱり廬舎那君らしいなと思いました。
……煩悩は百八つ残っているみたいですけど。




