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五逆罪・十悪  作者: ルーツ


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憎悪

 憎しみは悲しみから生まれる――そんな言葉を耳にするたび、それは悲しみに終わりがある人間だけが口にできる慰めなのだと思う。悲しみは時間とともに形を失っていく。昨日まで胸を締めつけていた喪失も、やがて輪郭は曖昧になり、いつしか思い出という名前に置き換えられる。人は忘れることでしか生き延びられない。だから悲しみは終わる。

 だが、憎しみは終わらない。

 忘れたと思っていた名前を不意に耳にしただけで、忘れたはずの顔が人混みの向こうに見えただけで、胸の奥に沈みきっていたものが何事もなかったように息を吹き返す。その瞬間になって初めて、人は気づく。消えたと思っていたのではない。ただ、自分の目に映らない場所へ沈んでいただけだったのだと。

 その違いはどこから生まれるのだろうと考え続けたことがある。そして辿り着いた答えは、あまりにも単純だった。愛も友情も信頼も、人は相手に託して初めて成立する感情だからだ。そこには約束があり、期待があり、裏切られたときに初めて失われる未来がある。だから相手が変われば、その感情も形を変える。

 憎しみだけは違う。

 憎しみは誰かと結ぶものではない。誰かに返してもらうものでもない。一度心に根を下ろせば、それは相手が何をしようと変わることなく、持ち主の中だけで静かに生き続ける。赦そうと決めても消えず、忘れようと努めても眠るだけで、必要になれば何十年という歳月を越えて姿を現す。その在り方だけは、奇妙なほど誠実だった。

 だから私は愛を信じない。

 信じられないのではない。信じるには、あまりにも壊れる場面を見過ぎた。永遠を誓った者たちが憎しみ合い、家族と呼び合った者たちが財産ひとつで他人になり、正義を掲げた者たちが立場を変えた途端に昨日の正義を踏みつける。そのたびに人は事情があったと言い、仕方がなかったと言い訳を探すが、その言葉が消えたあとにも残るものがある。

 憎しみだ。

 それだけは誰にも言い訳を必要とせず、ただ心の底で生き続ける。

 人は争いを異常と呼びたがる。しかし歴史を振り返れば、国境は血で引かれ、思想は血で広まり、権力は血で守られ、その果てに平和と呼ばれる時代でさえ、誰かの憎しみは形を変えて受け継がれてきた。戦争が終われば家庭で争いが始まり、家庭が静まれば職場で争いが始まり、争う相手を失えば、今度は自分自身を憎み始める。人間は決して憎しみから離れない。ただ、その向け先を変えているだけだ。

 それでも人は、愛こそが人間の本質だと言う。

 もしそうであるなら、人は何度も同じ過ちを繰り返したりはしなかったはずだ。何千年という時間の中で、誰かを憎み、奪い、傷つけ、殺し続ける理由など残らなかったはずだ。それでも世界は少しも変わらない。変わるのは道具だけで、人間の中身は驚くほど昔のままだ。

 だから私は人を憎んではいない。

 人間という生き物を、そのまま見ているだけだ。

 醜さを認めず、美しい言葉だけを信じようとする者は、人間を理解したつもりで何も見ていない。人は美しいから愛するのではなく、醜いものを抱えたまま、それでも生き続ける生き物だ。そして、その醜さの中で最後まで姿を変えないものがあるとするなら、それは愛ではない。

 憎悪だけが、人間という存在を最後まで裏切らない。

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